2019年11月9日土曜日

オスプレイ、世界を征す ―Osprey conquers the world

ミサゴ
Osprey (Pandion haliaetus) Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

食物連鎖の原理からして、食われるものは数が多くて、食うもののほうは数が少ない。それを簡単に表したのが、生態ピラミッドというものだ。
そこで、他者からめったに捕食されることのない、より強力な高次の消費者(捕食者)の存在を「生態系の頂点に立つ」みたいに例える。

闘いを挑まれても相手を負かせてしまうのだから、生まれ変わるなら絶対に捕食者、と思ってしまうが、そこらに生えているものや転がっているものを食べるわけにはいかず、ただ食べるためだけに、毎回、命がけの真剣勝負にいかなければならないという宿命が伴ってしまう。
その努力を怠れば、即飢え死にという体の仕組なのだから、それはそれでつらいだろう。

強力で巨大なゾウなどは、襲われることはなくても、自分から捕食に行くこともないので、生態系の頂点に立つとは言えない。誰も襲わない誰にも襲われないという存在は、ピラミッドの内も外も自由に行き来しているかのようで、風や雨と同じ環境そのもののようで、生き方としては、最もうらやましくも見える。ただ、巨体を維持する苦労は時に命取りで、それもそれでつらいのだろうが。

陸上の動物の中で、主に肉を食べる哺乳類のグループは、その名も「食肉目」という非常に分かりやすいくくり…だったのだが、なぜか今では、「ネコ目」という呼び名に変わってしまっている。
ネコ目イヌ科のキツネ…動物にそこそこ詳しい人でなければ訳が分からなくなりそうだ。
ある動物番組で、ナレーションと解説テロップ付の映像を見ならがコメントするスタジオの芸能人が、「へえー、クマってネコの仲間だったんだ」と言っていた。
今の分類の呼び方だと、その受け取り方が最も自然、無理もない。

その道の権威の人たちは、時にユーザーの庶民感覚を無視したこだわりの大変革をぶちかましてくれるので迷惑する。
このあたりのことも、昔の図鑑のほうが庶民寄りだったかもしれない。

人間界への愚痴はひとまず置いといて、哺乳類について見れば、やはり肉を獲って食べるいわゆる肉食獣は、草食獣に比べて、はるかに個体数が少ない。
中でも、生きた獲物を狙うことに特化した捕食獣となると、狩場を確保する都合もあり、生息できる数がぐんと減ってくる。実際、野外で彼らと遭遇できることも、めったにない。

その捕食獣の中でも、一瞬で獲物を仕留め、息の根を止めることに長けているのが、ネコ科の猛獣であろう。
陸上最速の走力、動物最長級のジャンプ力、豪腕からのパンチ力に鞘に収めた鋭い爪、分厚い咬筋に情け容赦ないツララのような牙、などなど、生息環境に合わせて進化した身体能力を駆使し、ありとあらゆる動物を餌にしようと、文字通り虎視眈々と狙っている。

そのネコ科の中でも、分布域の広さにおいては、ヒョウが際立っている。
ネコ科で45番手の大型の体格でありながら、アフリカとアジアを股にかけて、乾燥した平原から熱帯雨林から雪降る針葉樹林まで、多様な環境に適応して生息できている。
すべての要素で高い能力を持つヒョウのすごさ、恐ろしさは、私もミャンマーの森で実感し、拙著でも紹介したが、彼らを陸上競技で例えるなら、十種競技の選手のような安定感で、バランスのいいマルチ系アスリートハンターなのである。

ヒョウ以外の捕食獣では、集団での狩りが専門のイヌ科のオオカミや、肉食獣最小のイタチ科のイイズナなどが、かなりの広範囲に分布している。

一方、地上の哺乳類、水中の魚類に匹敵する勢力で、世界の空を席巻しているのが鳥類だ。
その中で、捕食者として制空権を握っているのが、地上の猛獣に対比して猛禽と呼ばれるグループである。今の分類法で言えば、昼のハンターであるタカ目とハヤブサ目、夜のハンターであるフクロウ目の鳥たちが、これに当たる。

空中を移動できる鳥は、いくらでも生息範囲を広げられそうな気もするが、意外とそうでもなく、生息地には、やはり偏りがある。同じ熱帯雨林でも、アフリカ、アジア、南アメリカでは、顔ぶれの違うメンバーが繁栄しているし、日本と東南アジアでは、分類上近いグループでも種類は違っていたりする。


食物連鎖の原理からして、数の少ない捕食者になると、なおさら各種類ごとの生息地は限定されそうなものだが、生粋の生き餌のハンターでありながら、世界を制覇している例外的な鳥がいる。
魚捕りのスペシャリスト、ミサゴだ。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN

高次消費者の原則通り、生息密度は高くないが、氷結する極地を除き、まとまった水のあるところなら、五大陸にまたがって広く分布している。
外見も、色の濃淡などの個体差はあるものの、ミャンマーで見るものも日本で見るものも、別種とする説もあるオセアニア産の写真を見ても、それほど差を感じないので、生息地が途切れなく連続している証拠と言えるかもしれない。
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

同じく魚を捕るのが得意な昼の猛禽としては、ウミワシの仲間がいるが、彼らは、水面近くに浮上している魚やウミヘビなどを見つけると、放物線とは上下逆さの弧を描くような形で下降し、ほぼ水面に平行する体勢で獲物に最接近して脚だけを水に入れてかすめ取り、そのまま弧の延長線上に浮上する。
シロハラウミワシ
White-bellied Sea-Eagle (Haliaeetus leucogasterThamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

