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シャン州にある店でのサンスィー麺を使ったシャンカウソェ(汁ありタイプ),Super sticky rice noodle in soup @ Pinlaung Tsp., Shan State
かつて文章にした内容が、実は間違っていたということが判明したり、ますます謎が深まったりしていることが、間々ある。万が一そのような事実が分かってしまった場合には、発信者の責任において、どこかで訂正するなり現状をお知らせするなりしておかなければならない、息のあるうちに。
これまでに書いた麺やその他の食材にまつわる文章でも、その後の探求の結果、事実関係が怪しいものが出てきている。
そこで、どれぐらいの方の目に届くかという点では不安だが、食べ物の話題を披露させてもらっているこのシリーズを借りて、訂正や未解決のままの事項をまとめて報告させていただく次第です。
まずは、このシリーズで度々取り上げているシャン族の麺料理、シャンカウソェについて。
日本の立ち食い麺屋の「そばですか?うどんですか?」のような感覚で、シャンカウソェ専門店では、生麺が主に4種類用意されていて、同じ麺料理を違った麺で味わうことができるのだが、その中で、日本人の言うコシのような弾力を最も強く感じるのがサンスィーという麺である。
そのサンスィーの原材料について、当時、何人かの人生経験豊富な友人の意見に従い、一般的な米と餅米を混ぜていると、同シリーズその1.においてお知らせした。
http://onishingo.blogspot.com/2013/12/1-uncommon-ordinary-noodle-part-1.html
その後、実は、この原材料について、多くの人に聞けば聞くほど真実が分からなくなっていった。
米だけしか使っていないよという人も結構いて、ヤンゴンでは、米だけという意見と米に餅米を混ぜるという意見が半々ぐらいになってきた。米だけという人のうちには、米は米でもシャン米を使うんだという意見も結構あった。
シャン米とは、高地のシャン台地で主に作られている米で、低地の水田で作る細長い米に比べて粘り気が強く、ヤンゴン在住の日本人家庭や日本食レストランなどでも、日本米の代わりによく使われている。
日本から来た舌の敏感な友人にも、ミャンマー人が営む日本食レストランで食べてもらったところ、粒は日本米より小さいが、味も粘り気も日本米に似ているとの印象を持たれた。
水を張れない斜面で栽培する稲、いわゆる陸稲(おかぼ)の畑を、私はミャンマーの山地で何度か見たことがあるが、シャン米が栽培されるのが水を張った水田なのか山の斜面なのか両方ともあるのか、その点はまだ確認できていない。
さらに、日頃あまりシャン米を食べていない低地のビルマ族などの人たちの中には、シャン米イコール餅米だと思っている人が結構いるということも分かってきた。
つまり、餅米を混ぜているという人の中には、低地の細長い米に高地のシャン米を混ぜているという意味で言っている者も多くいるということだ。
ビルマ族の人たちにも餅米は身近な食材で、おかずと食べるご飯とは別に、ねっとりと塊になった状態の餅米のご飯粒としても、捏ね上げた餅菓子としても、多種多様な餅米メニューを食べている。
ここで分類上の整理をしておくと、日本米もミャンマーの低地米もシャン米も餅米(糯米)も、アジアイネ(Oryza sativa)という一種類の植物であることに違いはなく、それぞれの遺伝的な差は、人類という種の中の白人や黒人や黄色人などの差ぐらいのものなので、大きく言えば、シャンカウソェの麺は、すべて米粉の麺であるということには違いない。
人で言う人種の違いに相当する区別として、ジャポニカ米とインディカ米というのがあるが、短粒で粘り気が強いという点ではシャン米はジャポニカの特徴を持ち、長粒で粘り気が少ないという点ではミャンマーの低地の米の多くはインディカの特徴を持つ。
けれども、飽くまで同種内での話なので、すべての品種が一般論に合致するわけではなく、事実、シャン米はインディカ米であるという説も聞いたことがある。とにかく、ここでDNAの世界に深く入り込むつもりはないので、生物学的分類については程々にしておく。
食感と使い道という観点に絞って日本の方々に分かりやすいようにざっくり区分すると、タイ米のような低地の米、日本米のようなシャン米、それと餅米、という三種類があるというイメージを持っていただいたのでいい。
