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Oct. ’24 |
巨大な炎が広大な森林や町を焼き尽くして燃え広がっていても、雲が巡ってこなければ雨は降らないし、4年に一度の大事な開会式の日でも、大気の条件が整えば容赦なく雨は降る。
コンクリートの割れ目にも、イチジク属のタネは隙あらば根を潜り込ませ、地雷原にも草木は生える。
前回は動物の近況についてお伝えしたが、今回は、この一年余りで見たいくつかの植物の様子をお伝えします。
ミャンマーは桜の国である。
長い雨季が終わって雨雲の覆いが取れた後、気温は一時上昇し、その後、下降を始める。寒さの底を迎える1、2月頃、高地では、皆が待ち望む花の季節を迎える。
サクラの原種は、インドからネパール、ミャンマー北部にかけてのヒマラヤ山脈で出現したと考えられていて、そうだとしたら、ミャンマーの高地にも自生するヒマラヤザクラ(Prunus cerasoides)は、日本のサクラすべての品種のルーツに当たるのかもしれない。
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ヒマラヤザクラ Himalayan Cherry (Prunus cerasoides), Jan. ’24 |
原種には、改良された品種とは対極の価値がある。
数本の開花を観察したが、白すぎず赤すぎず、色味も分量も申し分のない冬の名花だった。
残念ながら、散り際には、まだ居合わせたことがない。ソメイヨシノのように花びら一枚一枚が離れて桜吹雪になるのやら、カンヒザクラやツバキのように花冠ごとポロッと落ちるのやら。
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Jan. ’24 |
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モモの花とガの繭 A flower of Peach (Prunus persica) and a moth’s cocoon, Jan. ’24 |
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ピンセインの実 Fruits of Docynia indica, Jan. ’23
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いつもは、細長くて分厚い竜の舌のような葉の塊が、巨大パイナップルヘアーのように地面からボンと出ているだけだが、2024年には、その中心部から突如ニョキニョキと幹を伸ばしてきた。幹と言っても硬い木材になる樹木ではないので、大きな草の仲間と言える。
そして、何段にも張り出した枝にたくさん花を着けた。
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幹を伸ばしたリュウゼツラン Stems of Agave (Agave sp.) are growing up, Jul. ’24 |
これは、同じく草の仲間のバナナの一生と同じパターンだが、バナナが一年ぐらいで開花結実して枯れるのに対し、リュウゼツランの場合、開花まで数十年かかるとされる。そのファイナルステージが、ミャンマーでは2024年だったのだ。
おもしろいことに、2024年は日本でも各地からリュウゼツランの開花の便りがあった。距離も緯度も隔たりがあり、株のルーツも植えられた年も違うだろうに、数十年に一度のその時が、テレパシーで交信したかのように一致しているのだ。
気になってネットで検索してみると、やはり2024年は、原産地に近い北米からも開花の報告がたくさん上がっていた。
この開花のスイッチを入れるトリガー(引き金)は、地域的なものではなく、全地球的な現象であろうことは間違いなさそうだ。
フタバガキ科という熱帯を代表する巨木グループがある。以前は、その材をラワン材と呼び、大量に日本に輸入され、図工の工作や技術家庭科の木工などで誰もが触れたものだ。
中でも多雨地域に生育する種は、太い幹が真っすぐ伸び、その上に樹冠が円形にふんわりと広がるものが多く、熱帯雨林と言えばコレ!みたいな典型的なカリフラワー型の樹形になる。
そしてヤンゴンでは、大きな施設の敷地や公園などに、古くからそこにあったであろうフタバガキ科の一種、Dipterocarpus alatusの巨木が点々と残っている。
木材業界では、この種の和名を一応カンインビュとしていて、これはビルマ名が由来なのだが、ちょっとした発音の誤解がそのまま定着してしまっている。
アルファベット表記すると、Kanyin-byuで、KanyinはDipterocarpus属全体を指し、byuは「白」という意味で、この属の中でも樹肌の白いalatus種を、こう呼んでいる。
問題は、この属を指す前半部分で、Kanyinの元のビルマ文字ではKaとnyinの2つの文字のセットになっている。 つまり、カ・ニン、そしてビュ(ピュー)から成る名前なのだが、和名化した人が元のビルマ文字を確認しなかったようで、切るところを間違えてKanとyinにしてしまってカンインとなった、というわけだ。
なので、正しく発音すると、カニンピューとなる。
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頭一つ抜けている二本がカニンピュー Two emerge trees are Dipterocarpus alatus, Mar. ’25 |
