2025年3月22日土曜日

戦火より百花 ―A hundred flowers instead of a war fire

Oct. ’24
今、地球の上を一番引っ掻き回している生き物は、間違いなく人間。 築いて壊して汚して争って…やりたい放題やってるが、そんなものはどこ吹く風とばかりに、自然は自然の法則のまま移ろっている。
巨大な炎が広大な森林や町を焼き尽くして燃え広がっていても、雲が巡ってこなければ雨は降らないし、4年に一度の大事な開会式の日でも、大気の条件が整えば容赦なく雨は降る。
コンクリートの割れ目にも、イチジク属のタネは隙あらば根を潜り込ませ、地雷原にも草木は生える。

前回は動物の近況についてお伝えしたが、今回は、この一年余りで見たいくつかの植物の様子をお伝えします。

ミャンマーは桜の国である。 長い雨季が終わって雨雲の覆いが取れた後、気温は一時上昇し、その後、下降を始める。寒さの底を迎える1、2月頃、高地では、皆が待ち望む花の季節を迎える。
サクラの原種は、インドからネパール、ミャンマー北部にかけてのヒマラヤ山脈で出現したと考えられていて、そうだとしたら、ミャンマーの高地にも自生するヒマラヤザクラ(Prunus cerasoides)は、日本のサクラすべての品種のルーツに当たるのかもしれない。 
ヒマラヤザクラ
Himalayan Cherry (Prunus cerasoides), Jan. ’24
今回久しぶりに見て撮ったものは、野生ではなく居住地に植栽されているものだったが、それらも土着のヒマラヤザクラであろうとみている。ただ、この元祖桜の国ミャンマーにも、近年、日本から陽光という品種のサクラが寄贈されているため、交雑が心配ではあるが。
原種には、改良された品種とは対極の価値がある。
数本の開花を観察したが、白すぎず赤すぎず、色味も分量も申し分のない冬の名花だった。

残念ながら、散り際には、まだ居合わせたことがない。ソメイヨシノのように花びら一枚一枚が離れて桜吹雪になるのやら、カンヒザクラやツバキのように花冠ごとポロッと落ちるのやら。
Jan. ’24
野生のサクラの他にも、ミャンマーの高地にはサクラ属(Prunus属)の栽培種が多く見られるが、ウメなのかスモモなのかモモなのかアーモンドなのか、実まで確認しなければ、なかなか断定できる自信はない。 
モモの花とガの繭
A flower of Peach (Prunus persica) and a moth’s cocoon, Jan. ’24
また、サクラと同じバラ科の土着種、Docynia indica(ビルマ名:ピンセイン)は、食用の実と薪を収穫する目的で多く植栽されている。
バラ科ピンセインの花
Flowers of Docynia indica, Jan. ’24

ピンセインの実
Fruits of Docynia indica, Jan. ’23
枝は繰り返し伐採され薪に使われる
Branches are repeatedly cut down and used for firewood, Jan. ’23

高地でよく見られる外来種で、土の流出を防ぐということで道と畑の境界などによく植えられているリュウゼツラン(Agave sp.)という多肉植物がある。
いつもは、細長くて分厚い竜の舌のような葉の塊が、巨大パイナップルヘアーのように地面からボンと出ているだけだが、2024年には、その中心部から突如ニョキニョキと幹を伸ばしてきた。幹と言っても硬い木材になる樹木ではないので、大きな草の仲間と言える。 そして、何段にも張り出した枝にたくさん花を着けた。
幹を伸ばしたリュウゼツラン
Stems of Agave (Agave sp.) are growing up, Jul. ’24
予備知識がなければ「咲いた」だけのことだが、テキーラの原料として有名なこの植物は、成長して生涯一度だけ開花して、そして枯れる。
これは、同じく草の仲間のバナナの一生と同じパターンだが、バナナが一年ぐらいで開花結実して枯れるのに対し、リュウゼツランの場合、開花まで数十年かかるとされる。そのファイナルステージが、ミャンマーでは2024年だったのだ。

おもしろいことに、2024年は日本でも各地からリュウゼツランの開花の便りがあった。距離も緯度も隔たりがあり、株のルーツも植えられた年も違うだろうに、数十年に一度のその時が、テレパシーで交信したかのように一致しているのだ。
気になってネットで検索してみると、やはり2024年は、原産地に近い北米からも開花の報告がたくさん上がっていた。
この開花のスイッチを入れるトリガー(引き金)は、地域的なものではなく、全地球的な現象であろうことは間違いなさそうだ。
リュウゼツランの開花
Flowering agave, Jul. ’24
一方、ぐっと下がった低地のヤンゴンでも、めったに見られない一斉開花結実が起こった。
フタバガキ科という熱帯を代表する巨木グループがある。以前は、その材をラワン材と呼び、大量に日本に輸入され、図工の工作や技術家庭科の木工などで誰もが触れたものだ。
中でも多雨地域に生育する種は、太い幹が真っすぐ伸び、その上に樹冠が円形にふんわりと広がるものが多く、熱帯雨林と言えばコレ!みたいな典型的なカリフラワー型の樹形になる。
そしてヤンゴンでは、大きな施設の敷地や公園などに、古くからそこにあったであろうフタバガキ科の一種、Dipterocarpus alatusの巨木が点々と残っている。