それに対してミサゴの最終アタックの姿勢は、斜め上方から翼を畳んで足を突き出して、弾丸のような形になったまま魚めがけてダイブする。
魚を掴んだ時点では、全身が水中に潜っているが、ワシタカの仲間でそれができるのは、ミサゴだけだ。
若いシロハラウミワシ(下)を威嚇するミサゴ(上)
An Osprey threatens a juvenile White-bellied Sea-Eagle. Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

他にダイブができる鳥と言えば、同じく魚捕りのスペシャリストであるカワセミやアジサシやカツオドリなどがいるが、彼らが嘴からくわえに行くのに対し、必殺の爪から行くところが猛禽たる所以、まさに鷲掴みである。
人間の手の指なら、前4本と後ろ1本、ほとんどの鳥では、前3本、後ろ1本の足指で握るのに対し、ミサゴは、暴れるぬるぬるの魚体を逃さぬよう、前2、後ろ2で掴むことができる。

Iyo-shi, Ehime, JAPAN

ここに掲載した連続写真は、途中をかなり端折っており、実際は、完全に水没して数秒経ってから再び浮上し、翼を持ち上げて羽ばたきを始め、やっとの思いで体を宙に舞い上げ、それでも何度も魚体が水面を弾きつつ、どうにかこうにか離陸(離水?)に成功していた。

この高速ダイブと力強い浮上がミサゴの真骨頂ではあるが、足だけ水に浸けて飛ぶ場面を、ごく最近、マングローブ地帯の幅の広い水路で見かけたことがある。
地元の船頭さんによると、食後に足を洗っているのだと言う。
それは、ウミワシのように一瞬かすめるなんてもんじゃなく、まるで水上スキーをしてるかのように、足を浸けたまま一直線に飛んでいった。
Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

陸ではネコ科が、やはり狩りの後の刀の手入れのようなことをする。
私が観察した例では、夜の暗い茂みの中、ベンガルヤマネコが掌を丁寧に舐めていたが、閉じぎみの目もとろんと垂れて、それはもう食後のくつろぎタイムといった感じだった。

一方、ミサゴの足洗いは、水平に広がる水と空気の境目を切り裂くように、高速でツーっと真っすぐに滑っていくのだった。
これなら、偶然にもワニの牙にかかることもないだろう。
こんなかっこいい狩りの締めくくりの作法、私は他に見たことがない。
水辺の騎士のように見えた。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN
ハヤブサ
Peregrine Falcon (Falco peregrinusMasaki-cho, Ehime, JAPAN

もう一種、世界を制覇している猛禽がいる。こちらは、鳥捕りのスペシャリスト、ハヤブサだ。
ハヤブサの仲間は何種類もいるが、ハヤブサ一種に限っても、彼らの生息域は極めて広い。ワールドワイドだ。
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.
Indawgyi Wetland Bird Sanctuary, Kachin State

急降下のときの速度は鳥類最速と言われ、それは生物界最速も意味するが、高速で鋭い爪の打撃を受ければ、たいていの鳥にとっては致命傷となる。
あまりの高速で地上に突入するのはリスクが高すぎると見え、地面激突の心配のない空中にいる飛行中の鳥を狙う。
獲物にするターゲットを絞って進化したハンターであるという点が、ミサゴと共通しており、その特殊能力が繁栄の原動力なのだろう。
Masaki-cho, Ehime, JAPAN

オスプレイにファルコンにイーグルとくれば、なんか動物以外の別の趣味の方々の検索にヒットしそうなワードばかりだが、これらすべてが猛禽類の英語名である、とともに軍事用の航空機の通称でもある。
最近では、本家の鳥のほうは存じないまま、オスプレイと言えば危険な空の乗り物、としか思ってくれない人が結構おられるのではないだろうか。ミサゴにとっては迷惑な話だ。

力強さと安定感が求められる航空機には、華奢な羽は縁起が悪いのか、あまり昆虫の名前を聞くことはないが、実際にある(あった)のは、昆虫界最速級の肉食昆虫トンボ(ドラゴンフライ)、強烈な一撃をくらわすスズメバチ(ホーネット)、吸血でダメージを与えるカ(モスキート)など、やはり、戦闘的なものが名を連ねる。

「ウルトラマン」に出てくる科学特捜隊の専用機がジェットビートルという名前で、当時はビートルズも流行っていたおかげで意味も分かり、「人が造った鉄のカブトムシ!なんていい名前」と思ったものだが、本当の綴りはVTOL(ヴィトル)で、固有名詞ではなく、垂直離着陸機を指す専門用語らしい。
とかくドンパチの多い日本の空想ドラマでは、飛行メカは、ミサイルやレーザー光線も備えていて、宇宙空間にも飛び出す。
かくして、ヴィトルに続くは、その名も、究極のタカ、ウルトラホークとなった。

一方、威嚇に使う程度の機関銃ぐらいしか備えていない英国の救助専用機の名は、サンダーバード。
さすが、暴力を好まない紳士のメカは穏やかな雷鳥か、と思いきや、これまた意外、ライチョウの英名は、Ptarmiganで、雷は入ってなかった。
英語圏でのサンダーバードとは、雷を操るとされる架空の鳥で、東洋で言えば鳳凰のような神秘的な存在なのかもしれず、やはり、攻撃的なニュアンスはないかもだ。
ちなみに、列車「雷鳥」の後継車両を「サンダーバード」としたのは、外国人には、まったく別物への変更と、とらえられてしまう。知ってか知らずか、日本人の間でのみ通じる遊び心か。

