2010年12月28日火曜日

究極のエコタクシー

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'10年1月5日原文追補

ミャンマーに「サイカー」という乗り物がある。この名は英語から来ているのだが、子音(しいん)が消える東南アジアの人たちの発音の特徴(とくちょう)を知っていると、ほぼ語源の察しはつく。

語尾に母音(ぼいん)までくっつける日本人だと「ビスケット」「オリンピック」となるところが、ミャンマー英語だと「ビスケッ」「オーランピッ」となるわけだ。

よって、サイカーとはサイドカーがなまったもので、後輪の片側に座席をしつらえた自転車タクシーのことである。


横に張り出した座席は、幅は腰幅ほどだが前後に長く、中央には仕切りがあるため、見知らぬ男女同士でも背中合わせに相乗(あいの)りできるし、さらに荷台の横座りでもよければ、運転手を除いて三人まで乗れる。

他の国の自転車タクシーの多くは、三輪の配置が二等辺三角形で、人力車のように運転手の真後ろに座席が取り付けられており、縦にも横にも大きい割には大人が二人座れるだけだが、サイカーなら車体より長い柱などでも座席からはみ出させて積める。

さらに、座席の代わりに台座を取り付けた荷物専用サイカーでは、空(から)のドラム缶を八個積み上げて山車(だし)のごとく走っている勇姿(ゆうし)すら見たことがある。

大都市ヤンゴンでも、サイカーはバスやタクシーの隙間(すきま)をガンガン走っているが、まして車の少ない田舎町だと、馬車と共に近距離移動のツートップとなっている。

日本から来た中古車が走るヤンゴン市街地

どちらもナンバープレートを持つ公(おおやけ)の交通機関で、決して観光用ではなく、便利で必要だからこそ代々使われてきたものである。何万キロ走ろうが燃料を食うことはなく、無意識のうちに地球の温暖化抑制(よくせい)に貢献(こうけん)してきたわけだ。

車内にあった文字をペイントしたバス。もとの文は何でしょう?(中部、モンユワのターミナル)

昨今(さっこん)のエコブームに乗って、欧米でも自転車での市街地への進入を推進(すいしん)する都市が増えつつあるが、日本では、まだまだ自転車を市街地から追い出そう締(し)め出そうと躍起(やっき)になっているような印象を受ける。

もちろん長時間の放置や歩行者天国での走行などは論外(ろんがい)だが、自転車でやってきて正しく駐輪場(ちゅうりんじょう)に止めてくれる人には、むしろ商店街の特典を提供するぐらいに迎(むか)え入れるほうが、もう一つのエコ、エコノミーの点からも活気(かっき)づくのではないかと思えるのだが…

ハンドルの前にあるのはビルマ数字のナンバープレート

最近、愛媛の松山では、自転車の共同利用や、バスとリレーするエコ通勤などの実験が行われ、宇和島では、ハイカラな自転車タクシーがお目見えしたという報道を拝見(はいけん)した。

物珍しさだけでなく、本当の自転車のよさが再認識できるような優しい町作りのノウハウをドンドン開拓(かいたく)していってほしいものだ。自転車姉妹都市なら、ミャンマーにも、いっぱいあるよー。

2010年12月22日水曜日

サイクロン襲撃後のエヤワディーデルタにおける大型爬虫類の状況‐後編

国連食料農業機関(FAO)専門誌「TIGERPAPER」寄稿
Vol.36:No.1 -Situation of large reptiles in Ayeyarwady delta after the cyclone hit- (2009年)原文、写真追加

タミーラ島から望むインド洋

課題

サイクロンにより多くの方々が亡くなったけれども、エヤワディーデルタは人口密集地帯であり、農作物や水産物の供給(きょうきゅう)地として、国の重要な地域である。そのため、自然保護には、地域住民との関わりが、非常に重要となる。

私は、地域社会に柔軟(じゅうなん)で穏健(おんけん)な多くの地方役人を全国に知っている。彼らは、必要とあらば、法を超えて地域独自に住民との協定を取り決めることもある。メインマラー、タミーラの両筆頭(りょうひっとう)保護官は、どちらも十年以上そこで保護活動に従事(じゅうじ)している。この人事は好ましく思え、彼らは地域住民の信用を得ているようである。