木材業界では、この種の和名を一応カンインビュとしていて、これはビルマ名が由来なのだが、ちょっとした発音の誤解がそのまま定着してしまっている。
アルファベット表記すると、Kanyin-byuで、KanyinはDipterocarpus属全体を指し、byuは「白」という意味で、この属の中でも樹肌の白いalatus種を、こう呼んでいる。
問題は、この属を指す前半部分で、Kanyinの元のビルマ文字ではKaとnyinの2つの文字のセットになっている。 つまり、カ・ニン、そしてビュ(ピュー)から成る名前なのだが、和名化した人が元のビルマ文字を確認しなかったようで、切るところを間違えてKanとyinにしてしまってカンインとなった、というわけだ。 
なので、正しく発音すると、カニンピューとなる。
頭一つ抜けている二本がカニンピュー
Two emerge trees are Dipterocarpus alatus, Mar. ’25
フタバガキ科もリュウゼツランのように何年かに一度一斉に開花すると言われているが、こちらは幹が硬い木材になる樹木の仲間(木本植物)なので、開花結実しても枯れることはなく成長を続ける。 
その周期について書かれている文書を確認してみたが、数年に一度とか4~5年に一度とか1~10年に一度とか表現がまちまちで、やはり、はっきりしていないようである。

2025年2月、ヤンゴン日本人学校の校外学習の場として、元の天然林の面影が残る公園の下見に行った際、そのフタバガキ科のカニンピューが、カリフラワー状の緑の樹冠に大量の実を着けているのを、たまたま見つけたのだった。
しなびた梅干のような実には、その名の由来にもなった鳥の羽のような翼(よく)が二枚付いていて、全体像は羽子板の羽に似ている。翼は赤く、遠目には、それを花と見間違うかもしれない。
カニンピューの実
Fruits of Dipterocarpus alatus, Feb. ’25
Mar. ’25
Feb. ’25
その後、ヤンゴン中心地にあるなじみのカニンを何本か訪ねて回ったところ、半数以上は実を着けていた。けれども、この前段の花の時期は、残念ながら見逃していた。と思っていたが、一斉とは言え、個体によって開花のタイミングにはばらつきがあるかもしれない。
それに気づくまでに結構時間がかかってしまったが、後日、再び訪ねたところ、案の定、後発組の結実が始まっていて、花もわずかに残っていた。ぎりぎり間に合った。
 カニンピューの花
Flowers of Dipterocarpus alatus, Mar. ’25
前回の開花がいつだったかは記録できておらず、次回の開花がいつになるのかも分からない。なにしろ、頭上30メートルの天空で展開しているドラマなのである。
とにかく、文字通り千載一遇のチャンスに出くわしたことだけは間違いない。子どもたちに感謝しなければ。

ヤンゴンの年間降水量は、直近10年間(2014-2023)の平均で2,648ミリ、多い年では3,000ミリを越え、常緑広葉樹が主体の熱帯雨林が成立する環境にある。
けれども、乾期の乾燥があまりに厳しく長いためか、ヤンゴンのフタバガキは、樹高30メートルあたりで頭打ちになってくるようだ。
35年前に、30メートル越えてるかなあ…と見上げていた木は、今見てもそのサイズ感なのである。ヒト科のオオニシなどと違って、老いて背が縮み始めてる、なんてことはないが。

同じように乾期はあっても、背後に雨雲を捉える山地が連なって5,000ミリ以上の雨を降らせるタニンターイー管区などでは、山中には50メートル級の巨木があちこちに見られた。
けれどもそれは、もう10年も前のことで、現在の争乱の中、その巨木たちがまだ無事でいるかどうかは分からない。爆撃により灰になってしまっているか、軍資金にするために伐られて売られてしまっているか…

いずれにしてもヤンゴンでは、とびっきり背の高い木は、カニンピューか、同じくフタバガキ科で公園にわずかに残っているHopea odorata(ビルマ名:ティンガン)で、とびっきり枝の張りが広い木と言えば、このーき、なんのき、きになるきー、でおなじみのアメリカネム(Samanea saman、ビルマ名:ティンボーコーコー)で、このフタバガキとアメリカネムが、ヤンゴン巨木番付の高さと広さの両横綱として君臨する。数は、アメリカネムが圧倒的に多い。
左:アメリカネム、右:カニンピュー
Left: Samanea saman, Right: Dipterocarpus alatus, Feb. ’25
一般的にはネムの木をコーコーとだけ呼ぶが、その前にティンボーと付くと、外来種であることを意味する。ティンボーとはビルマ語で船のことで、海を渡ってきたことを表すワードとしてミャンマーの植物学界隈では使われ、土着種と類別している。
真のコーコーであるビルマネム(Albizia lebbek)のほうは、材質はより堅牢だが、アメリカネムほど大きくならないため、道路脇や公園に植えられているのは、ほとんどがアメリカネムのほうだ。
田んぼに木陰を提供するアメリカネム
Rain tree (Samanea saman) providing shade in rice fields, Oct. ’24
一方、もろに植物を扱う産業である農業も、地域によっては活況を呈しており、花と緑の典型的な農村風景が広がっている。畑を鋤く牛、花を集める人々… 
Jul. ’24
高地でよく見られる黄色の絨毯の多くは、キク科のニガーシード(Guizotia abyssinica、和名:キバナタカサブロウ、ビルマ名:パンナン)の畑で、タネから油が採れ、食用にも薬用にも使われるそうだ
ニガーシード
Niger seed (Guizotia abyssinica), Nov. ’23
同じく黄色組で、高地から低地まで栽培されているのがヒマワリ(ビルマ名:ネーチャー)で、日本の観賞用の品種より花は小さく、背丈も大人を超えるものは少ない。 タネからは食用油が採れるし、タネそのものも、ナッツとして食べる。大リーガーの巨体を支えるダッグアウト定番のおつまみで、ミャンマーでもたいていお菓子売り場に置いている。
Mar. 25
ヒマワリ
Sunflower (Helianthus annuus), Nov. ’23

