2012年5月16日水曜日

6メートルの大暴走、その2. -Rushed Six-meter thing, part 2.-

メインマラー島の“アゴ欠け大将”
"Great Chipped Jaw" in Meinmahla island       

フィリピン、ミンダナオ島のイリエワニは、捕獲(ほかく)された後、飼育下に置かれ、その後、ギネスも信頼(しんらい)している学者によって全長が実測(じっそく)されていた。

その結果は、6メートル20センチで、文句(もんく)なくこれまでの記録を塗(ぬ)りかえる世界最大のワニとして近々登録(とうろく)されるだろうとのことだった。そのサイズをメモって、私はゾーさんとの待ち合わせ場所に向かった。

彼は、“アゴ欠け”に接近したときから泳ぎ去った後のワニ拓(たく)を計測するまでのようすを写真に収めていた。計測の結果は…22フィート3インチ(6メートル78センチ)!

もし彼らの計り方に大きなミスがなければ、フィリピンのギネス新記録をさらに50センチ以上ぶっちぎる大記録ということになる。
木陰で休む“アゴ欠け大将”
"Great Chipped Jaw" lying under the shade of branches in Meinmahla island

けれども、メインマラー島のワニの話になると、こんなものでは終われない。

実は、“アゴ欠け大将”には目の上のタンコブがいる。“アゴ欠け”の上顎(うわあご)を砕(くだ)いた張本人(ちょうほんにん)、“鼻白大将”だ。この2頭が闘(たたか)っている場面は何度か目撃(もくげき)されており、“鼻白”のほうがやや優勢(ゆうせい)で、体も少し大きいのではないかと見られている。

この2頭に“黒丸大将”を加えた3頭が、メインマラー島を中心に縄張り(なわばり)を張っている三大ワニである。私も“鼻白”と“黒丸”らしきワニを、それぞれ一度ずつ見たことがあるが、“アゴ欠け”ほど人を近づけなかったので、大きさについてはなんとも言えない。

一方(いっぽう)、私以上に見る機会の多い保護官たちは、いずれもほぼ同じぐらいの大きさだろうと見ている。もし彼らの目測がある程度正確なら、ここにはギネス級のワニが少なくとも3頭はいることになる。

私は彼らの目測には、かなりの信憑性(しんぴょうせい)があると考えている。保護区から遠く離れた地域でワニ出現の知らせがあれば彼らは捕獲に出向き、死骸(しがい)が打ち上げられたと聞けば回収に向かう。その際、必ずサイズをチェックするので、彼らは5メートル級のワニを実際に測った経験が何度かあるのである。
in Meinmahla island

ところがところが、大ワニの話を終えるには、まだまだ早すぎる。

以前も書いたが、彼らの縄張りを平気(へいき)で横切れる強者(つわもの)がいるのである。その名は“ホホ白”。このワニのことは、以前にニュースジャーナルか何かで紹介されたようで、人や犬や牛も引きずり込む恐怖の存在として、ヤンゴンまでもその悪名(あくめい)は轟(とどろ)いている。

“ホホ白”は、かの3頭よりも確実に大きくて誰にも攻撃されないため、自然環境のいいメインマラー島にとどまらず、より動きが鈍(にぶ)くて肉付きのいい獲物(えもの)を求めて、広い範囲(はんい)を泳ぎ回っているようなのである。

そのサイズが気になるところだが、なんのなんのこれしき。まだまだ上には上がいるのである。

“ホホ白”よりもさらに大きく、しのぎを削(けず)っているかの3頭と比べると親子ほども違うと言われていたのが、“島巡(めぐ)り大将”だ。

とにかく、そのでかさはズバ抜(ぬ)けていたそうだが、デルタで暮らす人々の目測を私がかなり信頼するのには、もう一つの根拠(こんきょ)がある。彼らは、身近にある船のサイズをタイプごとに知っている。従(したが)って、どれぐらい離れた水面にどれぐらいの長さのものが横たわっていたら、どんな感じに見えるかを、感覚的に知っているのである。
in Meinmahla island

“島巡り”に関しては、いくつもの逸話(いつわ)が残っているが、その中の一つ、係留(けいりゅう)している保護区所有の船の近くに出現したときの話。“島巡り”は、ゆっくりと泳ぎ去っていったのだが、船の傍(かたわ)らに平行に並んだ一瞬、その長さは、両者ほぼ同じだったと言う。

今も保護官たちが使っているその船は、このあたりではふつうに見られる細長い木製のエンジンボートで、その長さは31フィート…9メートル45センチである!

'90年代には、たびたび目撃されていた“島巡り”だが、残念ながら、ここ数年は、“島巡り”も“ホホ白”も、報告がパッタリ途絶(とだ)えてしまっている。

村の人たちの中には、“島巡り”は、精霊(せいれい)ワニになって、人の姿に変身して、どこかの村を歩いているに違いないと、本気で信じて疑(うたが)わない者がかなりいる。彼らが言うには、ワニの頭が3フィート(91センチ)を超(こ)えると精霊ワニになるのだという。「精霊」という原始的なものの尺度(しゃくど)に、「フィート」という近代的な長さの単位が出てくるところが、ちょっとコケそうになるのだが。(注1.)

保護官となると、さすがに精霊ワニを信じている者は少なく、縄張りを持たなくなった大ワニは、ひとところにとどまることなく移動し続けているのだと推測している。
in Meinmahla island

私は、ワニサイドから見ての最悪の結果も覚悟(かくご)してはいるが、“島巡り”も“ホホ白”も、今も広大なデルタのどこかに潜(ひそ)んでいるに違いないと信じていたい。そして、いつの日か、巡り巡ってメインマラー島に帰ってきてくれることを願っている。

ただし我々は、あくまでワニに象徴(しょうちょう)される生態系の維持(いじ)と、地域住民との共生を目指して活動をしている者であります。記録を証明するためだけに捕獲に躍起(やっき)になったりはしませんので、過度(かど)の期待(きたい)は、おひけえなすってくださいますようお願いいたしやす。
in Meinmahla island

(注1.)フィートではなくて、正しくはタウン、2012年8月8日書込み参照。

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