原材料の調合から調理をスタートするようなことのない私などには、別々の粉を混ぜ合わせるということに違和感を覚えるが、考えてみれば、二八そばをはじめ、いわゆる粉ものを一から扱っている方々にとっては当たり前のことなのかもしれない。
さらに、米粉と餅米粉の混合にそれほど疑いを持たなかったのには、実は、この組み合わせは、ミャンマーではよく使われるゴールデンコンビだったからでもある。
ミャンマーは麺大国であると同時に、知る人ぞ知る揚げ物大国でもある。
昔あったTVチャンピオンという日本の番組で揚げ物(コロッケ?)の回があり、並み居る名人を押し退けてチャンピオンになったのは、ミャンマー出身の料理人だったそうだ。
私はその時ミャンマーにいたので放映は観ていないのだが、後年、そのチャンピオンがミャンマーに帰国してヤンゴンで開いたレストランには行ったことがある。確か、オムライスやコロッケが看板メニューだった。
そもそもミャンマーの街角では、あちこちに揚げ物屋があり、おやつとしてもおかずとしてもおなじみの食べ物なのだ。食材に衣を付けてたっぷりの油で揚げる言わばミャンマー式天ぷらを、ビルマ語ではアチョーと呼ぶ。
昔、ヤンゴンから西走してベンガル湾沿岸を目指していたときのこと、エヤワディー管区の首都、パテインの向こうには、エヤワディーデルタ西端にして最大の支流が横たわり、今でこそ橋がかかっているが、当時は、小型のバスに乗り換えて、Z-craft(通称ゼッ)と呼ばれる車両専用の渡し船で対岸に渡してもらっていた。
そのバスに乗ったまま河原で乗船の順番待ちをしていたところ、突然、眼下に天ぷらが滑り込んできた。アチョーが山盛りになったお盆を頭に乗せた女の子が窓の下に近づいてきたのだった。
そこで、港町ということもあり、数匹のエビを全身殻ごと寄せて揚げたミャンマー式の平らなエビ天を買ったのだが、実は、生まれてこの方食べたあらゆるエビ天、エビフライの中で、一番うまいと感じたのは、その時食べたエビ天だった。
ミャンマーのアチョーは、日本の天ぷらほど衣の表面が毛羽立っておらず割とつるっとしていて、色はより濃いきつね色で、さっくりとした食感としっかりとした歯ごたえがある。冷めてても十分うまいが、べちゃっとなった宵越しのものになると、さすがにそのままではまずいかも。
エビのアチョー(プゾンジョー)の場合、エビの大きさによっても味わいが違うが、パテインで食べたものなどは、たっぷりのエビの身にかぶりつく食べごたえと、えびせんのような後を引く旨みが備わっていたような記憶がある。
野菜天からも一品挙げるとしたら、短冊切りのユウガオ(ヒョウタン)のアチョー(ブーディージョー)は、お勧めだ。葉野菜と根菜の中間的な歯ごたえは、日本の天ぷらには、ちょっとないかも。
ちなみに、料理関連の言葉で、発音の訛り方によってチョーと聞こえたりジョーと聞こえたりする言葉は、油で「揚げる」「炒める」の両方に使われるビルマ語で(文字ではチョー)、例えば、カウソェジョーなら、カウソェ(そば)とジョー(炒める)で焼きソバ、タミンジョーなら、タミン(ごはん)とジョー(炒める)で焼き飯となる。
意外と知られていないが、この独特の味わいのあるミャンマー式天ぷら、アチョーの衣の原料は、実は小麦粉ではないのだ。グルテンアレルギーの子も大歓迎の夢の揚げ物なのだ(アチョー!)。
この衣こそ、米粉と餅米粉を混ぜて作られるのである。その配合は、おそらく店によって違いがあり、それが味の差にも現れているのかもしれない。
食の交差点のようなミャンマーでは、喫茶軽食屋に入れば、中国式の揚げパン、イーチャーコェや、インド式の焼きパン、プラターなども食べられ、さすがにそれらは小麦粉を使っているだろうが、中国やインドに比べて乾燥地帯が狭いミャンマーでは、本来小麦の生産量は多くなく、ミャンマーオリジナルの粉もの料理に使う粉は、米粉がメインだと思っていいだろう。
そんなわけで、米粉麺であるシャンカウソェの一種が米粉と餅米粉を混ぜて打っていると聞いても、それほど違和感を覚えなかったという次第。
シャン州は農地化が進んでいるため、動物目当てで旅をする私の足は、しばらく遠のいていたのだが、一年ちょっと前、再び何度かシャン州を訪れる機会を得た。
その旅の途中で、夕食時に山村の道路端で営む簡素なシャン料理屋に入った。聞けば、シャンカウソェもあり、麺はサンスィー一種のみとのことだった。
当然注文し、同時に、これは長年の疑問に終止符を打つ絶好の機会かもと考えた。
私以外の周りの者はすべてミャンマー人で、店主はもちろんシャン族、同行の者にはシャン族もビルマ族もいた。
シャン族の女店主に聞いてみた、サンスィーに餅米粉は混ぜていますかと。答えは…
「混ぜていない。米粉のみ。ただしシャン米だよ」と!
