2014年1月31日金曜日

幻の大衆麺、その4. -Uncommon ordinary noodle, part 4.-

ここまで登場した麺類は、ミャンマー土着(どちゃく)と言っていいものだが、ここでは隣国(りんこく)起源で、ミャンマー独自に変異(へんい)したものや、ほぼそのままのものなどをご紹介したい。

麺と言えば中華!もう一つの麺の大国、中国の料理もミャンマーで独自の進化を遂(と)げている。

とは言っても、私は中国に行ったことがないので、ここに載(の)せる写真のものが、どれぐらい中国のものに近いか遠いか、逆に中国通の方に教えていただきたいぐらい。
中華系麺類のエース、油絡めソバ
Oil dressed Chinese noodle

まず、中国の料理としながらも、屋台(やたい)で出されるまでに庶民に浸透(しんとう)している筆頭(ひっとう)が、スィーチェッカウソェだろう。スィーは油のことで、ずばり油絡めソバだ。油食民族、ミャンマーの人が、これを見過ごすはずがない。

分類的には汁なし系で、調味油に湯切りした中華麺を載せ、刻みネギや肉と一緒に、箸(はし)で、グジュグジュグジュグジューっと混ぜて食べるのだ。これにも、澄まし汁は必ず付く。

このギトギト麺を体が欲(ほっ)するときは、かなり調子がいいときで、私の中では体調のバロメータメニューとなっている。
餡かけソバ
Noodle in sticky soup

ちょっと気合(きあい)の入った中華麺屋なら、スィーチェッの兄弟メニューのようにあるのが、コーイェーカウソェ。コーイェーとは糊(のり)の水という意味で、いわゆる餡(あん)かけラーメンだ。

長崎皿うどんの餡ほどは粘(ねば)りはなく、フカひれスープぐらいの粘度だろう。麺はスィーチェッと同じく生の中華麺。油分が少ないので、より日本人好みかも。

麺類なのに、焼き飯や中華丼よりも高価な一品ものの頂点が、チェーオーだ。チェーは銅、オーは鍋のことで、その名の通り、ミャンマーでは珍しく、鍋でグツグツ煮込む。

ビーフンが一般的だが、これも平麺や中華麺に替えてもらうことができる。麺と一緒に煮込むのは、肉、ウズラの卵、葉野菜などで、固形の豆腐を入れてくれる店なら、なおうれしい。
高級麺チェーオー。この麺は、細・平ミックスで注文
Sumptuous noodle in soup, Kyay-Oh. Mixed noodle of thin type and flat type is ordered.

注文を告(つ)げると、小僧(こぞう)さんや娘さんから、たいていお決まりの言葉が返ってくる。「チェらウェら」。これは、鶏か豚か、と肉の種類を聞かれているのである。中華系の店なら、たいていこの二つから選べるようになっている。

近頃のミャンマーのチェッダー(鶏肉)事情を話しだしたら、ちょっとやそっとでは止まれそうもないので、ここでは話を前に進めよう。

肉の他にもよく聞かれるのに、「シェーらヨーら」がある。シェーは、英語のスペシェール(特別)からきた言葉で、ヨーは、ヨーヨー、ふつうという意味だ。

つまり「上」か「並」かを問われているのだが、ここは一つ、思いっきり気取って唇(くちびる)をしゃくらせ、「シェー」と言っておけば、そのメニューで一番豪華(ごうか)なのが出てくる。卵が一個多いとかの差なのだが。ちなみに、シェーと発する時、片足片手を挙げる必要はない。

あと知っておくと便利なお店用語を少し紹介しておきましょう。まずは「コンビー」。「売り切れ」という意味なので、こう言われたら諦(あきら)めよう。もともと扱ってない場合なら、「マシーブー(ありません)」か「マヤーブー(できません)」と返される。

語学的表記はともかく、日常のしゃべりでは、ほぼ、これらのカタカナのように聞こえてくるはず。

文化の交差点ミャンマーには、インド人が作るちょっとスパイシーな焼きソバ、パンテーカウソェジョーもある。
パンテーとは、中国人のイスラム教徒のことで、インド人が作る中華料理だからと、最初はシャレだったかもしれないが、今では、正式に、そう呼ばれている。

