2018年11月10日土曜日

ミャンマー自然探訪、その6. -南風の誘惑- ―Exploring Myanmar Nature, Part 6. -Temptation of Southern Wind-

「ヤンゴン日本人会」201811会報寄稿文原文
コータウンから望むアンダマン海
Andaman Sea from Kawthaung

それぞれの動物たちは、何をもって最適の生息地を決めてきたのだろう。私の中では、最低限これだけはクリアーすべきと思っている条件がある。それは、すっぽんぽんで荒野の真っただ中に放り出されて地べたに一晩寝そべってもくたばることのない土地、ということ。それなら、その動物にとって生息可能な範囲内とみていいのではなかろうか。この独断的法則からすると、ニホンザルが持つような体毛を脱ぎ捨ててしまった人類にとっては、九州の冬からしてアウトだ。そこはもう、衣類や住居を獲得した文明人のみが生存可能な条件付き生息地と言える。こんな思考回路でいるからか、子供の頃から、なんとなく南に対する憧れのようなものがあった。私だけでなく、辿り着いた椰子の実に想いを巡らせる詩人もいれば、沖縄には、南東の海の彼方には理想郷があって、幸をもたらしてくれる救世主のような者が住むという信仰もある。
シロガシラトビ
Brahminy Kite (Haliastur indus) , Kawthaung Dist.

逆に、南の海からは台風などの災いがやってくることもある。そうした自然災害の権化として日本人は怪獣を創造し、それが、文明の象徴である都市を破壊するというのが怪獣映画の真骨頂だった。ただのでかいゴリラや恐竜の生き残りが暴れるだけの洋物とは訳が違う。けれども、映画界が斜陽化してゆくにつれ、精巧なミニチュアセットを作ったり大勢のエキストラを動員したりするのが大変になってきたのか、物語の舞台が孤立した南の島になってきて、怪獣たちが北の文明大国を目指すことはなくなっていった。そのあたりから映画ファンが大挙して怪獣物を見切っていったのだが、まだガキだった私などは、まんまと製作者の策にはまり、都市型クライシスとはかけ離れた陽気な展開に冒険心を掻き立てられ夢中になって食いついた。題名に「南海の…」などの文字を見つけただけでもワクワクしたものだ。そのうち、我が田舎の娯楽の殿堂、朝日館は、ゴジラに踏まれるまでもなく潰れてしまい、年に数度の南の夢物語すら海の藻屑と消えてしまった。
ブチトビトカゲ
Spotted Flying Lizard (Draco maculatus), Kawthaung Dist.

人事の都合で仕方なく…という方も中にはおられるかもしれないが、ミャンマーに住む日本人の多くの方々は、やはり南国への憧れを元々持っておられたのではないでしょうか。ヤンゴンでも、その欲求が大いに満たされることは間違いない。沖縄でさえ、ビーチにはココヤシの林もできず、冬は大陸からの季節風で空はどんより、冷たい雨と風の日がしょっちゅうなのだから、さすがに北回帰線の北と南では、その差は歴然としている。けれども、できることならソノサキを見てみたいというのが人情というもので、ヤンゴンを離れて東西南北を巡ってみたいと願っている方も多いことでしょう。
タカサゴダカ
Shikra (Accipiter badius), Dawei Dist.

ミャンマーの自然を多様にしている要因の一つは六千メートル近い高低差、そしてもう一つが南北に長い緯度差である。その結果、同じ国内にヒマラヤグマ(ツキノワグマ)もいればマレーグマもいるというありがたい自然を享受できることになる。その恵まれた国土の南方面を受け持っているのが、電話通信会社MPTのマークで見れば、右下にツンと飛び出た尻尾のような部分で、カイン州、モン州、タニンターイー管区と続いて、赤道に向かって伸びている。

かの地の年間雨量は、西のラカイン州に勝るとも劣らず、タニンターイーの管区都ダウェーで、2005~2014年の平均が5,627ミリ(2007~2016年平均5,336ミリ)に及び、マレー半島南端沖の赤道手前にあるシンガポールよりも北側のヤンゴンよりも、はるかに多く降る。雨期の間の猛烈なスコールとモンスーンに加え、乾期でもヤンゴンに比べて雨に出くわすことが多いように感じるが、赤道に近い分、スコールが前倒しに始まって後のほうも長引くという可能性もあるし、陸地が狭い分、南シナ海側の低気圧の雨が届きやすいという可能性もある。温度は、涼季はヤンゴンよりも高くて暑季はヤンゴンよりも低く、押しなべて温暖で、より常夏っぽいということになる。
タニンターイー自然保全地域
Taninthayi Nature Reserve

このような気候条件のもとに成り立つ森は、やはり、これぞ熱帯雨林!といった感じの常緑広葉樹林だ。有用樹種で言えば、チークには雨が多すぎて育ちが悪く、ゴムの木などには最適である。観賞用のインドゴムノキではなくてラバーを採るパラゴムノキのほうだ。海岸線にはマングローブが育ち、開発の手が加わってなければ、そのまま陸の植生に途切れなく移行している。これは、一面平らなエヤワディーデルタでは見られない光景だ。タイとの国境を成す脊梁山地は極めて急峻で岩石も多く、大きな滝や絶壁がそこかしこに顔を出している。
マングローブ林の背後に陸の常緑林が続く
Natural transition from Mangrove to Terrestrial Evergreen Forest, Lampi Island Marine National Park

私は、前世紀の終盤にモン州のチャイトーやチャイティーオーパゴダの山に登ったのと、ミャンマー最南端のコータウンから貨物船で沖の島々を巡っただけで、その後しばらくは南のほうから足が遠のいていた。けれども、201411月を皮切りに、個人でも依頼でも毎年何度も南へ向かうこととなり、このところは、めっきり南づいてきた。ソノサキ探検の再開だ。
マングローブ構成樹種の一つ、マヤプシギの花
Flower of Sonneratia alba, one of Mangrove trees, Kawthaung Dist.