それにしても、数ある軍用機の中でも、オスプレイほど有名になったものはないだろう。
その理由が、墜落事故の多さ。これまたミサゴにとっては迷惑な話。ダイブと墜落は違う。
そして、その原因については、ほとんどが「器機の欠陥ではない」「操縦士のミスによるもの」とされる。
殉職された声なきパイロットに全責任を負わせて、莫大な富をもたらす高価な軍事商売のエース機を必死で守ろうとしているように聞こえてしまう。
統計では、オスプレイの事故件数だけが突出しているわけではないとも聞いたが、操縦ミスとされる事故の多さでは、やはり、オスプレイが際立っているのではないか。

操縦が難しい。生身の人間には、なかなか手に負えない。そのような機械を危険と呼ばずして何だと言うの?
いかにすばらしいピアノ独奏曲を作曲しても、一度に十本の指で鍵盤をまかなえる楽譜でなければ、独奏曲としては成立しない。
作り手は技術を無限に開発できても、人間の運動神経・運動能力・認知機能などを超えるものである限りは、有人の乗り物、道具としては不適格ということだ。

部品の電子化が進み、技術者の開発する技術をデザイナーがすべて飲み込んでいったためか、取扱説明書がどんどん分厚くなり、あれもこれもできる機能満載になってきてから、なんか、身近な電気製品が使いづらくなっていった。
そう感じた庶民は私だけではなかったのか、日本の家電メーカーが軒並み世界のトップ集団から脱落していったのが、ちょうど、その頃からだったような気がする。単なる偶然ではなかったのかもしれない。

重い獲物を掴んでの力強いミサゴの上昇力を見れば、輸送機だからこそ、その能力にあやかりたいという発想は分からないでもないが、軍用機に猛禽の名を冠するのは、いい加減にやめてもらいたい。と言うか、そういう需要がある世界から早く変わってほしい。

戦闘機以外で猛禽の名をいただく現役の飛翔物としては、この瞬間も猛烈なスピードで宇宙空間を旅している「はやぶさ2」がいる。
今のところ、スターウォーズ構想のようなキナ臭さのない小惑星探査、生命の起源を探る科学的な目的のためだけに活動しているようだ。

第二次大戦後の日本政府の不戦の誓いは、実のところは建前だったのか、民間による乗用車の開発などは進んでいったものの、軍事とは真逆の目的で世界のトップを目指そうというような起死回生の発想の転換は、政府にはなかったように見える。
例えば、世界最高水準のレスキュー技術を備えた本物の(自衛ではなく)救助隊、それも国境なき国際救助隊でも確立していたならば、今の時代こそ、丸腰のままでいても、どの国からも、どの軍隊からも一目置かれていたに違いない。英国の空想ドラマに先を越されてしまったが。

そんな中での、戦闘機「隼」から宇宙船「はやぶさ」への進化、改名。この大変革には、本家の猛禽「ハヤブサ」も、心があれば、さぞ喜ぶことだろう。
日本政府が、本気で平和目的に力を注いで世界のトップに躍り出た稀なケースと言えるかも。
もしかして、最大の功労者は、「2位じゃダメなんでしょうか」と宇宙開発者たちをけしかけた鳳凰…じゃなくて蓮舫さん?お名前に方舟まで入ってる!
優秀な飛翔生物である猛禽類の名を冠する世界中のすべての鉄の塊が、銃器火器を放棄した優れた飛翔物に置き換えられていくことを望むばかりである。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN
Masaki-cho, Ehime, JAPAN
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

ミサゴもハヤブサもワシも、この世に生まれたものの天命に従い、当然のこととして、とことん生き抜いているだけのことで、彼らには正義も悪意もない。
必殺の武器を振りかざし、心を持たず狩りを繰り返す彼らのスタンスを、僭越ながら、私が代わって言葉にしてみます。
「捕食と殺戮は違うよ、あんたらの飛び道具と一緒にせんといて」。
Masaki-cho, Ehime, JAPAN

2019年10月12日土曜日

異論、恐竜復元図 ―A different opinion on restored dinosaurs’ postures

コハゲコウ
Lesser Adjutant (Leptoptilos javanicus), Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

私が授業や講演で使う素材は、ミャンマー国内で自身で撮りためた写真と手作りの教材なのだが、先日、小中学生向け授業の準備のため、子供の頃に見ていた図鑑たちを久しぶりに引っ張り出してみた。
日本の学習図鑑には、年少者に理解させるための工夫が満載で、フィールド用ガイドブックにはない楽しさがあり、創作意欲を刺激してくれる。

日本の動物の章には、まだニホンカワウソがいたり、まだイリオモテヤマネコ(現在ではベンガルヤマネコの亜種)はいなかったりと、本は時代を映すタイムカプセルのようだが、とりわけ現在の図鑑と大きく違うのは、たいていの動物図鑑で一つ設けられている古生物の章である。
ティラノサウルスがチラノザウルスだったりタイラノサウルスだったり、プテラノドンとなってたりテラノドンとなってたり、表記も統一されていない(英語の発音ではテラノドンのほうが近いようだが)。

中でも、現在とは特に趣きが違うのが、恐竜たちの挿絵だ。
絶滅した古生物は、今後新しく誕生して数を増やすことはあり得ないのに、古生物の種類は増え続けているという一見矛盾する現象が続いている。地中には彼らの化石が膨大に埋まっていて、発掘の技術や知識が発展するにつれて、まだ見つかっていなかった種類のものが次々に発掘され続けているためだ。