また、道端や林縁などに見られるヒマワリ似だが中央部がはるかに小さい黄色組は、ニトベギク(Tithonia diversifolia、ビルマ俗名:ネーチャーヤイン)で、野良のヒマワリみたいに呼ばれる通り、雑草のような風情で道端や林縁に生い茂っているが、花だけはとびっきりきれいという変なやつ。
畑で栽培されて収穫されるでもなく、ミャンマーに入った経緯は分からないが、1990年には既にこの花の写真を撮っており、農業に詳しい人は、土をよくする効果があると言っていた。
ニトベギク
Tithonia diversifolia, Nov. ’23
さらに昨年は、これまで見かけたことのない若い草本の畝が一面に広がっていて、トレンドになっているようだった。聞けば、植えた農民たちも、種類も目的も聞かされておらず、ただ、収穫したものはいくらで買い取るという保証付きで、請け負って栽培しているのだと言う。
Jul. ’24
それから3ヶ月後に訪れた時には、草本は見事に成長し、それまであたりになかった朱色組の広大な絨毯を作り上げていた。花を咲かせたお陰で、やっと正体が明らかになった。マリーゴールドだ。
その朱色の絨毯を再び緑の絨毯に戻すかのように、農民たちは花冠だけを手際よくぽんぽんともぎ取っていた。相変わらずその用途は知らないそうだが、観賞用の切り花という線は完全に消えた。

マリーゴールドの花の収穫
Harvesting Marigold (Tagetes sp.) flowers, Oct. ’24
後日、友人からの知らせで、マリーゴールドを染料として使う研究が進んでいることが分かった。それがトレンドの正体のようだ。
Oct. ’24
こんなのどかな風景が広がっているのに、我々が来てもいいのはこのあたりまでだと言う。
そう、ついつい忘れがちだが、ここは内戦をやっている国。そこから車で二時間も走れば、いつ爆発や空襲が起きてもおかしくない紛争地域へと突入し、事態は一変するのだ。
今、ミャンマーの国土ははっきりと二極化している。

地方でも、非戦闘地域では戦闘の気配を微塵も感じられないのだから、ましてヤンゴンにいる限りは、この国のどこかで砲弾が飛び交っているという現実には、なかなか想像が及ばない。
今、ヤンゴンでは、ヘアーサロンとネイルサロンとスパとジムを合わせた数は、コンビニの数を上回っているのではないだろうか。同じ国の中で、自分磨きに勤しむ若者がいれば、敵を殺すために日々の鍛錬を続けている若者もいるとうことだ。

けれども、このミャンマーでの二極化は、アメリカにおける性や人種や国家に対する価値観の違いや、日本であったコロナやオリンピックへの対応の賛否のようなイデオロギーによる分断とはまったく違ってて、似て非なるものである。
暫定政権を認めるか否か。あなたはどっち、私はこっち、などと聞くのも答えるのも野暮で、国軍による政権の暫定支配を正しいと言う者には、いまだに出会ったことがない。それを認めるとしたら、軍の関係者か軍に恩赦をもらっている者ぐらいだろう。
アメリカの前の大統領選挙が行われた後、不正があったと主張するトランプ氏を追従するかのように、同時期に行われたミャンマーの総選挙でも不正があったと主張してクーデターに至ったのだが、その軍側の者ですら、トランプ陣営が言ってたように、ガチで選挙をやってたら我々が勝っていた、とまでは誰も言い切れなかっただろう。

なので、ミャンマーの二極化は、たまたま住んでいる場所が国軍の支配下地域の中にあったか反国軍勢力が制圧している地域の中にあったかによって起こってしまったようなもので、イデオロギーとしては、ほとんどの国民が、真に公正な選挙によって選ばれた者のみが政権を担うべき、という民主主義で一致している。
あとは、信念を貫いて反対し続けるか、本心はともかく自分や家族が生きていくためや職務をまっとうするために目の前の仕事に従事し続けるかの差で、それは、各自の置かれた環境や与えられた条件によって違ってくるだろう。
そして、不幸にも紛争地に取り残された人たちは砲撃爆撃に怯え、幸いにも非戦闘地域に住む人たちは、かつての日常を取り戻すべく武器に頼らない生業を追い求めている。

人が争おうが罵り合おうが、雨季になるとチークは白くて控えめな花を咲かせ、涼季の高地ではヒマラヤザクラが、暑季の終りにはパダウ(インドシタン)やホウオウボクが繚乱と咲き誇る。
なのに人間ときたら…
早咲きのホウオウボク(ビルマ名:セインパン)
Early blooming Flamboyant (Delonix regia), Mar. ’25
爆弾を撒き散らすぐらいならタネでも撒いたほうが、よっぽど生産的だし平和ではないか。何より、誰も死ななくてすむ。
そんなこと誰でも分かることなのに…
ほんと、何をやってんだ人間は。
ジャガイモの花
Flowers of Potato (Solanum tuberosum), Jul. ’24
私は決して、動植物の肩だけ持って人間社会を否定しているわけではない。
私を受け入れて生かしてくれているのは人間社会であり、人間が人間のことを第一に考えるのは当然のこと。
一番大切なのは、今現在生きている人たちの生活であるということは間違いない。

将来、集落を呑み込む津波が来るのはほほ確実なのに、絶滅危惧種が棲む海岸なので防波堤は築けません、なんてことがあってはならない。
もちろん共存の道は探らなければならないが、丸々百歩譲るわけにはいかないのだ。ましてや、よそに住んでいる週末ナチュラリストの夢なんかを聞いているゆとりはない。
いよいよ動き出した感のある地球大変動期においては、妥協せざるを得ない局面に次々と対峙することになるだろう。
キワタ(ビルマ名:レッパン)
Bombax ceiba
, Mar. ’25
一方、我々が生きている意味はなんだろうと考えてみると、今さえよければいいということには絶対にならない。 個人の尊厳、権利は守られなければならない。けれども我々は、連綿と続く生物の歴史、人類の歴史の中の一コマの存在に過ぎない。
この歴史を絶やさず、未来を生きる人類に健全な生息場所、地球を渡すことこそが、今を生きる現代人に課された使命なのだ。