この地域の生物の多様さは世界も認めるところで、タニンターイー管区だけでも、政府は既に洋上に二つ、山地側に三つの自然保護地域を指定している。そのうち、ランピ島海域国立公園(Lampi Island Marine National Park)とタニンターイー自然保全地域(Taninthayi Nature Reserve)は、管理事務所も保護官も充てがわれて保護活動が展開しているが、その他はいまだ準備中といった状況だ。特に山地側での組織の整備や生態系の管理を困難にしている元凶は、覇権をめぐる政治的な争いである。
タイと国境を分かつ山岳
Mountains which are bordered on Thailand, Taninthayi Nature Reserve

タニンターイー管区でお世話になる人たちには、ヤンゴンでは会ったことのないダウェー(ターウェ)族という方々が多く、地元の産業を牽引しているような印象も受ける。少なくともビルマ族の土地という印象は薄いので、なぜ他の地域に倣ってダウェー州にしないのかと不思議に思っていたのだが、何度か訪ねるうちに、そうはできない理由がなんとなく分かってきた。タニンターイーの北側に独自の州を持つモン族とカイン(カレン)族は、ヤンゴンはもちろん、タニンターイー管区にも多く住み、少数と言うよりはメジャー民族のイメージがある。どちらも独立軍を構えており、特にタイ国境沿いの山岳地帯の帰属を巡って国軍と三つ巴で対立している。
ヨタカの一種
Nightjar (Caprimulgus sp.) , Dawei Dist.

現に、201411月に利用したダウェー-ヤンゴン間の長距離バス路線では、その約一週間後に独立軍による夜盗があり、最終的にモンとカインの兵士同士の争いに至って死者も出た。ある山間のカイン族の村では、ミャンマー政府とカイン独立政府の両方の村長と自治体が別々に存在し、そこでの調査を実施するためには、同行の政府役人と共に町場にある独立政府本部と村の部隊本部を訪れ、直接交渉して許可を得る必要があった。このような状況下で、どれか一民族の名を冠した州など指定しようものなら、その他の民族が黙ってはいないだろう。私は、住民の多数がビルマ族の地域は管区となるという認識でいたのだが、タニンターイーの場合は、複数の民族が拮抗していて、飛び抜けて優勢な一つの民族というものが確定できないがために管区とせざるを得ないのではなかろうかと思うに至った。
タニンターイー自然保全地域
Taninthayi Nature Reserve

というわけで、山中での野営こそまだ実施できていないが、ならばとばがりに、車のみならずバイクの後ろにもまたがってオフロードを行けるとこまで行き、その先をさらに歩き倒して川も泳ぎきって、とことん奥地まで分け入ってみた結果、たとえ日帰りでも見どころは盛り沢山にあった。さらに、陸の生き物と海の生き物が交錯する海岸線や島しょ部では、新発見と言ってもいい驚きの生態を何度も目のあたりにすることとなった。その調査の成果は、やがて正式な形で発表される予定ですので、楽しみに待っていただければと思います。
チャバネコウハシショウビン
Brown-winged Kingfisher (Halcyon amauroptera), Myeik Dist.

気になるのが、とてつもない面積を占める農作物プランテーションの存在だ。思いつくものをざっと挙げれば、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、カシューナットノキ(Anacardium occidentale)、ザボン(Citrus maxima)、アブラヤシ(Elaeis guineensis)、ビンロウジュ(Areca catechu)など。これらの栽培を奨励したのがどこのどなたかは存ぜぬが、どれもここの気候に合っており、農業の選択としては間違っていない。けれども、環境、生態系といった観点では多いに問題がある。
ゴムのプランテーション
Para rubber tree (Hevea brasiliensis) plantation, Dawei Dist.

ゴムは需要が途絶えることはなかろうが、価格の変動が大きくて結構大変だと聞く。現在、初期に植栽したゴムの木はほぼ寿命が来ているようで、樹液を採取できないまま放置されているゴム園を時々見かける。材の利用は始まっていて、ヤンゴンの飲食店で白木のテーブルなどを見かけた際、店長に材を尋ねてみると、案の定、ゴムだったりする。「このテーブル何の木?」と問えば、十中八九「チーク」と返ってきてたのは、今は昔の話である。

ゴムとは対照的に、アジア南部限定で確実に売れる鉄板作物がビンロウジュだ。その硬い実は、噛みタバコ、コンヤの中身、コンディーとなり、これだけは需要の落ち込みなど考えられなかったが、現政権が不意にやる先進国風みえっぱり政策の一つだろうか、見た目に野蛮なコンヤの習慣をやめさせるべくビンロウジュの栽培を禁止するのではないかという噂もあり、農家は常に不安を抱えている。個人的には、煙を見舞ってくれる火器、タバコのほうを先に何とかしてほしいのだが。
ベンガルスローロリス
Bengal Slow Loris (Nycticebus bengalensis) , Kawthaung Dist.

甘い樹液や果実を生むカシューナットノキは、多くの小動物も誘引するため、独自の食物連鎖が展開しているようにも見えるが、他のプランテーションの生物相は単純で、特にアブラヤシの林では生き物の気配がほとんどなく閑散としている。そもそもアブラヤシの油は、ミャンマーの食文化にはなかったもので、少なくともビルマ料理屋では使ってほしくないものだ。これらのプランテーションは、衛星から見れば緑地であることには間違いない。けれども、それを森林とみなすかどうかについては、度々議論の的となっている。

まず、足元をしっかり見ておかなければならないが、日本の山林の約4割は、スギやヒノキなどの単一の人工林が占めている。ミャンマーからすれば、あんたらにだけは言われとうないわい、なのである。実際、生物多様性の貧相さにおいては、スギの人工林もゴムのプランテーションもどっこいどっこいなので、樹液を搾取した後に木材として利用するというサイクルを確立するのであれば、これはもう人工林という森林としてカウントしてもいいように思う。一種だけで完結するアグロファレストリーと言えるかもしれない。
マレーウオミミズク
Buffy Fish-Owl (Ketupa ketupu) , Kawthaung Dist.