その周期について書かれている文書を確認してみたが、数年に一度とか4~5年に一度とか1~10年に一度とか表現がまちまちで、やはり、はっきりしていないようである。
2025年2月、ヤンゴン日本人学校の校外学習の場として、元の天然林の面影が残る公園の下見に行った際、そのフタバガキ科のカニンピューが、カリフラワー状の緑の樹冠に大量の実を着けているのを、たまたま見つけたのだった。
しなびた梅干のような実には、その名の由来にもなった鳥の羽のような翼(よく)が二枚付いていて、全体像は羽子板の羽に似ている。翼は赤く、遠目には、それを花と見間違うかもしれない。
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カニンピューの実 Fruits of Dipterocarpus alatus, Feb. ’25 |
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Mar. ’25 |
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Feb. ’25 |
それに気づくまでに結構時間がかかってしまったが、後日、再び訪ねたところ、案の定、後発組の結実が始まっていて、花もわずかに残っていた。ぎりぎり間に合った。
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カニンピューの花 Flowers of Dipterocarpus alatus, Mar. ’25 |
とにかく、文字通り千載一遇のチャンスに出くわしたことだけは間違いない。子どもたちに感謝しなければ。
ヤンゴンの年間降水量は、直近10年間(2014-2023)の平均で2,648ミリ、多い年では3,000ミリを越え、常緑広葉樹が主体の熱帯雨林が成立する環境にある。
けれども、乾期の乾燥があまりに厳しく長いためか、ヤンゴンのフタバガキは、樹高30メートルあたりで頭打ちになってくるようだ。
35年前に、30メートル越えてるかなあ…と見上げていた木は、今見てもそのサイズ感なのである。ヒト科のオオニシなどと違って、老いて背が縮み始めてる、なんてことはないが。
同じように乾期はあっても、背後に雨雲を捉える山地が連なって5,000ミリ以上の雨を降らせるタニンターイー管区などでは、山中には50メートル級の巨木があちこちに見られた。
けれどもそれは、もう10年も前のことで、現在の争乱の中、その巨木たちがまだ無事でいるかどうかは分からない。爆撃により灰になってしまっているか、軍資金にするために伐られて売られてしまっているか…
いずれにしてもヤンゴンでは、とびっきり背の高い木は、カニンピューか、同じくフタバガキ科で公園にわずかに残っているHopea odorata(ビルマ名:ティンガン)で、とびっきり枝の張りが広い木と言えば、このーき、なんのき、きになるきー、でおなじみのアメリカネム(Samanea saman、ビルマ名:ティンボーコーコー)で、このフタバガキとアメリカネムが、ヤンゴン巨木番付の高さと広さの両横綱として君臨する。数は、アメリカネムが圧倒的に多い。
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左:アメリカネム、右:カニンピュー Left: Samanea saman, Right: Dipterocarpus alatus, Feb. ’25 |
真のコーコーであるビルマネム(Albizia lebbek)のほうは、材質はより堅牢だが、アメリカネムほど大きくならないため、道路脇や公園に植えられているのは、ほとんどがアメリカネムのほうだ。
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田んぼに木陰を提供するアメリカネム Rain tree (Samanea saman) providing shade in rice fields, Oct. ’24 |
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Jul. ’24 |
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ニガーシード Niger seed (Guizotia abyssinica), Nov. ’23 |
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Mar. ’25 |
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ヒマワリ Sunflower (Helianthus annuus), Nov. ’23 |
畑で栽培されて収穫されるでもなく、ミャンマーに入った経緯は分からないが、1990年には既にこの花の写真を撮っており、農業に詳しい人は、土をよくする効果があると言っていた。
ニトベギク Tithonia diversifolia, Nov. ’23 |
その朱色の絨毯を再び緑の絨毯に戻すかのように、農民たちは花冠だけを手際よくぽんぽんともぎ取っていた。相変わらずその用途は知らないそうだが、観賞用の切り花という線は完全に消えた。
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マリーゴールドの花の収穫 Harvesting Marigold (Tagetes sp.) flowers, Oct. ’24 |