まったく縁遠い二種類の植物が立て続けに稀な一斉開花に至ったことも、地球大変動と無縁ではないかもしれない。二年続けて最高記録を更新した世界の平均気温の上昇により、生存の危機を察知した植物が、次の世代へ命のバトンを渡そうとしたのではないだろうか。
オオバナサルスベリ(ビルマ名:ピンマ)
Lagerstroemia speciosa, Feb. ’25
Mar. ’25
この、今を生きる人たちを思う視点と未来の人類や地球を思う視点は、どちらかが欠けてもならず、必ず両輪でなければならない。
けれども、特に戦争のような極端な状況になると、後者のことを思うことなど二の次、三の次、そのまたはるか後ろに追いやられてしまう。
今、ミャンマーの民主化の行方を見守っている人が100万人いるとしたら、ミャンマーの自然や野生生物の将来を憂いている者は100人にも満たないかもしれない。
そこで今回も、あえて言わせてもらう。

すべての命の源である自然を守るのに、右も左も西も東もない。
争いの当事者は言うかもしれない、「自然保護なんて言ってる場合か」と。
逆に、自然が壊れていく様を目の当たりにした当事者は言うだろう、「争いなんかやってる場合か」と。

この場で最初にこう書いたのは、2023年の8月だった。そして、2024年の7月に発表した牧野植物園研究報告誌の中では、森林の伐採しすぎが原因と思われる洪水の大規模化が進んでいると懸念していた。
セイロンテツボク(ビルマ名:ガンゴー)
Mesua ferrea, Mar. ’25
それから二ヶ月後、2024年9月、東部のシャン州を中心に、多くの人の命を奪う甚大な水害が発生してしまった。こんな未来予測こそ当たらなくていいのに…

次回は、その原因について、写真を交えて考えます。
 ハス
Lotus (Nelumbo nucifera), Oct. ’24

2024年9月21日土曜日

争乱の中の動物たち ―Animals in Conflict

スローロリス
Slow Loris (Nycticebus coucang tenasserimensis), Jan. ’24
20203月に搭乗したヤンゴン発東京行きのバンコク-東京間が、その航空会社の最後のフライトとなり、45月の連休後にミャンマーに戻るつもりで買っていたチケットもフイになってしまった。

そこから世界は臥薪嘗胆の時代に入り、私も愛媛に閉じ込められた。

自分に有利な情報だけをかき集めては行動の自粛に逆らい続けた人たちもいたが、大多数の人たちの一致団結により、数年後には世界は再び動き出した。

ワクチンの宿命か、副作用と後遺症の犠牲になられた人がいるのは辛いが、カリコさんらのお陰で、ウィルスによる人類の大量淘汰は今のところ止まっている。

そして、世界は何事もなかったかのように、生産活動も観光も再開している。

シロクチカロテス
Blue Forest Lizard (Calotes mystaceus), Jul. ‘22
けれども、ミャンマーは違った。

よりによって、コロナ禍の真っ只中で、国軍がクーデターを起こしてしまったのだ。

私にはこのクーデターが、東日本大震災の中の福島第一原発の事故とオーバーラップした。

撤去すればするほど瓦礫は減り、造れば造るほど町は再生する。その目標に向かってがんばるのみだった、原発事故さえなければ。

火災は燃え尽きて終わり、津波は一掃していって終わるが、核汚染だけはそうはいかない。そこに放射線源がある限り、手も足も出せない状態が延々と続く。人の手に負えるような代物ではないことを、我々は思い知らされている。

メンフクロウ
Barn Owl (Tyto alba), Dec. ‘22
ウィルスさえ押さこめば、以前と同じように動き回って、やりたいことをやれるのだったら、たった一つのその目標に向かって耐え難い我慢にも耐え続けようではないか。腹は据わっていた。

なのになのにそんな生死をかけた闘いにみんなが挑んでいるさなかに、なんで新たな闘争の火種を畳みかけるかなあ...

ハイガシラモズ
Burmese Shrike (Lanius cllurioides) , Jan. ’23
やがて、コロナウィルスのコントロールに成功した国から次々と開国が始まった。そして、選挙を経ていない暫定政権のミャンマー国軍もそれに倣うかのように空港を開場し、通常のビザの発行業務も再開した。

けれども、国内の情勢は何ら変わっておらず、入国することイコール未承認の政権に資金を与えること、という図式も成り立つため、ミャンマーだけは依然として高い壁の向こうにあるようだった。

ビザの購入費はもちろんのこと、ミャンマー国内で泊まったり移動したりすることも、税金という形で国家の収入となり、つまり時の政権の資金となるのは事実である。それがどう使われるか、国民に還元されるかどうかは、政権の腹次第なのだが

渡航するお金があるぐらいなら我々に寄付してください、そうしてくれたら、あなたの代わりに我々が国をよくするから、あなた自身は来なくても大丈夫です、という意見もあるだろう。

けれども、それでどこまで現実を理解することができるだろうか。入国は、時の政権を支援することにしかならないのだろうか。

例えば、ある疑念を抱える団体の実態に迫るため、参加費を払ってその団体の講演や勉強会に参加したとしたら、その支払いすらその団体を支援していることになるのか、って話だ。

個々人の能力にもよるのだろうが、残念ながら私の場合、これまでメディアや人を通じて得た認識と、実際にこの目で見た現実のギャップは、はなはだ大きかった。

自分の目で見てみないと真実には近づけないであろうことは、これまでの実体験として、自分の能力の限界として自覚しているのだ。

かくして私は、行って自分の目で確かめるという道を選び、2022年の7月に最初の機会を得て、それ以来、ミャンマー訪問を再開することとなった。

スポンサーがいるでもなく命令を下すボスがいるでもないが、理解と共感を示してくれる人たちはおり、心の支えとなっている。

最初は小さなコンパクトカメラでの記録ぐらいから始め、空気を読み変化を察知しつつ進み、行けるところまで行ってやれることからやるつもりで徐々に活動の幅を広げていった。