それにしても、現在のプランテーションの広さは度を越えているように感じる。村の周りで動物の調査をしていると、年配の方から昔の様子を聞かされることがある。今、道の両側には、せいぜい直径30センチほどのゴムの林が続いているが、子供の頃には、数人がかりで抱えるような巨木が延々と林立していたのだと。民族の共存も植生も、肝心なのはバランス、程度の問題だ。誰か一人が、何か一種がすべてを独占して満足を得るのではなく、君もぼくもちょっとずつ不便でみんなが幸せ、というぐらいが、世の中が、地球が、文字通り一番丸く収まるのかもしれない。言葉だけが踊っている感があるが、多様性とは本来そういうものではないだろうか。里の野山はプランテーションが占拠し、奥山は覇権争いの舞台となってり売りされるも守られるも成り行き次第。和平に向けた政治的手続きが進んではいるようだが、誰もが自分の存在だけを主張している間は、民族の調和も生態系の調和も、簡単には生まれそうもない。
フタバガキ科の大木
Tree of DIPTEROCARPACEAE, Taninthayi Nature Reserve

2018年10月13日土曜日

ミャンマー自然探訪、その5. -西の城壁、ラカイン山脈- ―Exploring Myanmar Nature, Part 5. -Western great wall, Rakhine Yoma-

「ヤンゴン日本人会」201810会報寄稿文原文
カンムリワシ
Crested Serpent Eagle (Spilornis cheela)

ミャンマーの西の国境は東南アジアの境界線でもあり、その向こうは南アジア(インド亜大陸)になる。東南アジアの東の境界線がニューギニア島内に引かれた直線的な国境なのに対し、ミャンマーの国境ラインは、ほぼ地形と連動している。そのため、生物の分布にも連動していて、国境付近の山岳地帯を境にして反対側にはいないという動物は結構いる。

なじみの動物では、例えばクジャク。ミャンマーを含む東南アジア側にいるのは首が緑色のマクジャク、南アジア側にいるのは首の青いインドクジャクという別種で、その分布の境界は国境山岳地帯のやや西寄り、アッサムからバングラデシュにかけてあるようだ。色だけでなく冠羽の形も違うのだが、クジャクを国のシンボルのように思っているミャンマーの人も分類には無頓着なようで、ミャンマーの組織や商品のマークにインドクジャクが使われていることもある。各国の動物園でよく見られるのも数の多いインドクジャクのほうで、ミャンマーの動物園では希少なマクジャクと一緒に飼われてしまっており、両種の交雑が疑われる。

人の分布の場合も、動物の一種ホモ・サピエンスとしての系統分類という視点では、土着民族か外来民族かの判断は、難しく考えなくていいのかもしれない。ただし、文明を手に入れた後の人間としての移動が加わると、簡単に線引きするわけにはいかないということだろう。例えば、日本にいるアメリカザリガニは紛れもなく人の手による外来種で、どこまで行っても決して土着種ではない。けれども、今や彼らは理科の教科書にも載るほどの日本の里を代表する生き物になっており、もはや日本列島から排除することは不可能である。
雨季のラカイン山脈東側斜面落葉混交林地帯
Mixed Deciduous Forest in Rakhine Yoma in Rainy season, Bago Reg.

ミャンマーの西の輪郭を形作る山岳は、東南アジアの北端にして最高峰であるカカボ・ラズィ山からエヤワディーデルタの西南端にかけて連なっていて、海に没した先には、島々がポツポツと洋上に頭を出している。これらは、ひと連なりの大山脈とも見れるが、地理学的には南のほうだけをラカイン山脈(Rakhine Yoma)としている。かつてはアラカンと呼ばれていたが、英語の国名バーマがミャンマーというビルマ語に戻された際、アラカンもラカインに戻っていて、ビルマ文字の「ラ」は「ヤ」とも発音するので、ヤカインと表記、発音されることもある。
乾期に咲くシソ科(旧クマツヅラ科)の蔓性植物
Congea tomentosa blooming in Dry season

行政区画で言うと、西側斜面の大部分がラカイン州、東側斜面から南端にかけてが、マグウェイ管区、バゴー管区、エヤワディー管区にまたがっている。ラカイン州の内側のみをラカイン山脈とする場合もあるかもだが、分水嶺の右と左で名前を分けるのは、自然を見る目が不自然だ。山梨県側も静岡県側も富士山は富士山なのだから。かつて日本軍が目指したインパールは、ラカイン山脈の北に続くチン丘陵よりもさらに北に位置するので、あの悲劇の作戦を「アラカン越え」と称するのは、現在の地図では違和感がある。実際には、いくらアラカンの山を越えてもインドはなく、目の前にはベンガル湾が広がるばかり。
ベンガル湾に面したビーチ
A beach facing Bay of Bengal, Ayeyarwady Reg.

津軽~の海よ~~”で始まる昭和の名曲「津軽恋女」によると、津軽には七つの雪が降ると言う。私はヤンゴンには三つの雨が降ると感じている。決して詩的な例えではなく、気象学的に正しいはずだ。まずは、太陽が近い頃に降りやすい熱帯性のスコールの雨。それに、ベンガル湾から次々に押し寄せてくる南西モンスーンの雨。さらに、超低気圧であるサイクロンの雨で、それぞれ降り方が微妙に違う。南シナ海側の台風の雨が及ぶこともあるが、サイクロン、タイフーン、ハリケーンは同じ現象で、所在地の違いにより呼び分けられているだけだ。ビルマ語では、低気圧の嵐を一括りに「モンダイン」と呼んでいて、「モットン」と呼ぶモンスーンとは区別している。
ラカイン山脈の西側斜面も、涼季と暑季には内陸と同じくほとんど雨が降らないが、雨季の降り方は凄まじく、2005~2014年の平均で、ヤンゴンの年降水量が東京の二倍近い2,947ミリなのに対し、ンガパリビーチに近いタンドウェーでは5,405ミリ2007~2016年平均5,112ミリにも及ぶ。ラカインの海岸は、ベンガル湾からのモンスーンが最初に出会う陸地だが、直接雨雲がぶち当たる山中ではもっと降っているに違いない。それから分水嶺を越えて内陸に向かう頃の雲は、かなり水分が搾り取られているため、ラカイン山脈の東側に当たるマンダレー管区やマグウェイ管区には、年降水量が500ミリにも届かない東南アジア屈指の乾燥地が現れることになる。山脈を一つ越えただけで、雨量の差が十倍にもなるということだ。