そして、発掘された化石のパーツが蓄積すればするほど、より正確な骨格復元図になっていくわけだが、それに肉を被せ皮を被せ、全身を動かすのは、これはもう想像して描くしかなく、それが正しいか間違っているかを本物で検証することは、誰にもできない。
言った者勝ち、説得した者勝ち、多くの賛同を得た者勝ち、ということになる。
その結果、その時代時代の最新の解釈が、挿絵にも反映されるというわけだ。

その、世間や専門家の評価を勝ち得た現在定説となっている復元図のうち、ある一点においては、私は、事実とは違っているだろうと、かなりの確信を持って疑っている。
ジュラシックパークもNHKスペシャルもBBCのドキュメンタリーも、みんな揃って間違いなく間違っている。
その点だけは、半世紀前の図鑑のほうが正解に近いはずだ。

それは、恐竜の姿勢である。とりわけ、二足歩行のものたちの立ち姿。
イリエワニ
Saltwater Crocodile (Crocodylus porosus), Meinmahla Kyun WS

恐竜と、現存する四つ脚の爬虫類であるワニやトカゲとでは、脚の付き方に決定的な違いがある。
現存の爬虫類の脚は、まず胴から横に四肢が張り出していて、そこから肘・膝をカクンと曲げて足裏を地面に着けている。まるで土下座の模範のような手付きの形だ。
一方恐竜は、鳥類や哺乳類のように胴から真下に向かってほぼ垂直に脚が出ていて、地面に直立している。

もちろん、体重を支えることにおいては、恐竜、鳥類、哺乳類の脚つきのほうがはるかに有利で、フラミンゴのように片足立ちのまま眠るような離れ業も、垂直に突き出した脚の構造があればこそである。
アジアゾウ
Asian Elephant (Elephas maximus), Pinlebu Tsp., Sagaing Reg.

その鳥類は、恐竜の中でもティラノサウルスなどが属する二足歩行のグループ、獣脚類から進化したというのが、現在の定説になっている。
そこで、同じ二足歩行の恐竜の復元図に、分類的に近い鳥類を参考にするというのは、至極当然の発想と言える。

けれども、鳥類と恐竜では、骨格の造りに決定的な違いがある。
1970年に発行された学研の図鑑「鳥」の中に、以下のような一節がある。

「自由にうごく首と、かたまったせぼね」
“せぼねはけもののようにまがらず、ぼうのようにまっすぐです。これは、空をとぶとき、からだを安定させるためです。反対に、首のほねはたくさんになり、自由にうごかして、頭の上のほかは、からだじゅうどこへでもくちばしをもっていけるようになっています。”

解剖学を本格的に学んだわけではないが、動物の形態や行動を観察する者にとって、鳥の背中が曲がらないというのは、イロハのイだと思っているのだが…
鳩胸のハトなら見慣れていても、猫背のハトは見たことないはずだ。

さらに、背骨に続く大きな坐骨と、下側で受けている胸骨がガッチリと郭を固め、鳥の胴は、コンテナやカプセルホテルの部屋を思わせる頑丈な箱のようになっている。
ボディービル大会で飛び交う掛け声、「よっ!冷蔵庫」のような見事な胴で、「よっ!内蔵庫」とでも言いたいところだ。
これなら、縦にしようが横にしようが斜めにしようが形が崩れることはなく、あとは、それを支える脚の付き具合で、最も楽な姿勢でバランスを取ればいい。

一方、恐竜の骨格標本を見てみると、背骨は、爬虫類、哺乳類に似た自在に曲がるもののようで、坐骨も鳥類ほど大きくはない。
実際、発掘当時の化石の姿勢を見ると、背中がのけ反っているものすらある。鳥の化石なら、背中を形作る複数の骨のどこかの継ぎ目がポキンと折れているところだろう。

恐竜には、腹肋骨(ふくろっこつ)という皮骨が、鳥の大きな胸骨の代わりのように下から腹を守っているようだが、同じく腹肋骨を持つワニで観察する限りでは、それは柔軟に曲がるもののようで、鳥の箱ボディーの一体感には遠く及ばず、「冷蔵庫!」とは呼び難い。そもそも鳥の鳩胸は、鍛えてできるものでもないが。

最近の獣脚類の復元図は、同じく二足で歩行する走鳥類やキジ科の鳥の姿勢、動きを模したかのように、地面に垂直に突き出した脚に対して、頭から胴、尻尾と、ほぼ水平の状態で空中に支持されている。
現生最大のダチョウでも百数十キロぐらいだが、数トンと推定される恐竜が、果たしてあの柔軟な背骨と胴で、体を水平に保ち続けることなどできるものだろうか?

残念ながらミャンマーには、ダチョウ、エミュー、レアなどの大型走鳥類はいないため、地上を歩くのに適応したキジ科の鳥や、歩くことにも飛ぶことにも長けた大型の鳥、ハゲコウなどの歩行で検証してみる。

その前に、大型恐竜に最も近い体重を持つワニについては、ミャンマーのマングローブ地帯で、数百キロ級、500キロも超えてるかというものを何頭も見てきたが、さすがに胴長で土下座型の脚では、腹を宙に持ち上げることすら、なかなか大変そうに見える。
ニワトリなど軽めのキジ科の鳥は、まず、胴体は、箱ボディーのおかげで、いつでもほぼ水平に保っている。それでも首は、ほぼ垂直に立てていることが多い。そして、歩くときには、一歩ごとに首を前方に振り出して、その勢いを借りるようにして前進する。ニワトリのモノマネをするときには、決して外せない動きだ。
ミヤマハッカン(♀)
Kalij Pheasant (Lophura leucomelanos)Alaungdaw Kathapa National Park, Sagaing Reg.