そして現在のところ、民間人による森の維持や造成の試みと、コロナ禍とクーデターを経た自然環境や動物たちの現在の様子を探ることを二本柱として主に取り組んでいる。

本編ではその柱の一つ、動物たちの様子について、最近の彼らの素顔を撮った写真を散りばめながらお伝えします。

久々なのでたっぷり載せようと欲張ったせいで、文章内容とその前後に配置した写真は必ずしも連動してはいないが、いずれも直近2年数カ月間での記録であることには違いない。

キタカササギサイチョウ
Oriental Pied Hornbill (Anthracoceros albirostris), Jan. ’24
2023年の雨期に再会できた3つのターゲットの様子については、この直前の3編にて紹介している。

https://onishingo.blogspot.com/2023/08/1kingdom-of-water-part-1.html

https://onishingo.blogspot.com/2023/08/2kingdom-of-water-part-2.html

https://onishingo.blogspot.com/2023/08/3kingdom-of-water-part-3.html

なるべく満遍なくそれぞれの季節を回りたいと思っているが、ミャンマーには季節が3つあるとされ、国内では、社名やホテル名にも”Three seasons”という言葉が使わるほどの常識となっている。

四季ならぬ三季の内訳は、Hot season, Rainy season, Cool seasonで、暑季、雨季、涼季と訳せる。

確かに、暑季はすさまじく暑く、涼季はかなり涼しく、英語のできるミャンマー人は、それをサマーとウィンターだとしている。

けれども、単純に気温の差をもとに季節を区分している日本や欧米からすれば、そこに雨の程度を絡めることには違和感があるかもしれない。

それは、春と夏の間に梅雨を雨季だとして挟んで、日本には五季があると言っているようなものではないか。

めったに摂氏10度も下回らないようなヤンゴンあたりの気温なら、そんなの冬じゃない、常夏じゃが、と言いたいところだろう。

そこで、気温は年じゅう小暑から大暑までの夏の範疇に収まっているとして、降雨量だけで一年を分けるとすると、ミャンマーははっきりとRainy seasonDry seasonに分かれる。

私はそれを、雨期と乾期と表記して、漢字を使い分けている。その乾期の中で、気温は涼季から暑季へと移ろう、というわけだ。

オオコノハズク
Collared Scops Owl (Otus bakkamoena), Jan. ’24
季節ごとに変化する動物たちの姿を求めて訪ねる先は、基本的には停戦状態にある地域となる。

ホテルやゲストハウスが外国人を泊めている町ならば、まず問題ないが、非戦闘地域であっても、外国人の滞在を許すか許さないかは、その土地々々の治安を司る者たちの裁量によるところが大きい。

ナンヨウショウビン
Collared Kingfisher (Halcyon chloris), Jan. ’24
問答無用で直ちに出て行けと言われることもあれば、昼間いるのはいいが夜間に泊まることは認めない地域もあったりで、判断は様々である。

また、情勢は刻々と変化しており、国軍と反国軍組織の最新の勢力図次第では、去年行けたからといって今年も行けるとは限らない。ケースバイケースである。

オオアジサシ
Great Crested Tern (Sterna bergii), Jan. ’24
クーデターが起こった直後は、ほとんどの国民は国軍に反対し、3年以上経過した今でも、投票による民主的な政府の誕生を願う気持ちは持ち続けている。

ただ、国軍が武器による制圧を始めてからは、武器には武器を持って徹底抗戦する者と、自分と家族の命や地域を守るために非戦を選ぶ者とに分かれていった。

どのように対応するかの判断は、個人ごと地域ごとの事情によって様々なのは当然で、外部の者が、どっちが正しいか間違っているかなどと軽々しくは言えない。

アガマ科カロテス属のトカゲ(未分類)
A Lizard 
(Calotes sp., unidentified), Jan. ’24
ともかく、反クーデターの猛烈なデモが発生したのは全国的で、多くの公務員も不服従運動を実行して政府の機能はしばらく麻痺状態にあった。

そんな中、毒性の強いコロナウィルスのデルタ株が蔓延して多くの人が罹患し、医療行政の不備により、多くの患者が亡くなった。

日本でさえ分断が加速していた時代に、ダブルの災いに見舞われたミャンマーの人たち。自暴自棄になったとしてもおかしくはない。

山河や野生動物もどれほどの被害を受けていることか、不安は募る一方で、それなりの覚悟もしていた。

Jul. ‘22
そして実現した地方への再訪。

放飼中の牛
Domestic cattle on the range, Jul. ‘24
まず、予測通りだったのは、生き物を扱う仕事に従事している人たちの対応だった。

畑を耕す牛
A cattle is plowing a farm, Jul. ‘24
彼らは、自分たちが養っているものたちを決して見捨ててはいなかった。クーデターが起ころうとデモが起ころうと世話は欠かせず、育て上げ、使役したり売りに出したりして、そして生計を立てている。中断することの許されない生業だ。

Feb. ’23
放飼中の水牛
Domestic buffalos on the range, Jul. ‘23
日本のコロナ禍で私も体験したが、養殖業や畜産業や農業をやる者にとって、リモートワークなど別世界の話であって、フルコンタクトでなければ生き物の世話などできるはずはないのだから。

アヒルを放飼させている若い女性
A young lady is leading ducks, Feb. ’23
では、野生動物はどうか。

まず、野生でありながら人の居住地の近くに棲む動物がいて、その中には絶滅が危惧される種類もいる。

その距離の近さから、やろうと思えば、住民は彼らを捕まえて食料にすることも難しくはないだろう。

Jul. ’23
オオヅル
Sarus Crane (Grus antigone), Dec. ’23
けれども、そんな変貌を恐れていたのは、私の取り越し苦労に過ぎなかった。