さらに、ベンガル湾に発生するサイクロンに対峙しているのもラカインだ。日本でも台風から離れた場所で豪雨となることがよくあるが、サイクロンの東側に位置するミャンマーは、その外周の雨雲がかかりやすく、強風圏外のヤンゴンでも猛烈な雨がひっきりなしに何日も降り続くことになる。まして西のラカインでは、かすめたり上陸したりすることが度々あり、その都度、暴風雨にさらされる。

この気象条件下にあるラカイン山脈を横断すると、西側斜面は常緑の熱帯雨林、東側は落葉樹の多い落葉混交林、さらに内陸の平地に降りれば複数のタイプの乾燥林へと見事に移行している。そのうち熱帯雨林は、他ではあまり見られない独特の景観をしているのだが、それにはサイクロンの影響が考えられる。幹の内部に空洞ができるような老大木は暴風によって倒されやすいため、他の地域よりも世代交代は早められているはずだ。そして、ぽっかり空いた森の天井は伸び盛りの木が塞ぐというのが健全な森の法則だが、ラカイン山脈の場合、ある土着種がそれを阻んでいる。それこそが、竹の一種、カインワ(Melocanna baccifera)である。

竹の生え方には、地下茎が横に伸びてその線上におおよそ等間隔で一本ずつ竹が立ち上がる散生型と、地下茎が横に伸びずに何十本もの竹が束になって株立ちする束生型とがある。かぐや姫を探して歩けそうな空間を伴うおなじみの竹林は散生である。ただし、そんな日本の原風景的な竹林や和食の代表格である筍を生み出すモウソウチクは中国から持ち込まれた外来種で、そのステータスはアメリカザリガニとなんら変わらない。

一方、熱帯に多いBambusaの仲間は束生で、落葉混交林では大きな竹の束となって点在しており、森人にとっては住居や道具を作るのに欠かせない大事な資材となっている。ところが、ラカイン西斜面の雨林地帯に多いカインワは散生で、風倒木により森に隙間が空くと、たちまち地下茎を伸ばして筍を生やし、猛烈に竹林を拡散して他の樹木に発芽する余地を与えないのである。
竹林と常緑林の交じるラカイン山脈野生ゾウ区域
Evergreen Forest mixed with Bamboo forest in Rakhine Yoma Elephant Range

この特異な植生を持つラカイン山脈のうち、南部のタンドウェー郡からグヮ郡にまたがる1755.7k㎡に及ぶエリアを、政府は2002年に、ラカイン山脈野生ゾウ区域(Rakhine Yoma Elephant Range)という自然保護地域に指定し、管理事務所や常勤保護官を置いている。今年私は、そのほぼ中間に位置するチェインタリー川上流の常設キャンプ(監視詰所)を目指し、下流に架かる橋のたもとからエンジンボートで遡った。時期は乾期の半ばで水位はかなり下がっており、浅瀬では船底が川床に当たって完全に停止してしまった。すると保護官たちは船を降り、早瀬の中を次の深みまで船を押して進むのだった。浅瀬に乗り上げてはスクリューを持ち上げて降りて押す。そして深みに出れば再び乗ってエンジンで走る。これを繰り返すのである。この光景、どこかで見たことあるような…。
船を押して浅瀬を上る
Pushing up the boat in the rapid stream by human power

確か江戸時代の浮世絵に、大勢の人夫が木舟を担いで瀬の切れた河原を渡る一枚がなかっただろうか?まさか平成の世にこんな情景に出くわすとは。こういう状況は結構戸惑う。私も降りたほうが当然軽くなるが、なまじ労働に加わると、案内役である彼らのプライドを傷つけることにもなりかねない。案の定、保護官たちは、「いつもやってることだからどおってことはない。あんたはゲストなんだから座ってなさい」と言ってくれる。けれども、遡るに連れ早瀬も多くなり座礁の頻度も増してきた。
シロハラクイナ
White-breasted Waterhen (Amaurornis phoenicurus)

時に物理的限界は人情の機微を超えることがある。にっちもさっちも動かないところでは私も降りることにした。滑りにくさがウリの靴を履いてはいたのだが、藻が覆う丸い小石には全く効かず、つるつる滑りまくる。むしろ、薄いゴム底の野戦靴を履いている彼らのほうが軽やかに水を切って駆けるのだが、そもそも地面の感触を捉える足裏のセンサーが、私などとは比べ物にならないのかもしれない。
カタグロツメバゲリ
River Lapwing (Vanellus duvaucelii)

動力と人力を3時間フルパワーで駆動し、やっと谷間の河岸段丘に建つ常設キャンプに辿り着いた。季節で言えば涼季と暑季の境目だったが、ちょうど寒の戻りに当たってしまい、竹造りの高床では毎朝8度ぐらいまで下がった。薄手の寝袋の中で震え上がったが、いったん日が昇ると、今度は昼頃には日陰で33度にまで上がるのだった。
オオコノハズク
Collared Scops Owl (Otus bakkamoena)

やはり、周囲の山々は典型的なラカイン西斜面の景観で、広い竹林の中に常緑林のスポットが散在している。この環境は、イネ科の草が繁茂するアフリカの草原と同じように、大型草食獣にとっては悪くない。樹木は住み家としてはいいが、餌になる部分は葉っぱと実ぐらいで、大半を占める幹や太枝は腹の足しにはならない。一方イネ科の草なら丸ごと草食獣の餌になる。なので、見た目には森に比べて平板なアフリカの草原が、食料源としては圧倒的に多くの大型動物を養えることになる。同じイネ科の竹も、筍や葉っぱなどを大量供給でき、量的には樹木に勝る食料源となる。なので、ラカインの山では、竹林に出てきては餌を食べ、常緑林に戻っては休むという行動パターンが成り立つのではないかと推測できる。
東南アジア最大のシカ、サンバー
The largest deer in Southeast Asia, Sambar (Rusa unicolor)