これは中華よりも、むしろ日本の鉄板焼きソバに近い。と言うか、兄弟と言ってもいい。大きな違いは鉄板の形で、ドラム缶などを加工した薪(まき)コンロの上に置かれている鉄板は、分厚くて丸い。

日本では薄くて幅広のコテ二丁を使うが、インド焼きソバは、分厚くて柄(え)の長い幅狭の鉄コテと、薄いアルミの小皿をコテ代わりに使って、麺を空中高く放り上げながら焼く。

フライはフライでも、飛ぶほうのフライングヌードルだ。途中、小皿は麺に被(かぶ)せて、蒸(む)らしにも使う。
空飛ぶインド焼きソバ
Indian styled (flying) fried noodle

シェーだと、焼き鳥と卵焼きが載せられるが、イスラム系なので豚はない。パンテーの店では、たいてい焼き飯(タミンジョー)もやっており、これまたイケる。

他にも、お粥(かゆ)に勝るとも劣らない優しい喉越しの超コシ抜け細麺、ミューソァンとか、平麺と野菜の超辛味炒め、マーラーヒンとか、シャン風の超アツアツ土鍋(どなべ)麺、ミェーオーミーシェーなど、紹介したいものはまだまだあるのだが、次回はいよいよキングオブ麺大国を発表し、のれんをいったん下げることにしたい。
超コシ抜け細麺、ミューソァン
Super soft thin noodle in soup
野菜と麺の激辛炒め、マーラーヒン
Spicy fried vegetable with noodle
ミャンマー風鍋焼き、ミェーオーミーシェー
Noodle in hot earthen pot

2014年1月21日火曜日

幻の大衆麺、その3. -Uncommon ordinary noodle, part 3.-

汁なし系の定番としては、ナンジートウッを挙げたい。マンダレーモンティーとも言われるように、内陸部、北部が本場だが、「モンティー」という言葉が曲者(くせもの)で、複数の軽食的な麺に当てられるので要注意。
中華麺を使ったカウソェトウッ(和えソバ)
Basic noodle salad

トウッ、ァトウッとは、和(あ)え物とかサラダとかのことで、例えば、お茶受けによく食べられる発酵茶葉(はっこうちゃば)のサラダ風だと、ラペッ(茶葉)トウッとなる。

ヤンゴンでは中華麺を使ったカウソェトウッのほうを多く見かけるが、ナンジーは、白くてコシの強い米の麺だ。麺に和えるタレには、ミャンマーの人には欠かせない油とともに、黄粉(きなこ)も必須(ひっす)アイテム。
マンダレーモンティーことナンジートウッ、左が太麺

Nangyi noodle salad (Mandalay Montii), Left: Thicker type

ふと大昔の記憶が蘇(よみがえ)ったのだが、通っていた四国の保育園で、生のうどんに黄粉だけを絡めたものを、よく食べていたような気がする。安倍川餅(あべかわもち)の黄粉ぐらい甘く、おやつとして出されていたのだと思うが、とてもうまかったということだけは舌が覚えている。

ナンジートウッは、辛味(からみ)も薬味(やくみ)も効かせた、一見ナポリタンのような料理だが、麺と黄粉の組み合わせに再会したのは、ここミャンマーで何十年ぶりのことだった。
かき混ぜ後
After mixing noodle and sauce

ナンジー自体(じたい)太めだが、中でも太麺(ァロンジー)は、日本のうどんぐらい太くてコシがあり、超お勧(すす)めなのだが、ヤンゴンでこれを出す店は限られている。

こちらの日本料理屋では、高価な輸入物の乾麺(かんめん)を使ってうどんを出している店があるようだが、ナンジーのァロンジーなら、うどん出汁(だし)でもイケるかも。

他にも、よくマンダレーモンティーと言われるのが、チャーザンチェッで、キクラゲなどが入った春雨スープだ。思わず「えっ、ミャンマーで…」とこぼしてしまいそうなほど、これでもかと言わんばかりの胃に優しい麺類で、もたれているときなど、これまたお勧め。
もう一つのマンダレーモンティー、チャーザンチェ
Another Mandalay Montii, Kyasan Chet (Gelatin noodle in soup)