メインマラー島では、木の伐採と違法漁業は厳しく禁止されている。けれども、地域住民が規則を守る限り、島内の水路での小規模漁業は許され、必要とあらば、正式に苗木や木材をもらうこともできる。

しかしながら、ある漁師は、いまだに違法漁業を続けている。例えば、満潮時に水路の上流に強力な殺虫剤を溶かし込み、干潮時に水路の下流で、死んだ魚や弱った魚を収獲している。この場合、ワニなら陸地に逃れられるだろうが、餌は減少する。さらに、収獲した魚は市場に出回り、人々の口に入っているはずである。


2m弱のイリエワニ

ほとんどの人は、メインマラー島は、沿岸を司(つかさど)る強力な精霊(せいれい)、ウーシンジーの住みかであり、ワニとトラは、その従者(じゅうしゃ)であると信じている。なので、人々がワニを傷つけることはほとんどない。たとえ誰かがワニに殺されたとしても、それは、その者が精霊に対して間違った行為を行ったためであろうと信じるようである。

実際、ワニは、まれに人や家畜を攻撃する。森林局は、ワニの繁殖地を5ヶ所確認しているが、そのうちの2ヶ所は島の外にある。現在、ワニの数は増えているようである。成熟した雄ワニたちは、特に繁殖期(はんしょくき)に、なわばりを独占するために争い合う。

そのため、彼らは自然と生息域を広げるようになり、人が攻撃されるリスクは高まるはずである。政府とあるNGOは、島からそれほど遠くないところで植林活動を行っている。我々は、人とワニ双方の生存を考慮しなければならない。


タミーラ島には、保護事務所の他に小さな兵舎(へいしゃ)と漁師の番屋(ばんや)があり、駐留(ちゅうりゅう)兵士も漁師もカメの保護には協力的である。一週間の滞在中、漁師から、網にかかったカメが事務所に届けられたことが二度あり、兵士が上陸したカメを発見、確保し、事務所に報告に来たことが一度あった。


漁師の網にかかったアオウミガメの亜成体(あせいたい)にタグを付ける

しかし、人間の行動が、必然(ひつぜん)的にカメの生存に影響を与えることはある。例えば、大規模な底引網漁法は、一度の操業に約四時間を要する。これは、カメの一息の潜水(せんすい)時間をはるかに越えている。よって、もしカメが早めに網にかかったなら溺死(できし)してしまう。

また、円形の釣り針は、Jの字型の釣り針よりもカメにとって安全であることが知られているが、この漁具は、まだ普及していない。これらは、地域事務所の管制(かんせい)力を超えた問題である。穏健な行政の対処を期待したい。

上陸した母アオウミガメの縦横の甲長(こうちょう)を測る

島は、ほぼ自然植生に覆(おお)われており、貴重な海岸林の生きた見本である。ところが、かつて何者かが島に山羊(やぎ)を放ち、野生状態で増殖(ぞうしょく)している。彼らは、口が届く範囲の下層(かそう)植物を確実に食べており、それは、天然更新(てんねんこうしん)に深刻(しんこく)な害を及ぼし、土壌浸食(どじょうしんしょく)を引き起こす。現在、砂浜は、二種のウミガメの産卵に適した石灰質(せっかいしつ)から主に成り立っている。生態系と砂の組成(そせい)を保つためにも、山羊は、できるだけ早く駆除(くじょ)すべきであろう。


地域保護官は、限られた予算の中で保護活動に奮闘(ふんとう)している。メインマラー島にあった10軒の詰所(つめしょ)がサイクロンで倒壊(とうかい)したが、現在は、既に6軒の仮(かり)詰所が再建され、職員が配置されている。しかしながら、パトロールや個体数調査などに必要な船、燃料、ライト、電池などは、常に不足気味である。