そこで、ヤンゴンの知人友人たちの間では米粉に餅米粉を混ぜているという意見を結構聞くんだけどと、さらに麺談義を持ちかけた。
それに対する店主の意見が、私には目から鱗の含蓄のあるものだった。
「なるほど。シャン米が手に入りにくいヤンゴンだと、米(低地米)と餅米を混ぜるかもしれないね」と。
追い打ちをかけてビルマ族の友人が言う。「餅米の代わりにターグーを混ぜてるかもよ」。なるほど!これまたすばらしい推察。
ターグーとはキャッサバの粉、つまりタピオカ粉のことで、ふつうミャンマーでは、ドリンクよりもしるこのような温かいスイーツとして食べることが多いのだが、その推察には思い当たる節があり、説得力十分だった。
もし、冷蔵庫に冷凍さぬきうどんでもあったならラッキーです。パッケージの原材料欄にはタピオカの文字が入ってないでしょうか。手打ち風のコシを出すため、冷凍うどん麺では、たいていタピオカ粉を混ぜているはず。
まず、正統派のサンスィー麺では、使っているのはシャン米のみ、というのが正解。ただし、シャン米があまり一般的ではない地域では、ふつうの低地米の米粉に餅米粉などを混ぜることもあるかもしれない。これが、現時点では最も実情に近いとみている。
これまで、ヤンゴンを初め各地で麺の名店があると聞けば寄って食べてみたが、その日に立ち寄ったシャン州の田舎の店で食べたサンスィー麺での汁ありは、それまでに食べたシャンカウソェの中では一番うまかった。
ふつうは麺の丼のほうの具は少なめで、付け出しの漬物(シャンチンバ)を間でつついたり麺に混ぜたりして食べるものだが、ここのシャンカウソェは、漬物小皿もありつつの、さらに麺の丼の中にも葉野菜やら根菜やらがどっさり入っていた。
それがまた汁になじんでうまい。
このスタイルは、他ではちょっと見たことがなかった。珍しい。
それらの具材が似ているからか、私は、亡母が作っていた正月の雑煮の味を思い出していた。確かに、サンスィーのモチモチ食感も、煮込んだ餅に近く、シャキシャキ野菜との食べ合わせは、愛媛の田舎の雑煮と、あまりにも似ていた。
汁の味までも、瀬戸内海のイリコ(煮干し)を使っていたであろう亡母の雑煮にそっくりだと、なぜか感じた。
そうか、麺料理の出汁のほうの探求は、まだまだだったな。今度また行く機会があったら、そっちのほうも尋ねさせてもらおう、何年先になるか分からないけど。
問題の、同シリーズその1.では、もう一つ誤った情報を伝えていた。
そこでは、固まる前の豆腐のペーストに麺を絡めて食べるトーフーヌエを紹介していて、その豆腐ペーストを大豆由来と書いていた。
豆腐と言えば、たいていのシャンの麺屋には、豆腐を油で揚げたトーフージョーというメニューがある。揚がった表面はもちろんきつね色だが、噛み切った断面も日本の厚揚げに比べると黄色みを帯びている。実は、ミャンマーの揚げ豆腐は、大豆ではなくて黄色いヒヨコ豆を使っているのがふつうなのだ。
ただ、店によっては極端に黄色いことがあり、さすがにそれは、もしかして原料の豆が違うのかも、とか、時間の経過で変色するのかも、などと思ったこともあるが、大多数は乳白色なので、それ以上の原材料の探求は怠っていた。
実は、白っぽいのも黄色っぽいのも、すべてのトーフーヌエは、トーフージョーと同じくヒヨコ豆の豆腐ペーストであるとのことなのだ。
そう言われて、遅ればせながら探求を再開したところ、私は致命的な言語的ミスに気づかずにいたということが分かった。
市場に行くと、日本の木綿豆腐のような典型的な乳白色の四角い豆腐もちゃんと売られていて、ミャンマーナイズされた中華丼(タミンバウン)や五目スープ(セネミョーヒンジョー)やタンメン風の麺(チェーオー)などにも、具としてよく入っている。