ハゲコウの場合、歩くときには、やはり、胴をほぼ水平にしている。地上の餌を、より見つけやすい捕まえやすいというのもあるだろう。
そして、飛び立つ時は、何歩か助走をするのだが、その時にももちろん、胴を水平に、頭を前に突き出し、前方に勢いをつけて走る。
飛行中の姿勢も、もちろん水平だ。
けれども、立ち止まっている時は、体を斜めに起こして、より垂直に近い状態で胴体を保持している。
ニワトリなどと違って巨大な頭が重いものだから、いかに箱ボディーを持っているとは言え、水平のままではきつく、この姿勢のほうが楽なのだろう。
たぶん、このパターンが、デカ頭揃いの獣脚類に一番近いのではなかろうかと、私は推測するのである。

彼らに聞かれたら怒られるかもだが、いかにも脳みそが軽そうなハトでもニワトリでも、立ち止まっているときは頚椎を立てて、ほぼ真下から頭を支えようとする。首の長い鳥だったら、それがS字型になるのだが、いずれにしても、首を水平方向に伸ばしっきりにしている鳥など見たことがない。

哺乳類でも、首の短いゾウやネコやブタなどは頭を前で保持するしかないが、首が長い動物になるにつれ、斜め上やS字の首にして頭を保持している。
四六時中、長めの首を前に突き出したままでいる動物など、私の思い当たる限りは、CGの恐竜だけなのだ。

動きの復元は力学の問題なので、参考にすべきは、分類的な近さよりも、全身のフォルムと重量のバランスがより似ているもののほうだろう。
現存の動物の中では、獣脚類恐竜の重量配分に最も近いのは、カンガルーではなかろうかと思う。哺乳類らしからぬ先細りの太い尻尾も持っている。
彼らが、その場その場で胴体をどう保持しているか…

歩くときは、前脚を地面に着いて後脚を踏み出し、走るときは頭を前に突き出し前脚と尾は空中で保持し、スズメのように後ろ脚でホッピングする。手足の使い方こそ違うが、いずれも前傾姿勢で、恐竜復元図とほとんど同じT字型だ。
けれども、いったん止まると、すっくと垂直に立ち、長大な足裏と尻尾を地面に着き、楽な三点支持の姿勢で体を支えている。

ところが、ティラノサウルスの復元CGでは、止まっていようが走っていようが、常にデカイ頭を細めの首でほぼ水平に空中で保ち、尻尾も水平に真後ろに伸ばしっぱなしでいる。
無理だ!罰ゲームだ!数分間もその姿勢を保てないだろう。
体操の床演技の技にもなっているほど常人には難易度の高いT字バランスを、何がうれしくて、止まっているときまで地球の重力に逆らってやってなきゃなんないの、ってことだ。

歩くとき走るときは、頭を前に突き出す勢いで前進し、尻尾も、引きずって傷つくリスクを避けるために持ち上げ、ほぼ最新のCGの復元どおりに字型になっていただろう。

けれども、いったん立ち止まったなら、尻尾を地面に着き、胴を起こして垂直にした頚椎で、重たい頭を支える姿勢を取るだろうと、私は想像するのである。いわば人の字型だ(入の字でもいいが)。そして、天に届けとばかりに、空に向かって伸び上がるように一発咆哮する(さすがに熱線は吐かないだろうが)。

もしかしたら、膝を曲げて顎から腹から尻尾まで全身を地べたにくっつけて、ワニのようにベターッと休むことはあるかもしれない。土下座型の脚に比べて、ちょっとガニ股を維持するのがきついかもしれないが。
あとは、次の動作、例えば走り出したりする時、人の字型でいておくのと、ベターッでいておくのとで、どっちのほうが初動が楽か、速いかだ。

巨大な竜脚類も、あの長大な首と尾を、四六時中、空中に持ち上げていたとは思えない。
ブラキオサウルスなどは、ほぼ真上に頭を上げる復元図になっているが、ディプロドクスやブロントサウルスも、長い首のどこかからエミューのようにS字に曲げてバランスをとらないと、復元図のような前方に伸ばしたままでは、しんどくて持たないだろう。

もしかしたら、首の下面がキングギドラのように蛇腹になっていて、ヘビのように首や尾を地面に這わせて脚でかき進むようなものもいたかもしれない。特に、泥の干潟や沼地のような環境だと。

CG製作でも、恐竜の画に重力を加える係数かなんかを入力して作ることはできるのだろうが、無重力のモニターの中で作業をしている限りは、現実世界での重力の負担、憂鬱というものは実感しづらいのではないだろうか。
CG製作者の方々も、現実の重力世界に生きている動物たちを、たまには観察してみるのがいいのではと、私などはお勧めする次第です。
ゴジラを初代から長年演じられた、敬愛する故・中島春雄さんなら分かってくれるはずだ。
何十キロものきぐるみに入る中島さんに、T字型になるよう俯いてもらえますかなどと注文しようものなら、「ばっかやろう」と。「そんな情けねえ格好ができるか」と。