もう一つ、モンティーの西の雄(ゆう)。それがラカイン(ヤカイン)州起源(きげん)のヤカインモンティーだ。アブシャブとも呼ばれるが、直訳すると上顎(うわあご)熱い舌熱いで、トウガラシとコショウがダブルで辛(から)い。

ナンジーとは対照的(たいしょうてき)な米の細麺で、これもシャンカウソェのように汁のあるなしが選べる。ベンガル湾岸生まれに相応(ふさわ)しく、スープは魚系。
ヤカインモンティー(アブシャブ)、中央が汁なし和えソバタイプ、右が汁ありタイプ
Yakhine Montii (Arpu-Sharpu), Middle: Salad type. Right: Noodle in soup type.

まずは、マイルドな汁ありから挑戦(ちょうせん)したほうが無難(ぶなん)だが、その辛さ、病(や)みつきになるかも。私の場合は二口目に到達(とうたつ)する前から、とりあえず、のた打ち回って、なぜか笑いがこみ上げる。
まだまだ続く麺の旅。

2014年1月11日土曜日

幻の大衆麺、その2. -Uncommon ordinary noodle, part 2.-

トーフーヌエは、いわば汁(しる)あり系と汁なし系の中間的麺類だが、典型的なシャンカウソェ(シャン風ラーメン)では、汁のあるなしが選べる。
スタンダードの汁なしシャンカウソェ
Standard Shan noodle

何も言わなければ、汁なし(アトウッ)が出てくる。丼には湯を切った麺が調味(ちょうみ)油の上におさまっているが、澄(す)まし汁が小ぶりなお椀(わん)に入ってセットで付いてくる。
汁ありシャンカウソェ
Shan noodle in soup

日本のラーメンのような、どっぷり湯に浸(つ)かったのがよければ、注文の時に、汁あり(アイェー)と言っておかなければならない。「体調でも悪いの」とでも言われそうなほど、ヤンゴンあたりでは汁ありのほうが少数派なのだ。

また、シャン風は、麺の種類が豊富(ほうふ)なことも特徴(とくちょう)。どれも米由来(ゆらい)だが、オーソドックスなシャンカウソェの他、幅広(はばびろ)で平たいサンピャー、ストレートで喉越(のどご)しのいいミーシェー、コシの強いサンスィーと控(ひか)えている。
幅広麺のサンピャー
Flat wide typed Shan noodle

特にヤンゴンなど南部の国民的麺類と言っていい汁あり系の定番(ていばん)が、モヒンガーだ。

店や地域によって味もいろいろだが、表面を発酵(はっこう)させているという米の麺に、ナマズなど魚系のドロッとした汁をかけるというのが基本だ。
ヤンゴンのモヒンガー。バナナの茎入り
Mohingar noodle in Yangon. Cut Banana stems are contained.

ヤンゴンあたりだと、シャキシャキして繊維(せんい)の多い三日月のような野菜が入っているが、正体は輪切りにしたバナナの茎のかけらだ。
左:ニャカウソェ、右:モヒンガーァパッ
Left: Flat noodle, Right: Standard noodle

この麺も、基本の細いモヒンガーァパッの他、平たいニャカウソェがあり、トッピングには、ヒヨコ豆やユウガオの揚げ物や、刻(きざ)み揚げパンがおなじみだ。
汁鍋の上にトッピング用のひよこ豆の揚げ物が
Deep-fried Chickpeas on the soup pot for the topping
トッピングにユウガオの揚げ物
Deep-fried Bottle Gourd is topped.

