2010年12月22日水曜日

サイクロン襲撃後のエヤワディーデルタにおける大型爬虫類の状況‐後編

国連食料農業機関(FAO)専門誌「TIGERPAPER」寄稿
Vol.36:No.1 -Situation of large reptiles in Ayeyarwady delta after the cyclone hit- (2009年)原文、写真追加

タミーラ島から望むインド洋

課題

サイクロンにより多くの方々が亡くなったけれども、エヤワディーデルタは人口密集地帯であり、農作物や水産物の供給(きょうきゅう)地として、国の重要な地域である。そのため、自然保護には、地域住民との関わりが、非常に重要となる。

私は、地域社会に柔軟(じゅうなん)で穏健(おんけん)な多くの地方役人を全国に知っている。彼らは、必要とあらば、法を超えて地域独自に住民との協定を取り決めることもある。メインマラー、タミーラの両筆頭(りょうひっとう)保護官は、どちらも十年以上そこで保護活動に従事(じゅうじ)している。この人事は好ましく思え、彼らは地域住民の信用を得ているようである。


メインマラー島では、木の伐採と違法漁業は厳しく禁止されている。けれども、地域住民が規則を守る限り、島内の水路での小規模漁業は許され、必要とあらば、正式に苗木や木材をもらうこともできる。

しかしながら、ある漁師は、いまだに違法漁業を続けている。例えば、満潮時に水路の上流に強力な殺虫剤を溶かし込み、干潮時に水路の下流で、死んだ魚や弱った魚を収獲している。この場合、ワニなら陸地に逃れられるだろうが、餌は減少する。さらに、収獲した魚は市場に出回り、人々の口に入っているはずである。


2m弱のイリエワニ

ほとんどの人は、メインマラー島は、沿岸を司(つかさど)る強力な精霊(せいれい)、ウーシンジーの住みかであり、ワニとトラは、その従者(じゅうしゃ)であると信じている。なので、人々がワニを傷つけることはほとんどない。たとえ誰かがワニに殺されたとしても、それは、その者が精霊に対して間違った行為を行ったためであろうと信じるようである。

実際、ワニは、まれに人や家畜を攻撃する。森林局は、ワニの繁殖地を5ヶ所確認しているが、そのうちの2ヶ所は島の外にある。現在、ワニの数は増えているようである。成熟した雄ワニたちは、特に繁殖期(はんしょくき)に、なわばりを独占するために争い合う。

そのため、彼らは自然と生息域を広げるようになり、人が攻撃されるリスクは高まるはずである。政府とあるNGOは、島からそれほど遠くないところで植林活動を行っている。我々は、人とワニ双方の生存を考慮しなければならない。


タミーラ島には、保護事務所の他に小さな兵舎(へいしゃ)と漁師の番屋(ばんや)があり、駐留(ちゅうりゅう)兵士も漁師もカメの保護には協力的である。一週間の滞在中、漁師から、網にかかったカメが事務所に届けられたことが二度あり、兵士が上陸したカメを発見、確保し、事務所に報告に来たことが一度あった。


漁師の網にかかったアオウミガメの亜成体(あせいたい)にタグを付ける

しかし、人間の行動が、必然(ひつぜん)的にカメの生存に影響を与えることはある。例えば、大規模な底引網漁法は、一度の操業に約四時間を要する。これは、カメの一息の潜水(せんすい)時間をはるかに越えている。よって、もしカメが早めに網にかかったなら溺死(できし)してしまう。

また、円形の釣り針は、Jの字型の釣り針よりもカメにとって安全であることが知られているが、この漁具は、まだ普及していない。これらは、地域事務所の管制(かんせい)力を超えた問題である。穏健な行政の対処を期待したい。

上陸した母アオウミガメの縦横の甲長(こうちょう)を測る

島は、ほぼ自然植生に覆(おお)われており、貴重な海岸林の生きた見本である。ところが、かつて何者かが島に山羊(やぎ)を放ち、野生状態で増殖(ぞうしょく)している。彼らは、口が届く範囲の下層(かそう)植物を確実に食べており、それは、天然更新(てんねんこうしん)に深刻(しんこく)な害を及ぼし、土壌浸食(どじょうしんしょく)を引き起こす。現在、砂浜は、二種のウミガメの産卵に適した石灰質(せっかいしつ)から主に成り立っている。生態系と砂の組成(そせい)を保つためにも、山羊は、できるだけ早く駆除(くじょ)すべきであろう。


地域保護官は、限られた予算の中で保護活動に奮闘(ふんとう)している。メインマラー島にあった10軒の詰所(つめしょ)がサイクロンで倒壊(とうかい)したが、現在は、既に6軒の仮(かり)詰所が再建され、職員が配置されている。しかしながら、パトロールや個体数調査などに必要な船、燃料、ライト、電池などは、常に不足気味である。

タミーラ島をサイクロンが直撃したあと、すべての職員は一度本土に逃れたが、その三週間以内には再び島に戻り、仮事務所を再建した。カメを捕まえた場合は、カメに国際基準のタグを付けて放し、違法者や別の母ガメに掘り返されないように卵を採集して孵化(ふか)場へと移す。そして、孵化したら直ちに子ガメを放流する。放流するまでカメを長く飼育すればするほど生存率が高くなることは、保護官は分かっているが、養殖槽(ようしょくそう)は未だ再建されておらず、維持費の目処(めど)も立っていない。


孵化直後の子供のアオウミガメを海に放す


これら水生動物の保護制度は、やや複雑である。例えば、森林局はメインマラー島を自然保護区として指定し、ワニ保護のための管理事務所と職員を配置しているが、保護区の外のワニに関わる問題は、水産局が優先して対処することが多い。さらに水産局は、ワニ革(がわ)生産のための養殖場をヤンゴンで運営(うんえい)している。森林局は生態系保全に豊富な経験を有し、水産局は繁殖技術を有していると言える。

森林局はタミーラ島も自然保護区として指定し、全種類のウミガメは国の完全保護動物に指定している。けれども、島にカメ保護のための管理事務所と職員を配置しているのは水産局である。局間の柔軟な技術的財政(ざいせい)的協力が期待される。


さまざまな村民へのインタビューの結果、ワニやウミガメを食料として捕まえたいという意思は、地域住民は持っていないだろうと私は考えている。ワニやウミガメは、法律と信仰によって守られているようだ。

漁師から届けられた子供のイリエワニ

しかしながら人間の生活は、間違いなく彼らの生存に影響を与えている。特に水質汚染は憂慮(ゆうりょ)すべきものである。川沿いの地域住民は、飲食に水浴びに洗い物に、川の水を直接使っており、あらゆる廃物(はいぶつ)を川に捨てている。彼らの自然な暮らしと頑強(がんきょう)さには、私は敬(うやま)いの気持ちも抱(いだ)いている。

けれども、合成洗剤、ビニール袋、電池などの化学製品は、近年、地方にも急速に普及しており、その回収制度は、いまだ確立されていない。加えて、エヤワディー川流域には、金や銅や宝石などの鉱山が多くある。

そのため、人間の体と出産・生殖への有毒物質の影響は軽視(けいし)できるものではない。まして、ワニ、ウミガメ、イルカなどの水生動物は、人以上に自然の水に依存(いぞん)している。彼らの生存状況は、我々の未来の状況を示唆(しさ)する指標(しひょう)となるはずである。

まずは、エヤワディー大河を通しての水質調査実施の可能性を探ってみたい。

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