住民とその動物たちとの距離感はコロナ禍以前と変わらず、生息環境も生息数も以前と大きくは変わっていないような印象を受けた。

ホシバシペリカン
Spot-billed Pelican (Pelecanus Philippensis), Jul. ’23
集落からさらに離れた地域においては、ある住民グループに対して、私は密かに期待を寄せていたのだが、想像していたその状況が実際に存在するのかどうか、確認する機会を得た。

前世紀の末期から政府森林局が中心になって整備され推し進められていたコミュニティーフォレストリーという制度がある。

それは、所定の条件をクリアーした民間人のグループが主体となって森林を管理していくという方法で、元々近くにあった森を生物資源の保護や伝統の継承のために合法的に維持していくというパターンも、荒廃した土地を植林によって森に変えていくというパターンもある。

https://www.makino.or.jp/img_data/PAGE_science-report_36.pdf?3

コロナ禍の直前まで、その面積は全国的に増え続けていたのだが、せっかく取得していたコミュニティーフォレストリーの認定証を、満期が来る前に返上したという例もあった。

その事例があった場所は、元々開墾が進んでいる農村地帯で、一年毎の収穫をあてにして生計を立てている農民たちにとっては、何年も先にならないと収入を得られない森を維持し続けることが苦痛になり、収入が毎年得られる農地に戻したくなって林業を断念した、というのが主な理由で、クーデターとは直接関係がなかった。

将来への先行投資になじみの薄い農民への森作りの推進については、毎年の収穫も得られる方法を導入して、現在、民間ベースで実地に試しているところである。

コミュニティーフォレストの存在を告げる看板
A sign announcing the presence of Community Forest, Jan. ’24
一方、私が期待していたのは、政権がどうなろうと行政が機能不全になろうと、コミュニティーフォレストの共同利用者たちは、自分たちの意思で、自分たちが管理している森を死守するのではないか、無法者の侵入は許さないのではないか、ということだった。

期待通り、コロナ禍以前から変わらず自分たちのコミュニティーフォレストを守り続けている現場は確かにあった。訪ねたのはまだ数カ所ではあるが。

スローロリス
Slow Loris (Nycticebus coucang tenasserimensis), Jan. ’24
けれども、山河の守人となっている彼らの奮闘ぶりを知る者は、あまりいないかもしれない。

政権がどうあろうと国民に罪はない。政治の混乱を理由に、民間人との交流までも絶ってしまっていいものか?森や動物や地域住民の現状を見て未来を想うにつけ、考えさせられる。
ダルマインコ
Red-breasted Parakeet (Psittacula alexandri), Jun. ’23
やがて私は自然保護地域への入域を試み、再訪以来避けていた保護官との接触も、現場での成り行きの中で一部再開することとなった。

彼らを統制する立場にある暫定政権が国軍であるという現実には、名名忸怩たる思いを持っているのは間違いない。その感情は、ひしひしと伝わってくる。

カンムリワシ
Crested Serpent Eagle (Spilornis cheela), Jun. ’23
けれども、上が誰であろうと、現場でやるべきことはやっている、というのが、私が受けた印象だった。

来客があると聞いたからといって急に取り繕えるものではない。昨日今日の訪問者ならまだしも私はだまされない。森を見て動物を見れば分かる。

やはり、基本的に彼らは、その土地の自然や動物のことが好きなのだと思う。

ハリオハチクイ
Blue-tailed Bee-eater (Merops philippinus)Dec. ’23
訪ねた保護地域の一つでは、クーデター後の騒乱の中で一時放置されていた自然環境をリハビリすべく奮闘している状況だったが、コロナ禍以前に比べて違法伐採者や密猟()者が凶暴化しており、特に夜間は反撃されることもあって、取り締まりは困難になっているとのことだった。

イリエワニ
Salt-water Crocodile (Crocodylus porosus), Dec. ’23
ここまで紹介してきたのは、現在停戦状態にあるエリアに限られた状況である。

行けるところまで行って...というポリシーの中、まだ行けていないのが紛争地域で、その中の様子はぜんぜん掴めていない。一番の心配事だ。

例えば、コロナ禍以前によく訪ねていたサガイン管区内やラカイン州内にある保護地域には、現在入ることはできない。

ただ、情報を伝え聞くことはあり、民主化を求める多くの国民が支持している反国軍部隊が制圧している森林地帯では、彼らは独自にルールを作って自然環境を守っている、という話も聞いた。なぜなら森は、彼らの基地を守るバリアでもあるから。

もっともな話で、交戦が始まった当初はそうだったかもしれない。

クロトキ
Black-headed Ibis (Threskiornis melanocephalus), Dec. ’23
けれども、ここまで戦闘が長引いた今でも、そうであるかどうかは分からない。森はバリアであると同時に資源でもある。

私は、野生動物にとっては、国軍部隊も反国軍部隊も、兵隊はみんな天敵になるのではなかろうかと恐れている。

兵士も人の子、戦下にあっても、いや、戦下でこそ人一倍食べなければ生きていけないし、武器を持たなければ自分を守ることも敵を倒すこともできない。

食料も武器も、調達するには資金がいる。そこで、戦争が一つの産業のように回り始めることになる。そして、手段であったはずの戦争が長引けば長引くほど、だんだんと戦争そのものが目的となってくる。

ブロンズトキ
Glossy Ibis (Plegadis falcinellus)Dec. ’23
そうなると、敵を倒すという大義の下ならば、何事も許されるようになっていくのではなかろうかと危惧するのである。

兵士を生かし武器を調達するためなら、木を伐って売ることも動物を捕って食べたり売ったりすることもやむを得ない、すべては勝つためなのだ!となるのではないか?