けれどもミャンマーの人は、それらをペービャーと呼び、決してトーフーとは呼んでいない。ペーは大豆、ビャーは平べったいもの、みたいな意味になる。
けれども、ビルマ語にもトーフーという言葉は厳然とある。だがそれは、ヒヨコ豆で作った豆腐のみを指していて、逆に、大豆の豆腐は指しておらず、大豆の豆腐のことをペービャー、ヒヨコ豆の豆腐のことをトーフーと完全に呼び分けているのだった。
私は、日本語のとうふイコール大豆の豆腐という事実に引っ張られてしまって、たとえヒヨコ豆をひっくるめるにしても、豆腐状のものはすべてトーフーと呼べるのだろう、ましてや大豆の豆腐なら当然、と思い込んでしまっていたのだ。
改めて、少なくともシャン料理屋で出されるトーフーヌエの豆腐ペーストも厚揚げのトーフージョーも、原材料はヒヨコ豆ということでご理解いただきたい。誤認情報でご迷惑をおかけしました。
あと、卓上の麺料理などを広角で撮影すると、必ずと言っていいほどお茶が写り込んでいるが、特に、お茶どころシャン州で出されるお茶には独特の香りが漂っていることがある。
この香りは何?と尋ねると、カウッニンモェという言葉が返ってきた。カウッニンとは餅米のことで、モェとは匂うとか香るという意味である。
加えて「お茶の葉に混ぜる」という言葉も聞き取った私は、茶っぱと餅米を一緒に炒ったりして、この餅の香りのするお茶にしているのだろうと思っていた。そのように書いたことも言ったこともあった。
ところが、紛らわしいことに、カウッニンモェ(餅米の香り)と言っていたのは、匂いの形容としてではなく、ある植物の名前、名詞として言っていたのだということが、後に分かった。
「餅米の香り」という名の、餅米でもお茶でもない第三の植物…これはもう、グレープフルーツという名のミカンぐらい紛らわしい。発言も聞き取りもおぼつかないビルマ語において、この「餅米の香り」という言葉に完全に翻弄されていたのだ。
改めて、カウッニンモェについて調べてみた。
まず、使うのは葉の部分で、乾燥させたものを切り分けて茶っぱに混ぜて、ふつうのお茶と同じようにお湯で煮出すらしい。
餅米の香りと名付けられてはいるが、イネ科ともチャノキ(ツバキ科)ともまったく関係ないとのことで、とりあえず、複数のミャンマーの植物目録で「カウッニンモェ」で引いてみたが見当たらなかった。
そこで、森林・環境科学大学で分類学を教えているシャン族の友人に尋ねてみた。カウッニンモェを栽培している身内もいるとのことで、この件では最適任者と思われたが、彼をして、種(しゅ)までは断定できないとのことだった。
彼は、センリョウ科のチャラン属(Chloranthus sp.)であろうことまでは断定しており、我々が参照している植物目録には、同属の植物が5種記載されているが、ビルマ語名をカウッニンモェとしているものはない。
そこで彼は、少なくとも土着の植物ではなく、栽培品種として外国から入ってきたものなので目録からは漏れているのではないか、と推測している。
私のほうでは、ネット上でChloranthus属についての記載をいくつか読んだところからは、この植物の種名は、Chloranthus erectusではなかろうかとみているのだが…
いずれにしても、センリョウ科のチャラン(Chloranthus)属というところまでは間違いないと思う。
以上、いつか報告しなければと胸につかえていた食物・植物に関する混迷について現状を書かせていただきました。
真実の裏付けを取ることには最善を尽くしますが、非力さゆえ絶対ということはありません。
今後も、新しい事実が発覚した際には、改めて、ご報告させてください。
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