タミーラ島をサイクロンが直撃したあと、すべての職員は一度本土に逃れたが、その三週間以内には再び島に戻り、仮事務所を再建した。カメを捕まえた場合は、カメに国際基準のタグを付けて放し、違法者や別の母ガメに掘り返されないように卵を採集して孵化(ふか)場へと移す。そして、孵化したら直ちに子ガメを放流する。放流するまでカメを長く飼育すればするほど生存率が高くなることは、保護官は分かっているが、養殖槽(ようしょくそう)は未だ再建されておらず、維持費の目処(めど)も立っていない。


孵化直後の子供のアオウミガメを海に放す


これら水生動物の保護制度は、やや複雑である。例えば、森林局はメインマラー島を自然保護区として指定し、ワニ保護のための管理事務所と職員を配置しているが、保護区の外のワニに関わる問題は、水産局が優先して対処することが多い。さらに水産局は、ワニ革(がわ)生産のための養殖場をヤンゴンで運営(うんえい)している。森林局は生態系保全に豊富な経験を有し、水産局は繁殖技術を有していると言える。

森林局はタミーラ島も自然保護区として指定し、全種類のウミガメは国の完全保護動物に指定している。けれども、島にカメ保護のための管理事務所と職員を配置しているのは水産局である。局間の柔軟な技術的財政(ざいせい)的協力が期待される。


さまざまな村民へのインタビューの結果、ワニやウミガメを食料として捕まえたいという意思は、地域住民は持っていないだろうと私は考えている。ワニやウミガメは、法律と信仰によって守られているようだ。

漁師から届けられた子供のイリエワニ

しかしながら人間の生活は、間違いなく彼らの生存に影響を与えている。特に水質汚染は憂慮(ゆうりょ)すべきものである。川沿いの地域住民は、飲食に水浴びに洗い物に、川の水を直接使っており、あらゆる廃物(はいぶつ)を川に捨てている。彼らの自然な暮らしと頑強(がんきょう)さには、私は敬(うやま)いの気持ちも抱(いだ)いている。

けれども、合成洗剤、ビニール袋、電池などの化学製品は、近年、地方にも急速に普及しており、その回収制度は、いまだ確立されていない。加えて、エヤワディー川流域には、金や銅や宝石などの鉱山が多くある。

そのため、人間の体と出産・生殖への有毒物質の影響は軽視(けいし)できるものではない。まして、ワニ、ウミガメ、イルカなどの水生動物は、人以上に自然の水に依存(いぞん)している。彼らの生存状況は、我々の未来の状況を示唆(しさ)する指標(しひょう)となるはずである。

まずは、エヤワディー大河を通しての水質調査実施の可能性を探ってみたい。

2010年12月15日水曜日

サイクロン襲撃後のエヤワディーデルタにおける大型爬虫類の状況‐前編

国連食料農業機関(FAO)専門誌「TIGERPAPER」寄稿
Vol.36:No.1 -Situation of large reptiles in Ayeyarwady delta after the cyclone hit- (2009年)原文、写真追加

一番初めにナルギスが直撃したタミーラ島

サイクロン・ナルギス

'08年5月上旬、強大なサイクロン、ナルギスがミャンマー南部を襲った。特にエヤワディー(イラワジ)川のデルタ地帯は、甚大(じんだい)な被害を受けた。ミャンマー最大の都市ヤンゴンも被災したが、ヤンゴン市民は、襲撃の数日後には被災者を救済(きゅうさい)すべく行動を起こした。多くの救援物資が寄付され、有志の団体が広く遠く被災者に物資を届けた。

ある外国の報道は、被災地には雨季が迫っており、非常に不運で悲惨(ひさん)なことになるであろうと報告した。けれども、これはミャンマーの世論とは正反対のコメントであった。地方では、飲食に水浴びに洗い物に、川や池や井戸や雨からの自然水を使うことが普通で、中でも雨水は十分清潔(せいけつ)である。

その上、激しい雨は、遺体や家畜の死骸(しがい)で汚染された水を流してくれる。雨が陸と川を浄化(じょうか)すると共に被災者は清潔な水を使えるため、雨季直前だったナルギス襲撃の時期は、むしろ不幸中の幸いだったと、ほとんどのミャンマー国民はみなしている。