やっと経済的に豊かになった社会や組織が、最後の醸成の段階で初めて取り組めるようになるのが、福祉とか自然保護とかであって、よっぽどのゆとりがなければ、たいていそれらは後回しにされるものだ。

リュウキュウガモ
Lesser Whistling-Duck (Dendrocygna javanica), Dec. ’23
国内外からの寄付金の使い道も、保証はできないかもしれない。

例えば、戦闘に巻き込まれて傷ついた人たちの治療を目的として集めた寄付金であったとしても、切羽詰まってくると、傷つけてくる根本原因を断つためなのだから、そのお金で敵を潰す武器を買うことは寄付の目的に添っている、という解釈もできなくはない。

ウクライナ軍がロシア国内への侵攻を始めたのと同じ、攻撃は最大の防御という理屈だ。

結果、よっぽど末端の受益者まで見えている寄付でないと、相手は敵兵とは言え、善意の寄付者が人殺しに加担することになってしまう。

チュウヒ
Eastern Marsh-Harrier (Circus spilonotus), Dec. ’23
繰り返すが、私はまだ紛争地の現場を見ていないので、これらの分析は推測でしかない。

レンカク
Peasant-tailed Jacana (Hydrophasianus chirurgus), Jul. ’23
ここで気になるのが、人に管理され、人のために働きつつ半野生状態で森の奥で暮らすミャンマー独特の使役ゾウの現状だ。

そもそもゾウ使いと使役ゾウは、持続可能なミャンマー式択伐法の行程の中に組み込まれていて、彼らのほとんどが公務員である。民間のグループの場合も、多くは国の仕事を請け負う形で、それぞれが伐採搬出を担っていた。

ところが、違法伐採の増加やダム工事に伴う皆伐により、近年森林面積は大きく減少したため、特に2016年に発足したシン・民主政権は木材の伐採量を大きく制限し、使役ゾウの仕事も減っていった。

そこで、天然資源・環境保全省傘下の木材公社は、観光地の近くや幹線道路の近くに、一般の人たちに見せるためのゾウのキャンプを新たに作り、来客を乗せて遊覧したりゾウ使いとゾウの連携の技を披露したりして、収入を補うようになった。

Jun. ’23
里に降りたそれらの少数のゾウ使いと使役ゾウたちが、奥地に残っている彼らの大勢の仲間たちの暮らしを助けているという形で、コロナとクーデターで来客が激減した今も、その図式は残っている。

Feb. ’24
丸太の搬出の仕事がなくとも、ゾウの面倒を見ることそのものがゾウ使いの仕事であり、政府はそれに給料を払い続けているので、搬出の仕事の減少がコンビを解消する原因とはならない。

収穫後のサトウキビ畑に出てきた野生ゾウ
Wild elephants comes in sugarcane field after harvest, Jan. ’23
クーデター以降の私は、野生ゾウが農地に降りてきて問題となっている地域と、そのようなゾウを捕獲したり追い返したりするために訓練されたゾウとゾウ使いの特別チームのキャンプを訪ねて、獣医官による定期健診などにも立ち会ったが、彼らの関係性は以前と変わらず保たれていた。

天然の泡が立つアカシア属の木の皮でゾウの体を洗う
Washing a elephant body with the naturally foaming bark of Acacia sp., Jan. ’23
Jan. '23
けれども、今まさに陣地の取り合いの舞台となっている奥地にとどまっている使役ゾウたちの現状は見れておらず、それについては地元メディアも関心があるようで、記事に取り上げられることもある。

そのいくつかは日本の大手メディアにも引用され、そこでは、「ゾウに餌を与えることもままならない」という反国軍のゾウ使いのコメントや「飼育しきれなくなった使役ゾウが森林で放し飼い状態になる例が増えた」との報道などを紹介している。

拙著の読者には、もうお気づきの方もおられるだろうが、この二つの文を見ただけで、現場のことをぜんぜん知らない者が又聞きだけで書いた原文であろうことが想像できる。

多くのミャンマー人はSNSが大好きで、メディアもウェブ空間上に網を張っているはずだ。そこで拾ったニュースのネタを元に記者が現場に赴くのならいいのだが、自身による事実確認なしに記事にしている可能性がある。

先ほど、半野生状態と述べたが、人の住む里にゾウたちを連れてきているのではなく、ゾウが本来住む森にタフなゾウ使いたちが入って共に暮らしているのである。

そして、荷物運搬や丸太搬出の仕事の時以外はゾウは森に放され、彼ら自身が自由に野生の餌を食べている。

つまり、ミャンマーの森では、そもそも使役ゾウに餌を与える習慣などないのだ。

プラスアルファで補うのは、訓練のときなどにご褒美に使うタマリンドの実や、弱っているときに与える栄養剤などで、人で言えば、おやつやサプリメントのようなもので、それで腹を太らせるわけではない。

なので、「薬を与えるのもままならない」とでも言うのであれば、あり得る話だが、「餌を与えることも」とは、現場を知らないとしか言いようがない発言なのだ。

「放し飼い状態になる」との文については、そもそもミャンマーでは放し飼いがスタンダードなので、どこの国の話をしてんだってところだ。

Jun. ’23
実は、ミャンマー人の中でも、そんな森の暮らしぶりを知っている者は少ない。

なので、日頃ゾウを見たことがない里の人が奥地に避難してきて、生まれて初めて柵のない状態でゾウと遭遇して面食らい、それを町の記者が聞きつけて、そのまま文章にしたという可能性はある。

地元の森人なら、放飼中の使役ゾウが近くにいたら簡単に痕跡を見つけ気配を感じられるし、ゾウ使いも、ゾウの居場所が分かりやすいように首に木製のベルをぶら下げている。カウベルならぬエレファントベルだ。