ただし、常緑林が消失してしまうと住み家そのものを失うことになるので、いくら餌場があっても住みづらくなるが、現在のバランスは竹林が蔓延しすぎて常緑林が狭すぎる。おそらく、暴風による自然倒木に加え、焼き畑と盗伐が竹の繁殖を後押ししたのだろう。かつて竹の増えすぎを抑えていたのは、草食獣そのものだったはずだ。けれども密猟により動物の数は減り、既にこの地ではサイが絶滅している。せめて、残っているゾウやガウア(インドヤギュウ)などに竹を食いまくってもらって、竹林と常緑林のモザイク植生を半々ぐらいにはしてほしいものだ。

現状でも、なんとかシカとサルを見るには見て、これまで訪ねた全国の保護地域の中ても哺乳類の痕跡は多いほうで再訪の価値ありと確信したが、いまだ密猟者の侵入も絶えず、人の前に獣がひょっこり現れて、しばらく佇んでくれるというほどには保護体制は成熟しておらず、目視できるもののほとんどは鳥だった。
オオサイチョウ
Great Hornbill (Buceros bicornis)

往生際の悪い私は、町へ帰る日の朝も保護官と地元の青年に付き合ってもらって谷川沿いを歩いた。常緑林の樹上生活者、フーロックテナガザルの鳴き声が聞こえてきたが、声の出所まで行くには45時間はかかるだろう。諦めるしかない。お互いの居場所と絆を確かめ合う彼らの叫び声は、数キロ四方の山並みに響き渡るのである。
ヤマセミ
Crested Kingfisher (Megaceryle lugubris)

「あの木の上にいる鳥は何だ?」折り返しの途中、ヘインさんが尋ねてきた。私は、ちっちゃな鳥はもうたくさんという気分だったのだが、最後まで楽しませてくれようとしている彼の心遣いを察し、とりあえず望遠レンズを向け、「あぁ、コウライウグイスだよ(やっぱり)」と力なく答えた。「あーーー!後ろ後ろ!」双眼鏡で覗いていたイェ君がその向こうを指さした。「えー」私も画角そのままで、とりあえず鳥の数百メートル後ろの霞む山腹にピントを移してみた。

「え?えー!」大きな黒い塊が大木の上で動き回っている。マレーグマだ。願ってもない大物の最後の最後の登場に空気は一変。なんと痛快なことか。大興奮の三人に気づくでもなく、大きな樹冠を一巡りした彼は、尻のほうからゆっくりと幹を降り、竹林の中に消えていった。おそらくハチの巣を探し回っているのだろう。興奮の後には笑いがこみ上げてきて止まらない。

広大な山腹の中の一本の木の上の一匹の獣。こんなの、ふつうに歩いていたのでは目に留まるはずがない。わらしべ長者じゃないけど、やっぱり人情の機微は大切なんだ。マンネリの声かけに付き合ったお陰で、小さな鳥が大きなクマに化けたのだから。
マレーグマ
Sun Bear (Helarctos malayanus)

2018年9月8日土曜日

ミャンマー自然探訪、その4. -激動の山塊、バゴー山地- ―Exploring Myanmar Nature, Part 4. -A turbulent range, Bago Yoma-

「ヤンゴン日本人会」20189会報寄稿文原文
バゴー山地にあるミャウザーマリ野生ゾウ保護区
Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary in Bago Yoma

最大都市ヤンゴンから首都が分離したのはいつのことだっただろうか。ふと気になって調べてみた。新首都ネピドーが誕生したのは2006年で、あれよあれよという間に、もう十年も過ぎてしまっていた。現在ミャンマーに住まれている日本人の多くの方には、商業の中心地と政治の中心地が数百キロも離れているという稀な状況が当然のこととして待っていたわけで、住居や仕事の拠点をどちらに置くかは、個人にとっても組織にとっても悩むところではなかっただろうか。荒野のただ中に忽然と現れた新庁舎への移転を命じられた公務員にとってはなおさら大問題で、彼らの実家との隔たりを少しでも埋める対策として、ヤンゴン-ネピドー-マンダレーを結ぶ高速道が、新首都の整備と並行して貫かれていった。

ハイウエーのHighが何を指しているのかは知らないが、日本の高架式と違って、ミャンマーの中央高速道路は地面に張り付いたローポジションの道で、金を払って通行している人様の車を尻目に犬やら牛やらがタダで道端を歩いているという、不公平で大らかな有料道路だ。けれども、その時短効果は絶大で、夕日を浴びながらヤンゴンのバスターミナルを発って朝日を浴びながらマンダレーに降り立っていたような時代とは隔世の感があり、市内の渋滞に巻き込まれなければ、ヤンゴン-ネピドー間なら6時間あれば行けてしまう。

昼間ヤンゴンから高速道を北上すると、向かって左手、道の西側が次第に丘のように盛り上がってきて、いつしか道と並行して稜線が連なる山になってくる。それこそが、今回お話したいバゴー山地(Bago Yoma)だ。場所によっては道の近くからいきなりせり上がっていて麓から山頂まで見通せるが、山肌の広くは木が疎らで禿山のようになっている。その有り様からは想像し難いが、かつてのバゴー山地は生き物の宝庫で、トラまで生息していた。ミャンマーが世界に誇る銘木、チークの自生地でもあり、バゴー山地の天然チークを対象にミャンマーの林業は発展してきたと言っても過言ではない。
野生のイチジクを食べるキタカササギサイチョウ
Oriental Pied Hornbill (Anthracoceros albirostris) eating wild Ficus fruits