私が'08年7月にミャンマーを訪れたときには、被災地への訪問許可を取るのは非常に難しい状況だった。けれども、政府組織や多くのNGOや様々な市民団体は、精力的に被災者支援に努めており、私のような外国人訪問者でも、ヤンゴンでの支援活動の手伝いには歓迎してもらえた。

あらためてエヤワディーデルタを訪れることができたのは、被災から8ヶ月後の'09年1月のことだった。そこは、私の想像を超えて活気に満ちていた。主要道路はほぼ補修され、バスや客船は運行を再開していた。 市場や店は食品や日用品にあふれ、田んぼのあちこちには大きな藁(わら)の山が盛られ、精米所は稼動(かどう)し、多くの漁船が力強く操業(そうぎょう)していた。

暴風と高波で根こそぎ倒れた大木(タミーラ島)

けれども、あの災害は決して幻(まぼろし)ではない。人々は間違いなく被災した生存者である。多く人々が家族や家や財産を失った。けれども彼らは、生業(なりわい)を止めることなく新しい生活を始めている。なんと頑強(がんきょう)なことだろう。私は彼らの姿勢に感銘(かんめい)を受けた。

それでも、特に遠い辺境の地域では、いまだに多くの被災者が精神的物質的に苦しんでいるとも聞いた。復興(ふっこう)支援活動はまだ止めるべきではない。そして、次のサイクロンシーズンへの備えが急務(きゅうむ)である。

イリエワニ

なわばり争いで上あご先が欠けている目測4.5m以上のイリエワニ(Crocodylus porosus

エヤワディーデルタに、マングローブ生態系を保護するための特別な場所がある。メインマラー・チュン自然保護区 (136.70 k㎡、エヤワディー管区ボーガレー郡)である。「チュン」は、ビルマ語で「島」の意味である。

この平坦な島は、エヤワディーデルタの中の広大な中洲の一つで、マングローブに覆(おお)われている。森林局は、食物連鎖の頂点に立ち、生態系のシンボルでもあるイリエワニの保護に特に力を入れている。

多くの木は、サイクロンによって倒れ、傾き、損傷(そんしょう)した。地域保護官は、島の樹木の70%の林冠(りんかん)が失われたと推測している。さらに、島は河口近くに位置することから、上流からの多くの残骸(ざんがい)、廃材が流れ着き堆積(たいせき)した。

森林局は、それらを取り除き、島内の水路を開通することから始めた。そして、枯死したり損傷した木々は、できるだけ取り除かず、植林もしなかった。私は、この考えと行動に賛同(さんどう)する。実際、現在は多くの木が生き残っており、新しい芽を出している。天然更新(てんねんこうしん)は順調のようである。

マングローブの汽水域にすむカエル
 
ワニの状況に関しては、私は、さほどサイクロンによる被害を受けていないと推測する。6日間に、水路沿いで目測2~5メートルの大型ワニを5頭観察し、夜間は、水路の汀(みぎわ)沿いの木の下で横たわったり浮かんだりしている多くの未成熟(みせいじゅく)ワニを観察した。その多くが50センチ以下の子ワニで、明らかにサイクロン襲撃以降に誕生したものだった。
 
ウミガメ

アオウミガメ(Chelonia mydas
 
もう一つ特筆(とくひつ)すべき保護地域がある。タミーラ・チュン自然保護区 (0.88 k㎡、エヤワディー管区ンガプードー郡)である。この島は、エヤワディーデルタの西端から約10キロ沖合にある孤島(ことう)で、地域保護官によると、周囲は約4.8キロで、標高34メートルまでの低い台地状である。
 
島は、主に二種のウミガメの繁殖地である。アオウミガメは年中、ヒメウミガメは10月から2月にかけて産卵するために浜に上陸する。従って、それらは、ふつうは雌の成熟個体である。

島は、'04年12月にスマトラ沖地震による津波に、'08年5月にサイクロン・ナルギスによる高波と暴風雨に見舞われた。地域保護官は、これらの災害の前と比べて、砂は厚さ90センチ相当が流され、汀から陸地までの浜の幅は、40%にまで減少した(60%消失)と推測している。岩盤(がんばん)も広くむき出しになり、必然的にカメの産卵場所は狭まった。