2019年8月8日木曜日

ミャンマー自然探訪、その8. -マンゴー百景- ―Exploring Myanmar Nature, Part 8. -Various views of Mango-


「ヤンゴン日本人会」2019年7会報寄稿文原文
2月, ヤンゴン市街
Flower of Mango in Feb., Central Yangon

「センタロウというのが一番うまいと聞いたんだけど、いつ頃どこで食べられますか」赴任して間もない方から尋ねられた。「え?あっ!あーぁ」。これはマンゴーの話で、彼の言うセンタロウとは、その中の品種の一つ、セインタロンのことだった。セインはダイヤモンド、タロンは一粒という意味だが、果物屋で「センタロウ」と問えば、たぶん通じる。これは「掘った芋いじるな」以来の歴史的超音訳の傑作だ。
3月, ヤンゴン市街
Fruits of Mango in Mar., Central Yangon5月, ヤンゴン市街
in May, Central Yangon

マンゴーは何種類あるかとミャンマーの人に尋ねると、たいてい百という数字が返ってくる。マンゴーに関する新聞記事でも100種以上とか200種とか紹介されているが、ある文責者記名の特集コラムでは、古くからある土着マンゴー51種の名を挙げていた。とにかく形もサイズも味もいろいろ存在することは確かだが、種類としては、マンゴー(Mangifera indica)という一種類の植物である。現存する人類はHomo sapiensという一種のみで、その中におびただしい数の民族がいる。同じように、野生生物には亜種があり、家畜や農作物では無数の品種に分かれていく、というわけだ。
上段インクェセインタロンマチッス
下段バダミャーガマウッシュエヒンタ
Upper: Yin Kwe, Sein Taron, Ma Chit Su
Lower: Badamya Ngamauk, Shwe Hinta

ビルマ語でマンゴーはタイェッ、その果実はタイェッティーとなる。セインタロンは、ミャンマー産マンゴーの最高級とされ、握りこぶしぐらいの中玉でも、800チャットとか1,500チャットとかする。換算すると100円を超えるものもあり、ミャンマーの相場ではかなりの高値だ。海外に輸出されているのも主にこの品種で、特に中国やシンガポールで人気だそうだ。色はレモンのような明るい黄色で、やや扁平な丸っこい実だが、尻の先端は横を向いていて小さい突起がある。レモン色と丸味と突起に注目すれば見分けられる。
セインタロン, 6月, ヤンゴン市街
Sein Taron in Jun., Central Yangon

で、その味は甘い。とにかく甘い。しかも濃厚。丸ごとかぶりついて食べ進めば、たいていのマンゴーなら種(たね)の周りに達するあたりで酸味が出てくるものだが、セインタロンは、そこすら甘い。甘さを増す以前に酸味を抜くことに成功した品種ではないかとすら思える。私はそれが気に入らない。
ブランド物のセインタロン
Some brand of Sein Taron

ミカンにしろイチゴにしろ、やたらと糖度にこだわる日本人には、セインタロンが一番無難かもで、実際うまいと思う。けれども、甘さだけなら王様ドリアンには敵わないし、乱暴に言えば、サトウキビの絞り汁を固めたチャンダカーやオウギヤシの樹液を固めたタンニャでも齧ってればってことにもなる。私の場合、ナシにしても幸水や豊水の隆盛が恨めしく、二十世紀ナシを懐かしむぐらいなので、甘みの中の酸味、酸味の中の甘みにこそ果物の醍醐味を味わいたいほうだ。甘いパパイヤにライムを絞りかけると一段と深いうまさになるが、私がマンゴーに求めたいのは、そっちの味なのだ。
6月, ヤンゴン市街
in Jun., Central Yangon

よって、ミャンマーの最高級は私にとっての最高ではなく、理想の味を求める迷路へと踏み込むのである。というわけで、本編ではマンゴーの品種名が次々と出てくるが、センタロウほどではないにしても、ふだんの会話で聞き取れるのに近い発音のままに名前をカタカナにしてみる。日本語でも、一匹(ピキ)二匹(ヒキ)三匹(ビキ)と、文字の通りに発音しないケースはいくつもあるが、ビルマ語では、それがとてつもなく多い。そもそもヤンコンをヤンゴン、プガンをバガン、ペーグーをバゴーとする時点で、文字通りに表記、というルールは崩壊している(というのを文字を勉強しない言い訳にしている)。
売り子がタソンパイティーと呼んでいた出所不明の品種, 6月, ヤンゴン市街
An unknown variety, Tasone Pai Thi? (called by the seller) in Jun., Central Yangon

数あるマンゴーの中でも、果物屋で頻繁に見かけるのはせいぜい5種ぐらいで、そのうちの3種で市場の半分以上を占めていそうだ。その一つがセインタロンで、他の2種は、マチッスとインクェ。マチッスの外皮は緑色が強く、まだ黄色味がさしていなくても、切ってみると朱色に熟れていることもある。セインタロン同様、やや偏平な丸型だが、横尻の突起はほとんどない。味は、セインタロンに勝るとも劣らない甘さで、形と言い味と言い、両者は遺伝的に近そうだ。
インクェ, マチッス, 7月, ヤンゴン市街
Yin Kwe, Ma Chit Su in Jul., Central Yangon

色以外に差があるのは食感で、筋状の繊維質を舌に感じる。と言っても、カスが残るような硬いものではなく気にせず食べられる。熱帯果実に詳しい方には、抵抗なく噛めるセインタロンの果肉はパパイヤ、繊維質のマチッスはドリアンの食感と言えば、ご想像いただけるだろうか。短冊状に切った未熟な酸っぱいマンゴーに塩や唐辛子をつけて食べる方法もあるが、それにもマチッスはよく使われる。
未熟なマチッスは野外作業中の間食に最適。6月, ヤンゴン管区モービー郡
Unripe Mango (Ma Chit Su) stick with salt or/and chilies is a suitable snack during field work, etc. in Jun., Hmawbi Tsp., Yangon Reg.