その緑あふれる山々に暗雲が垂れこめてきたのは20世紀終盤のことだった。1988年の総選挙で民主勢力が大勝したにもかかわらず軍が政権を譲らなかった頃、人里離れた奥地は無政府状態となって密猟、盗伐が横行したであろうことは想像に難くない。その後、軍政下ながらも秩序は徐々に安定してきたが、やがて、軍政のままでの市場開放という、森林にとっては最大級の受難の時代を迎えることとなった。その道のプロである林学や生物学を修めた役人の意見が通りづらい体制下で、プロでない政治家と内外の企業が主体となって開発が推し進められるという状況だ。

1990年では国土の58%が森林に覆われていて、しかもその多くが天然林だったのだが、2015年には43%にまで減少してしまった。かつての森の国は、森の消失率で世界最速級の国となってしまったのだ。すばらしい林業技術を持ち法律も整備されてはいるが、それを遂行する財力と人力が足りないというのが慢性的な原因の一つであろう。加えて、森の消失に拍車をかけたのが、隣国と反政府軍による国境沿いの大規模違法伐採と、各地のダム建設であったことは間違いない。

山間の谷を堰堤でせき止めると、背後には広大なダム湖ができる。人なら水没する前に移動できるが、地に根を張った植物はそうはいかない。せめて水没前に森を伐採して丸太を搬出し、関係者の懐を潤したならそれまで。二度とダム湖に森が蘇ることはない。特にエヤワディー川とシッタン川流域の広大な穀倉地帯に挟まれたバゴー山地は、格好の灌漑用ダムサイトとなっていった。

遅ればせながら、政府はバゴー山地の一角を自然保護地域に指定した。名前をミャウザーマリ野生ゾウ保護区(Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary)と言い、土地の生き物の象徴としてゾウの名を冠しているが、すべての野生生物が保護の対象である。現在はまだ管理事務所はなく、エヤワディー水系の西側山腹とシッタン水系の東側山腹に仮の詰所が置かれている。そこへ全国各地の保護地域から保護官が派遣され数ヶ月間滞在しては帰り、また交代の者が来るというパターンで、常に6人ずつぐらいが東西両端の詰所に滞在している。私は昨年、森林局から特別な許可をいただき、一週間ほど彼らの仮小屋に同居させてもらって行動を共にした。
焼き畑跡地を再生するチークの植林地
Young Teak (Tectona grandis) plantation covered a former shifting cultivation field

まず、里に近い山地では、度を越えた焼き畑により森が再生せず、灌木だけの荒れ地になっている場合が多い。中央高速道路から見える禿山も、多くはそのパターンだろう。低地では水に飲まれ高地では火に巻かれ、山はダブルパンチを食らってきたのだ。現在、焼き畑跡地では、木々の天然更新を待たずに積極的に植林が行われている。さらに、ダムや焼き畑から離れた奥地に移っても、どうも林相に違和感がある。巨大な木が残ってはいるものの、森の屋根である林冠がうまく塞がっておらず、スケスケの貧相な森に見えるのである。

健全な森だと、老大木からなる高木層の下には、伸び盛りの木がひしめく亜高木層から低木層が見られ、枯れた高木に取って代わって林冠を塞ぐべく、常に次世代の木々が控えているものだ。おそらく奥地に侵入した違法伐採者は、手に負えない大きすぎる木は無視し、幹がまっすぐで材も詰まった壮年の木に狙いを定め、なんとか伐倒しては牛や水牛で次々に森から運び出していったに違いない。その結果が、いびつな林相となって今に残っているのだろう。

山中にはまだ密猟者もいて危険だということで、武器を持たない我々のパトロールと観察は、詰所から日帰りできる範囲に限られ、結局、鳥はそれなりに見られたものの大型の獣の痕跡は疎らで、保護区の象徴であるゾウに至っては、足跡すら見つからなかった。皮肉なことに、ゾウを見たければ麓の農地に行ったほうがいいと言う。その現象こそは、森林の減少に呼応して起こった由々しき問題で、特にバゴー山地南西部のターヤワディー郡やタイチー郡の農村地帯では、野生ゾウによる被害が頻発しており、死亡事故も起きている。今となっては後の祭りだが、イケイケドンドンの時代に冷静に国土全体を俯瞰していれば、こうなることは予見できてたかもしれない。
麓に降りてきた牙のない巨大な雄ゾウ、タイチー郡にて
A huge tuskless bull elephant who has come down from mountains in Taikkyi Tsp

ほぼ一年じゅう雨の降る赤道付近では、一年じゅう葉っぱを茂らせている常緑樹の森ができる。熱帯雨林というタイプだ。赤道から離れたミャンマーでは、雨季、涼季、暑季の三つの季節があるとされるが、このうち涼季と暑季にはほとんど雨がふらず、降雨パターンで言えば、雨期と乾期に極端に分かれる。そのうち雨期の降り方が凄まじく、年間の総雨量が赤道付近を凌ぐほどのモンスーン地帯となると、やはり熱帯雨林タイプの森となる。

けれども、総雨量が少なくなってくるに連れ、強烈な乾期に葉を落とす落葉樹がだんだん増えてきて、概ね雨量が二千ミリを下回るあたりから、落葉混交林(Mixed Deciduous Forest)と呼ばれる別のタイプの森が出現する。バゴー山地の気候はまさにドンピシャ、典型的な落葉混交林地帯で、落葉樹であるチークは、その代表的な優占種である。

混交と言うからには種類は豊富で、まだまだ常緑樹も混じっているはずだが、乾期も深まった頃には、山腹も尾根もほとんど葉を落とした骸骨野原のようになっていて、全山枯れているのかと勘違いしそうなほどになる。実は、落葉混交林地帯の中の常緑樹は、水分の多い谷筋により多く繁茂しているのだ。なので、カラッカラの乾期でも、谷間に降りれば、草食動物は新鮮な草木の葉っぱにありつけるというわけだ。その山地にダムを造るとどうなるか…。一年じゅう茂っていた緑の谷間が、ごっそりなくなってしまうことになる。
アオノドゴシキドリ
Blue-throated Barbet (Megalaima asiatica)