筆頭(ひっとう)地域保護官は、以前は毎晩のように数頭の母ガメが上陸していたと言うが、6夜の滞在中には、ピーク時であるにもかかわらず、4頭のアオウミガメと1頭のヒメウミガメが上陸しただけで、そのうち2頭は、産卵をせずに海に戻った。その1頭の場合は、大きな木の根がつっかえて産座(さんざ)の穴が掘れず、もう1頭の場合は、掘った場所が粒が大きい砂利(じゃり)であったため穴を形作れなかった。

石の多い浜に上陸し、産卵をあきらめ海に戻るヒメウミガメ(Lepidochelys olivacea

ある専門家は砂をとらえて流失させないように浜に柱を打ち込んで立てることが有効だと考えているが、私は賛同しかねる。この島が自然保護区である限り、できるだけ自然のままにして、人工物は極力避けるべきだと私は望んでいる。(続く)


2010年12月7日火曜日

ウミガメ、故郷に帰る

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'09年3月21日原文追補

デルタを行く我らが客船、ソーミャットゥー号

ワニと別れた後、次なる標的を目指し、エヤワディーデルタの水路を縫(ぬ)って進んだ。

立ち寄る町や村は、予想外の活気に満ちていた。市場や商店には食品も日用品もズラリと並び、精米工場は煙を上げてフル稼働(かどう)、漁師は力強く川面に漕(こ)ぎ出していた。

曲がりなりにも寝床(ねどこ)が二層ある船室

けれども、8ヶ月前のサイクロンの悲劇は決して幻(まぼろし)ではない。出会ったある漁師は、五千人以上が亡くなった島で生き残った数十人のうちの一人だった。亡くなった奥さんが身に着けていた装身具(そうしんぐ)などを売って友人と共同で小船を買い、今は漁をしながら小船の上で暮らしているという。

生き残った者は、前に向かって進んでいる。その生きる姿勢を目の当たりにし、我が身が締まる思いだった。

船上で迎えた夜明け

船を4隻(せき)乗りついで、波の上で過ごすこと32時間。ワニの島を出てから三日目の朝、カメの島に上陸した。

デルタの南西端から十キロ沖合いに浮かぶこのタミーラ島(Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary)には、アオウミガメ(Chelonia mydas)とヒメウミガメ(Lepidochelys olivacea)が産卵のために上陸する。

島の番人。魚をつかんで飛ぶ若いシロハラウミワシ(Haliaeetus leucogaster

日没後、上げ潮に合わせて静かに浜辺を巡回(じゅんかい)し、彼女らの上陸を待つ。世界的に数を減らしているウミガメの卵を回収し、安全確実に孵化(ふか)させて海に放すのだ。

保護官のネイさんによると、周囲5キロ足らずのこの島に、以前は毎晩数頭が上陸していたそうだが、私が滞在した6夜の間、上陸したのは5頭、そのうち2頭は産卵をあきらめて海に戻ってしまった。

産卵のために上陸したアオウミガメ

スマトラ沖地震、サイクロン・ナルギスと続けざまに高波に襲われた島は、大量の砂が洗い流され、波打ち際から林までの砂浜の幅が以前の半分以下になり、かつては砂の下に隠れていた岩盤(がんばん)も、あちこちでむき出しのままになってしまった。

そのため、カメが上陸しやすい海岸が狭まった上、卵を埋めるための穴を掘っても、砂利が多くて崩れたり岩や木の根につっかえたりして、産卵に失敗するケースが多くなっている。

産卵をあきらめ海に戻るヒメウミガメ

本来ウミガメは、生まれ故郷の島に帰って産卵する。故郷の砂浜を見失った多くの母ガメが、産み落とせない卵を腹に抱(かか)えたまま、大海原をさまよい続けてはいないだろうか。

全地球規模の異常気象の影響は、こんなところにも波及(はきゅう)していた。今後、異常が当たり前になり、ミャンマー南部がサイクロンの常襲(じょうしゅう)地にならぬとも限らない。どうか無事に乗り切ってほしい。人も動物も植物も。



地球環境の正常化を祈りつつ、'09年乾季の旅を終えた。