胸割れという意味のインクェは、マッチョマンの左右の大胸筋の境目にできる谷間のような溝が側面に走っているのが特徴だ。外皮の色は、この3種の中では最も朱色が強く、ビワに似ている。小ぶりなものが多く値段も手頃で、5個で1,000チャットぐらいからある。種の周りの繊維質には酸味が残っていて、しゃぶって味わいたい貧乏性には、ちょうどいい品種だ。
バダミャーガマウッシュエヒンタセインタロン, 7月, ヤンゴン市街
Badamya Ngamauk, Shwe Hinta, Sein Taron in Jul., Central Yangon

その他、旬ごとに露店を賑わす品種のうち、大きさで目を引くのが、バダミャーガマウッ。この名は、かつて王族が所有し今はイギリスにあると言われる巨大なルビーの名前そのもので、長さ20センチぐらいのものが並ぶ。朱色系で、側面に溝が走っており、インクェをそのまま大きくしたような外見だ。甘みも食感も果汁もほどほどで、デカさ以外に、これと言った特徴はない。
バダミャーガマウッ, 7月, ヤンゴン市街
Badamya Ngamauk in Jul., Central Yangon

もう一つ、明るいレモン色の外皮で目を引くのが、シュエヒンタ。ヒンタとは伝説に登場する鳥の名前で、獅子を現世のライオンに当てているように、ヒンタはアカツクシガモに当てられている。確かに、目でも描き加えれば、銘菓ひよ子のように見えなくもない。けれども、鉤状に曲がった先端を持つ長めの実は、カモというよりも全体がワシの嘴のように見える。果汁が少なめな上、繊維質がほとんど感じられないので、甘さ控えめのお菓子のグミでも噛んでいるかのような食感である。セインタロンの滑らかな食感は、このシュエヒンタから引き継いでいるのかもしれない。レモン色の外皮や突起にも、その片鱗が伺える。
シュエヒンタ
Shwe Hinta

これらのメジャー品種以外にも、道端に広げた露天などを一つ一つ覗いてゆけば、田舎から直送されたレア物に出くわすことがあり、田舎のお土産としていただくこともある。20センチを超える勾玉のようなミャーチャウッとか、10センチにも満たないガズーメイやメーヌェヌェなど様々あるが、マイナー品種の紹介は、別の機会に譲るとします。
ミャーチャウッ
Mya Kyaukガズーメイメーヌェヌェ,ミャーチャウッ
Gazu Meik, Me Nwe New, Mya Kyauk「曲がった嘴の実」という意味のノウッカウッティー
Nauk Kauk Thi means bent billed fruit.

きれいなバラにはではないが、惚れ込む相手ならばこそ、その負の側面からも目を背けるわけにはいくまい。まず、よく耳にするのがアレルギーだ。そもそもマンゴーはウルシ科なので、内服的な食物アレルギーを疑う前に果汁にかぶれることがある。私も痒くなったことは何度もあるが、素手でかぶりついても、食後に口の周りと手を洗いさえすれば、なんともなくなってきた。耐性も付いてくるのかも。ちなみに、カシューナッツもウルシ科である。

そしてもう一つ。これは、たった一度の体験で生涯マンゴーが食べられなくなってしまったミャンマー人がいるほど強烈なものだ。それに当たる確率は、雨期が深まるにつれ高まってくる。マンゴーの表面には黒い点の一つや二つはあるものだが、皮をむいても、その点の先が奥に続いていることがある。切って果肉の断面を見るとアリの巣のように穴が巡っていて、その先の先まで辿ってゆけば、我がマンゴーに巣食う元凶とのご対面となる。
虫による食害
Insect attack

虫だ。私は、黒くて硬い甲虫の成虫とも白い幼虫とも対面したが、種類は特定できていない。いずれにしても、実の中で孵化して大きくなったものなので、彼らの生活圏であった穴と腐れ(食べ痕)の部分を切り除けば、残りの果肉はセーフだ。諦めの悪い私などは、いつもそうして食べている。けれども、このご対面が食欲を減退させるのは必至。今年は、72日にインクェで幼虫に当たった。1センチにも満たない体で10センチ以上も跳ねやがる。それが56匹と出てくるのだ。
果肉の中で育った幼虫
Larvae who are growing in Mango fruit

買う前に「虫入ってない?」とおばさんに聞いても、決して失礼なことではない。それほどふつうにいるのだ。「いない、いない」と言いつつ、オマケを一個付けてくれたりしたら、そろそろ怪しんだほうがいい。切り捨てる部分が出てもこれで勘弁してね、と言われているようなものだ。さすがに袋がけなどもやっている高級なセインタロンだと、奴らとは会わずにすむかもしれない。
マチッスやミャーチャウは、外皮が緑色のままでも果肉が熟していく
Some mangos such as Ma Chit Su, Mya Kyauk are keeping greenish color of peel even after fruits have been ripe.