なので、「ベルも着いていない使役ゾウが放浪していてゾウ使いが連れ戻しに来たこともない」というのであれば矛盾はなく、異常事態として取り上げることにも意義があるが、ただ単に、森の流儀を知らない新たな移住者が、放し飼いのゾウに恐れおののいているというだけなら、そんなことはゾウ使いの知ったこっちゃない。

元々の彼らの暮らしぶりがどんなものなのか、そのベースを理解していないまま鵜呑みにして書くから、私などに信憑性を疑われるあやふやな文章になってしまうのだ。

本にするだけでは届かないのかと、私自身の発信力のなさも反省する次第です。

奥地にいる使役ゾウの現状として、私が一番信憑性があると感じた当事者からの説明は、以下のようなものだった。

まず、深い森の中では、ゾウほど優れた運搬手段は他にない。それは、森に暮らしたことがある者なら誰もが実感するところである。

多くの犠牲者が出た第二次世界大戦時のアラカン越えも、牛車ではなくゾウを使えていたならば、犠牲者はもっと少なくてすんだのではないかと私は考えている。

その能力を知るからこそ、国軍部隊も反国軍部隊も、ゾウとゾウ使いだけは大切にしているため、彼らは無事に過ごせているという。

そして、物資運搬の依頼があれば、ポリシーと関係なくどちら側にも応じている、とのことである。それで謝礼をもらえる機会もあることだろう。

獣医官がゾウの健診や治療を行う
A governmental veterinarian gives medical checkups and treatments to elephants, Jan. ’23
ただし、ゾウ使いと同じく公務員であっても、ゾウの健診や治療を担当する獣医官については、反国軍部隊は入域を拒否するそうである。

その場合、ゾウ使いがスマホの電波が届くところまでゾウを連れてきて、森から里にいる獣医官に映像を飛ばし、獣医官はそれを見ながらリモートで指示をして、ゾウ使いに治療などをやらせているそうである。

ところで、ミャンマーのゾウと言えば、昨年夏に子供が誕生した札幌市の円山動物園に続き、福岡市動植物園にも、今年4頭がお目見えした。

この輸入については、ミャンマーでも在日のミャンマー人社会でも、ちょっとした話題となりザワついている。

その内容は、日本政府はミャンマーからゾウを買って国軍に大金を渡している、というものである。

この件については、私は別々の問題が混在していると感じており、もう少し冷静に正確に事実を整理したほうがいいと思っている。

議論をするのは大事なことだが、正しい判断をするためにも、ベースとなる事実は正しく理解しておく必要がある。

これは、クーデター以前の民主政権時代にミャンマー政府森林局と福岡市との間で合意された事業だが、そもそも福岡市役所をイコール日本政府と呼べるかどうかも一度整理したほうがいいかもしれない。そして、前政権は依然として押さえ込まれている状態だが、担当は森林局のままである。

まず、事実から言って、現在アジアゾウは絶滅危惧種で、お金で買うことはできない。よって、ミャンマーの暫定政権に代金が支払われることはない。

動物園が新たに希少な動物を調達したい場合は、現在では、ほしい動物を持っている他の動物園と動物を交換するのが基本で、物々交換ならぬ動物々交換となる。

どの種類を何匹出して何匹もらうかが交渉の的になり、トレード要員に物品が混ざるとしても、動物の治療や検査に必要な医療機器だったり施設だったりで、動物や器具が武器に化けることはない。

万が一にもそんな兆候が見えようものなら、合意者の片方(この場合は福岡市)が腹を括って断固阻止するはずだ。

動物の交換事業に関しては、反国軍組織への寄付などに比べても、より明確で誰にでも監視ができるシステムではなかろうかと私は見ているのだが、みなさんはどう思われるだろう。

ここで問題にすべき点は別にあると、私は感じている。

先ほどの民間人による森作りの件も同じだが、認められない政権である国とは、すべての交流を断絶すべきなのか、ということである。

経済制裁を課している国に対しても、人命に関わる事態には人道的支援を行うのが国際的な基本姿勢となっている。

では、教育や学術研究の分野はどうなのか。やはり、止めるべき対象なのだろうか。

例えば、国名が変わったからといっても、ビルマニシキヘビはビルマニシキヘビであって、いちいちミャンマーニシキヘビなどと改名したりはしない。

自然科学はいつも自由で独立した存在であるべきで、政治に振り舞わされるようなことがあってはならない。

北九州の人たちがミャンマーから来たアジアゾウを知って学び、ミャンマーの人たちが新たに外国から来た動物たちを知って学ぶ。

そのことにどんな問題があるのだろうか。そこにお金は絡まないとして。

はるばる福岡に来てくれた4頭のゾウたちだったが、先日、そのうちの1頭が亡くなった。来日の背景も正しく理解されないまま、日本に住むミャンマーの人たちにも歓迎されないまま逝ってしまった。不憫でならない。

https://zoo.city.fukuoka.lg.jp/news/detail/1433

Dec. '23
そもそも、野生動物を飼育する動物園の存在自体に否定的な意見はある。ましてや、絶滅危惧種であるアジアゾウに過酷な山仕事をさせるとは何事か!という意見もあるだろう。

これについて語りだすと、数ページどころでは終われない。既に二冊の拙著でも紹介はしているが、改めて機会を設けたいと考えているところである。

セイケイ
Purple Swamphen (Porphyrio porphyrio), Jul. ’23
ここまで、ミャンマーで見てきた最近の動物たちの様子を紹介し、自分なりにまとめてみたが、いろいろな見方、考え方があって当然だと思う。

ただし、事実を正しく理解しておくことは大切なこと。 

セイタカシギ
Black-winged Stilt (Himantopus himantopus), Feb. ’23
私もまだまだ誤解している部分があるかもしれない。

みなさんの忌憚のないご意見やご指摘をお待ちしております。

イリエワニ
Salt-water Crocodile (Crocodylus porosus), Dec. ’23