その代りに麓の農地は、ダムによってもたらされる水を糧に潤い、乾期でもどんどん作物が育つようになる。ゾウからすれば、生息地を狭められた上に乾期の主要な餌場を奪われ、その補償として麓に食べ放題のレストランを作ってもらって永久不滅のフリーパスを贈呈してもらったようなもの。森から出てきて作物を食べに来ない理由が、逆に見つからない。ダムの建設が森の面積を減らすのは仕方のないことだが、特に落葉混交林地帯だと、森の質においても、生態系の要となる貴重な部分が持っていかれることになってしまうのだ。以上は飽くまで私の個人的推論だが、これまでミャンマーの自然を巡ってきた経験からして確信は持っている。
ムラサキタイヨウチョウの雌と雄
A pair of Purple Sunbird (Nectarinia asiatica)

山は山としてあり、雨の季節には稲を育て、乾いた季節には豆などを育てていた時代には、このような人と野生動物との軋轢は、めったになかったのではないか。年間を通して干ばつに苦しむ国々ならまだしも、一年の半分が水浸しになるミャンマーにおいて、本来雨の降らない季節にまで、大量の水に頼る作物を貪欲に作る必要性はどこにあるのだろうか。

林業には、適地適木という言葉がある。その土地に合った木を植えなさいという戒めである。人の手に余る樹木と違って、手の内で扱える農作物の場合だと、環境もコントロールして短期間で結果を出すというのは常套手段ではある。けれども、元を辿ればすべては野生の植物。多額を投じて環境を変える前に、まずは、その場所その時期の気象に適した作物を発掘して大切にしてほしいものだ。
インドカンムリアマツバメ
Crested Treeswift (Hemiprocne coronata)

現政権は環境保全の意識が高く、発足直後の2016年度の一年間は、全国の天然の森の伐採を一斉に禁止したほどだ。翌2017年度からは伐採を再開したが、同時に伝統的な択伐法を厳格に復活させたり、共同体単位のコミュニティーフォレストリー制度を奨励するなどして、本腰を入れた森林の再生が試みられている。けれども、バゴー山地だけは、人工林を除いて引き続き伐採禁止で、2025年までの10年間は天然の森を寝かすことにしている。それほどバゴー山地のダメージは大きかったということだ。
ミドリサトウチョウ
Vernal Hanging Parrot (Loriculus vernalis)

現在、ゾウと人との衝突が絶えない地域は全国に数箇所ある。「ゾウが見たければ麓に行け」。これは私も分かってはいた。けれども、報道写真が撮りたいわけではなく、森からはみ出した動物を見たいわけでもない。望み続けているのは、野生のゾウはゾウの生息地で、野生のトラはトラの生息地で撮るというシチュエーションだ。
ハシブトアオバト
Thick-billed Green Pigeon (Treron curvirostra)

飽くまで森林の拡大に乗っかった形で野生動物も拡散し、人との距離がごく自然に縮まってきて、お互いに付かず離れずの隣人として棲み分けられているような世界。そんな理想郷がミャンマーのあちこちに生まれる日が来るのかどうか、今は見当もつかない。ならば私のほうは、せめて野生動物についていける足腰でいられるよう、老いとの闘いを続けていかなければならないようだ。少なくとも、彼らの本来の生息地が今以上に遠ざかることがないように祈るのみである。
ファイールリーフモンキー
Phayre’s Leaf Monkey (Presbytis phayrei)

2016年12月25日日曜日

ミャンマー自然探訪、その3. -近場の穴場、水鳥の楽園- ―Exploring Myanmar Nature, Part 3. -A nearby fine spot, Paradise of Water Birds-

「ヤンゴン日本人会報『パダウ』 201612月号」寄稿文原文
クロハラアジサシ
Whiskered Tern (Chlidonias hyubridus), Feb. ’16

路地の角を曲がれば、たむろしている辻犬たち。横切る黒い影は巨大ドブネズミ。歩道に撒かれた豆に群がるドバトに街路樹に吊られた稲穂をつつくスズメたち。そして、ゴミ置場の上空にはイエガラスが舞う。どいつもこいつも、半分人の手に落ちたやつばかり。いったいこの国のどこに純粋な野生動物がいるの?「動物たちを見られるいいところはありませんか?」時々尋ねられる。ヤンゴン日本人学校にも動物好きの子どもはたくさんおり、できれば野外で思う存分観察させてやりたいと願っているお父さんお母さんも多いようだ。今回は、僭越ながら子を持つ親御さんの気持ちになって、おすすめのスポットをご紹介します。

その前に、一つ断っておきたいお茶の間や学校にもまつわるお話から。「動物」というと、四つ足を持つ動き回る生き物、というイメージを持たれている人が結構いるのではないだろうか。生き物には、大きく分けて動物と植物がある。さらに、どっちとも言いがたいものや微生物などが加わり、その位置付けにはまさに微細な説が次々に出てきているのだが、ここでは触れないでおく。この二大メジャー生物界のうち、簡単に言うと、読んで字のごとく自分で動き回れるものが動物だ。なので、鳥も魚も昆虫も貝も、みんなみんな生きているんだ動物なーんーだ~なのだが、なぜか、動物イコール四つ足のイメージが付きまとう。これは、日本独自の文化、お家芸と言ってもいい図鑑、特に学習図鑑の弊害だろうと私は思っている。たいていの動物図鑑には、哺乳類と爬虫類と両生類が載っていて、鳥、魚、昆虫は別々の一巻ずつになっていることが多い。けれども、哺乳、爬虫、両生を一括りにすべき根拠は何もない。動物界をさらに二分すると、背骨を持つ脊椎動物と背骨を持たない無脊椎動物になる。平たく言うと、体の芯に骨があって、その上に肉が被さっているグループと、骨がない代わりに外側が硬い殻で覆われていたり全身骨抜きのフニャフニャだったりするグループだ。そうすると、もちろん鳥類も魚類も、哺乳、爬虫、両生と同じく骨付きグループとなる。けど、なぜ図鑑ではイレギュラーな分冊にするのか。それはもうボリュームの問題、ページ数や価格を揃えたいという大人の事情と思っていい。さらに売上げを考えれば、どうせ一つ独立させるなら、強面揃いの爬虫類よりかは、きれいで取っ付きやすい鳥で一冊設けましょう、儲けましょうってところだろう。外国にはフィールドガイドは色々あっても日本の図鑑ほど学習指向の強いものは少なく、子どもの感性を刺激し続けてきたすばらしい出版文化ではある。けれども、どの一冊を手にしたかが、その後の子どもの進路をも左右するかもと思えば、決して小さくない仕分けだったかもしれない。大人の社会を学習させたかったわけではなかろうが。