そうそう、マンゴーの探求に向かった原点にそろそろ戻らねば。理想に近い甘酸っぱさに当たったのは、タニンターイー管区のメイッで、船着き場の露天だった。売り子はセンタロンと言っていたが、生産者ではなさそうだったので当てにはならない。それは、ミャンマー産には見られない赤みのさした、いわゆるアップルマンゴーの系統だった。ヤンゴンのスーパーでも赤いアップル系は時々見られ、オーストラリア種と書かれてあるが、値段もそれほどではなくミャンマーの雨期に出回ることから、豪州の品種を国内で生産しているのかもしれない。
オーストラリア品種だが、産地は不明
Australian variety. Its growing area is unknown.

マンゴーの開花結実は乾期の後半に盛んになり、雨期の深まりにつれ果実が市場に広がっていくので、乾期真っただ中にもかかわらず玉が均一な高価なマンゴーが並んでいれば、たいていはタイなどからの輸入品だ。スーパーの豪州物には酸味を感じなかったが、メイッのアップル系は、外国品種を地元で栽培しているのか輸入品なのかは分からなかったが、確かに甘酸っぱくてうまかった。ここまで一人で盛り上がっておいて恐縮だが、もしかしたら、私の求める理想の味は、ミャンマーの品種にはないのかも…。
メイッで売られていた品種不明のマンゴー
Unknown variety in Myeik, Taninthayi Reg.

と、ここで終わっては「自然探訪」の広告に偽りありジャロ。植物としてのマンゴーについて、もう少し触れておきます。もはや野菜や果物に国境はなく、そのルーツを辿れば、ジャガイモやトウガラシは中南米原産、スイカはアフリカ、キャベツはヨーロッパ、イネやバナナはアジアと、原産地に留まっているものなどほとんどない。そんな中、熱帯亜熱帯で広く栽培されているマンゴーは、紛れもなくミャンマーを含む熱帯アジアが故郷である。事実私は、バゴー山地やサガイン管区の人里離れた落葉混交林で、野生のマンゴーの木を何度も見てきた。
’08年1月, サガイン管区アラウンドーカタパ国立公園
Wild Mango trees in Jan. ’08, Alaungdaw Kathapa National Park, Sagaing Reg.

ビルマ語名は、トータイェッ(森のマンゴー)。葉っぱこそ似ているものの栽培品種とは似ても似つかぬ壮大な樹木だ。太い幹が真っすぐに立ち上がる常緑高木で、ブロッコリー状の樹冠は森の天蓋を成し、控えめに見ても樹高30メートルをゆうに超えるものに何本も出会っている。ちなみに、西のラカイン山脈の常緑林には、タウンタイェッ(山のマンゴー,Swintonia floribunda)と呼ばれる大木が多くあるが、同じウルシ科の別種で、マンゴーではない。             
タウンタイェッ, '18年2月, ラカイン州ラカイン山脈野生ゾウ区域
Swintonia floribunda is called Taung Thayet in Burmese. It means Mountain Mango but it isnMangifera sp., in Feb. ’18, Rakhine Yoma Elephant Range, Rakhine State

原種にも、もちろん実は成る。はるかに見上げる樹冠からもぎ取ることなど、サルかサイチョウにでも頼まなければ無理だが、タイミングよく、5月の森で地上に落ちている実に当たったことがある。大きさはチャボの卵ぐらいしかなく、その中身は、黄身より大きいぐらいに種が占めており、白身に当たる果肉の部分は、全体の半分あるかないかだ。次々に拾っては齧っていったが、酸っぱくて酸っぱくて、ペッと吐き出すしかなかった。その繰り返しだ。こんなわがままな試食は家ではとてもできないが、ここの実は、元々森の産物。私が齧り捨てた実も、あらゆる生物が食べて分解し、いずれは土に還っていく。
'18年12月, サガイン管区ピンレーブー郡
Wild Mango trees in Dec. ’18, Pinlebu Tsp., Sagaing Reg.

もう何度顎を開け閉めしたことか、カスタネットじゃないんだから、と、ある黄色味のさした実を一つ齧った瞬間、私の顎と足が止まった。うまい!なめ続けてきた辛酸の中に、腐る手前の甘みが溢れ出している。これぞ求めていた酸味と甘味の融合!もはや記憶は定かではないが、自慢の出っ歯で皮を齧り取りつつ一気に実を食べ尽くし、しゃぶった種だけ吹き飛ばしたと思う。植物に言うのも変だが、血は争えないとはこのことか。多様な品種に発展していった多様な味のエッセンスがそこに凝縮されているかのようだった。これがすべての始まりなのだ。
道路工事に伴う伐採を免れた老大木, '17年2月, バゴー管区ミャウザーマリ野生ゾウ保護区
An old huge Mango tree in Feb. ’17, Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary, Bago Reg. It was luckily saved from road construction works.

生涯で最もうまかった果実は?と問われれば、私は迷わず野生のマンゴーと答える。この先、どこの高級マンゴーを食べようが未知の果物を食べようが、あの瞬間のあの味を超えることはないような気がする。理想のマンゴー、最高の果実を求める旅。私は、知らず知らずのうちに終着点に辿り着いていたのかもしれない。十年以上も前のミャンマーの森の中で。
野生のマンゴーの実。中央のベルノキの実がほぼソフトボール大, '03年5月, サガイン管区アラウンドーカタパ国立公園
Wild Mango fruits in May ’03, Alaungdaw Kathapa NP, Sagaing Reg., The size of Aegle marmelos fruit in the center of the photo is almost same as a size of Softball's ball.