そう、ついつい忘れがちだが、ここは内戦をやっている国。そこから車で二時間も走れば、いつ爆発や空襲が起きてもおかしくない紛争地域へと突入し、事態は一変するのだ。
今、ミャンマーの国土ははっきりと二極化している。
地方でも、非戦闘地域では戦闘の気配を微塵も感じられないのだから、ましてヤンゴンにいる限りは、この国のどこかで砲弾が飛び交っているという現実には、なかなか想像が及ばない。
今、ヤンゴンでは、ヘアーサロンとネイルサロンとスパとジムを合わせた数は、コンビニの数を上回っているのではないだろうか。同じ国の中で、自分磨きに勤しむ若者がいれば、敵を殺すために日々の鍛錬を続けている若者もいるとうことだ。
けれども、このミャンマーでの二極化は、アメリカにおける性や人種や国家に対する価値観の違いや、日本であったコロナやオリンピックへの対応の賛否のようなイデオロギーによる分断とはまったく違ってて、似て非なるものである。
暫定政権を認めるか否か。あなたはどっち、私はこっち、などと聞くのも答えるのも野暮で、国軍による政権の暫定支配を正しいと言う者には、いまだに出会ったことがない。それを認めるとしたら、軍の関係者か軍に恩赦をもらっている者ぐらいだろう。
アメリカの前の大統領選挙が行われた後、不正があったと主張するトランプ氏を追従するかのように、同時期に行われたミャンマーの総選挙でも不正があったと主張してクーデターに至ったのだが、その軍側の者ですら、トランプ陣営が言ってたように、ガチで選挙をやってたら我々が勝っていた、とまでは誰も言い切れなかっただろう。
なので、ミャンマーの二極化は、たまたま住んでいる場所が国軍の支配下地域の中にあったか反国軍勢力が制圧している地域の中にあったかによって起こってしまったようなもので、イデオロギーとしては、ほとんどの国民が、真に公正な選挙によって選ばれた者のみが政権を担うべき、という民主主義で一致している。
あとは、信念を貫いて反対し続けるか、本心はともかく自分や家族が生きていくためや職務をまっとうするために目の前の仕事に従事し続けるかの差で、それは、各自の置かれた環境や与えられた条件によって違ってくるだろう。
そして、不幸にも紛争地に取り残された人たちは砲撃爆撃に怯え、幸いにも非戦闘地域に住む人たちは、かつての日常を取り戻すべく武器に頼らない生業を追い求めている。
人が争おうが罵り合おうが、雨季になるとチークは白くて控えめな花を咲かせ、涼季の高地ではヒマラヤザクラが、暑季の終りにはパダウ(インドシタン)やホウオウボクが繚乱と咲き誇る。
なのに人間ときたら…
爆弾を撒き散らすぐらいならタネでも撒いたほうが、よっぽど生産的だし平和ではないか。何より、誰も死ななくてすむ。
そんなこと誰でも分かることなのに…
ほんと、何をやってんだ人間は。
私を受け入れて生かしてくれているのは人間社会であり、人間が人間のことを第一に考えるのは当然のこと。
一番大切なのは、今現在生きている人たちの生活であるということは間違いない。
将来、集落を呑み込む津波が来るのはほほ確実なのに、絶滅危惧種が棲む海岸なので防波堤は築けません、なんてことがあってはならない。
もちろん共存の道は探らなければならないが、丸々百歩譲るわけにはいかないのだ。ましてや、よそに住んでいる週末ナチュラリストの夢なんかを聞いているゆとりはない。
いよいよ動き出した感のある地球大変動期においては、妥協せざるを得ない局面に次々と対峙することになるだろう。
一方、我々が生きている意味はなんだろうと考えてみると、今さえよければいいということには絶対にならない。
個人の尊厳、権利は守られなければならない。けれども我々は、連綿と続く生物の歴史、人類の歴史の中の一コマの存在に過ぎない。
この歴史を絶やさず、未来を生きる人類に健全な生息場所、地球を渡すことこそが、今を生きる現代人に課された使命なのだ。
まったく縁遠い二種類の植物が立て続けに稀な一斉開花に至ったことも、地球大変動と無縁ではないかもしれない。二年続けて最高記録を更新した世界の平均気温の上昇により、生存の危機を察知した植物が、次の世代へ命のバトンを渡そうとしたのではないだろうか。
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Mar. ’25 |
けれども、特に戦争のような極端な状況になると、後者のことを思うことなど二の次、三の次、そのまたはるか後ろに追いやられてしまう。
今、ミャンマーの民主化の行方を見守っている人が100万人いるとしたら、ミャンマーの自然や野生生物の将来を憂いている者は100人にも満たないかもしれない。
そこで今回も、あえて言わせてもらう。
すべての命の源である自然を守るのに、右も左も西も東もない。
争いの当事者は言うかもしれない、「自然保護なんて言ってる場合か」と。
逆に、自然が壊れていく様を目の当たりにした当事者は言うだろう、「争いなんかやってる場合か」と。
この場で最初にこう書いたのは、2023年の8月だった。そして、2024年の7月に発表した牧野植物園研究報告誌の中では、森林の伐採しすぎが原因と思われる洪水の大規模化が進んでいると懸念していた。
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セイロンテツボク(ビルマ名:ガンゴー) Mesua ferrea, Mar. ’25 |
次回は、その原因について、写真を交えて考えます。
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