もう一つ国民的麺類と言えたのがオウンノウッカウソェで、直訳するとココナツミルク麺だ。こちらは、小麦の中華(ちゅうか)麺に鶏(とり)とココナツミルクがベースの汁をかける。
ココナツミルク麺
Noodle in Coconut milk soup

このココナツ麺、今や絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)となりつつある。かつては、モヒンガーを出す店なら、たいてい横にセットで並べて売っていて、「ぼくモヒンガー、君オウンノウッ」の世界だった。

けれども、ココナツミルクは急性の高血圧を引き起こし、食べた後に亡くなるケースがあると言われるようになり、牛乳に切り替えたり、メニューそのものが消えてしまった店も多い。

ところが、奇(く)しくも先述(せんじゅつ)の二宮先生は、血圧を下げるため乳製品はなるべくココナツミルクに切り替えるようにと、医者に言われたそうである。

どうやら、ココナツミルクが血圧に影響(えいきょう)するのは本当のようだが、日本の医者とミャンマーの庶民(しょみん)では正反対の見解(けんかい)となっており、私はいまだ真相(しんそう)が分からないままでいる。

先生は、牛乳業界の陰謀(いんぼう)も疑っているが…それにしては代わりの牛乳麺(ノウッセインカウソェ)は、それほど普及(ふきゅう)していない。
今では希少なココナツ麺屋、テイクアウトもOK
Coconut noodle shop is getting rare now. Any noodle can be taken out by plastic bags.

次回は汁なし系定番に迫(せま)ってみたい。

2014年1月1日水曜日

幻の大衆麺、その1. -Uncommon ordinary noodle, part 1.-

愛媛新聞「ぐるっと地球」'13年12月19日原文追補

# 本編内容の一部を、下記の編で訂正しています。
幻の大衆麺、その8. 未解決食材編

独自の理論を駆使(くし)して麺類(めんるい)を分類している愛媛大学の二宮先生が訪緬(ほうめん)した際、私たちは麺屋を片っ端(かたっぱし)から梯子(はしご)した。

アジアの麺類をまとめた文献(ぶんけん)にも載(の)っていないのがいくつもあるとかで、その種類の豊かさに先生はスパゲティーのごとく舌を巻き、いつも当たり前のように食べていた麺たちが外の世界ではノーマークだったという事実に、私の口は丼(どんぶり)のように開いた。

そうと分かったからには、あえて大げさに後出(あとだ)しで宣言(せんげん)させてもらうが、ミャンマーは知られざる麺の大国である!朝から外で食べられる麺だけでも五種類ぐらいはすぐに挙(あ)げられ、五日間食べ歩いても先生には七割程度しか紹介できなかったほどだ。
シャン州の名物、豆腐絡めソバ
Noted product in Shan State, Tofu dressed noodle

その中で珍品(ちんぴん)一位に選ばれたのが、トーフーヌエというシャンの麺類だった。と言ってもシャン州まで行く必要はなく、ヤンゴンにもシャン屋は至(いた)る所にある。

トーフーは豆腐(とうふ)、ヌエは温かいという意味で、湯切りした麺に、固める前の豆腐の元のような大豆由来(だいずゆらい)のペーストを絡(から)めて食べるのだが、その食感は、とろろと麺を同量にしたぶっかけさぬきうどんなら、かなり近くなるかもしれない。
食べる前に麺と豆腐をかき混ぜる
Mixing noodle and tofu paste before eating

ベースとなる麺は数種あるが、米と餅(もち)米を混ぜて打った、すこぶるコシの強いサンスィーという平麺(ひらめん)が一番相性(あいしょう)がいいように思う。

日本語の達者(たっしゃ)な観光地の売り子でも、もはや私を素通(すどお)りしていくが、いくら草履履(ぞうりば)きの焼けた足にロンジー(腰巻き)をまとっていても、麺屋に寄ると最後には外人であることがバレてしまう。

「なんて食い方してる、ちゃんとサジで飲みなさい!」ココナツ麺屋の5歳ぐらいの息子にたしなめられた。どうやら、丼に直接口を当てるのは日本人だけのようだ。
シャン風の漬物や野菜の酢漬けが添えられる
Shan style pickles or pickled vegetables are garnished.