我が子に…いや、私自身も新種を発見して学名に自分の名前でも残したいものだと目論んでいる方がおられれば、決して大きな動物には行きませんように。英才教育の片棒を担ぐつもりはないが、スポーツで世界を目指すなら、体重別のある柔道やレスリング、軽いほうが有利な体操、黒人選手の少ない水泳、南国の参加が少ない冬季種目などが狙い目だろうが、動物界で新種発見を狙うなら、何と言っても昆虫だ。理由は単純、種類数が圧倒的に多いから。全動物種の8割は昆虫だと言われるほどなので、ツボに入れば新種発見の連発となり、毎年三千種ぐらいが新種として発表されているという。昆虫でなくとも、言葉は悪いが、小さく下等なものほど新種の発見が多い傾向にある。

この「新種発見!」というのにも二通りあるので、この手の報道は注意して読み解かれますように。一つは、ごく少数の地元の人が知る程度で世界的には知られてなかった未知の動物が発見される場合で、もう一つは、既に誰でも知っている動物だけど体の組織を分析した結果、他の個体群とは違う新種だと分かったという場合である。つまり、発見の場が野外か研究室かの違いだ。大型動物が前者のパターンで見つかることは、もう稀で、和製英語UMA(未確認動物, Unidentified Mysterious Animal)として話題になるもののほとんどは眉唾モノ。私もおったまげた問答無用の大発見といえば、ベトナム、ラオスで見つかったサオラだったが、それももう20年も前のことで、毎年四桁の昆虫とはえらい違いである。一方、生体分析による新種の発表や亜種から種への格上げは、大型動物でも相次いでいる。自然の摂理からすれば、交尾できて代々繁殖可能なら同じ種でいいんじゃないの、と私などは思うのだが、最後の審判を下すのは、今やDNAだ。なので、一種だと思っていたニホンジカが、全国の個体のDNAを分析したところ、実は◯種いた!などという発表もあるかもなのである。そして、そういう新解釈は、環境保護のプロパガンダに利用されたりもする。言わば、誰が見ても分かる肉眼での新発見に、研究者だけが分かる顕微鏡レベルでの新発見が加わり、多くの動物が絶滅に向かっているにも関わらず、数字の上では毎年動物の種類が増えるという矛盾した現象が起こることになる。
モーヨンジー湿地の夜明け
 Dawn at Moeyungyi Wetland, Feb. ’16

なんと前置きが長くなってしまったことか。すみません。ここからは、純粋に動物見たいモードに切り替えます。で、ヤンゴン基点を前提として家族向けに一番おすすめできるスポット。それは、ずばりモーヨンジー湿地野鳥保護区(Moeyungyi Wetland Bird Sanctuary)。そこそこ大きな地図を見ると、バゴーの北北東に台形状の水色が記されているはず。そこだ。ヤンゴン-マンダレーの旧幹線沿いにあり、車の少ない時代は2時間半ぐらいで行けたものだが、今はそれではきかない。バゴーには行かず、中央ハイウェーを通って最初のサービスエリア脇で降り、ペヤージーで旧幹線に合流すれば少しは短縮できるが、それでも片道3時間、ヤンゴンの渋滞にはまれば3時間半は見てたほうがいい。突如現れるピンボンジーの料金所を抜けて5分弱で、右側に目立たない看板の立つ入口がある。そこから、さらに土の道を5分ぐらい走ると湿地手前の駐車場に着く。傍らには、森林局が作った小じんまりした無料の展示館があり、写真や標本が見られる。そこにも記されているが、この保護区は、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に与えられるラムサール条約の指定をミャンマーで初めて受けている。
スイレンの一種
A kind of Water Lily, Feb. ’16

湿地のほとりまでは、そこから10分程歩く。木製の橋や木立の中の歩道をゆく気持ちのいい散歩道だが、セメントの路上が濡れている時はスリップに注意。私が初めてここを訪ねた1997年には、この木立はほとんどなかった。この保護区では、森林局の承認を受け、民間会社SPAツアーズが観光の手配をしているのだが、初代社長のチョールインさんと発足直後に話し合っていた時、各地で撮ってきた私の写真をめくっていた彼の手が、ある一枚で止まった。そして呟いた。「木がなきゃダメだ」。それは、高い木の樹冠にクロトキの群れが佇んでいる写真だった。それから彼は、客を迎える拠点の周りに木を植えていった。主に植えた樹種は、オーストラリア産のアカシアマンギウム(Acasia mangium)だった。ミャンマーにもアカシアはある。それは、中央乾燥地に多いシャー(アセンヤクノキ、Acasia catechu)で、ゆっくり育って硬木になり、ミャンマーの伝統オーケストラには欠かせない縦笛、ネー(フネー)の胴などにも使われる。なのに、なぜ彼は外国産を選んだのか…。理由は、めっぽう成長が早いからだ。しかもマンギウムは滞水にも強い。

外国の物の導入には抵抗がある人も多いと思う。実は私もそうなのだが、それを言ってては、例えば日本なら、スズカケノキ(プラタナス)やイチョウの街路樹さえ排除しなければならなくなる。外来種はあちこちにあるのだ。導入時には細心の注意を払うべきだが、在来種や人体への害がないと判明したならば、時と場合によっては外来種も有効に活用できる。要は将来のビジョン、どんな森にしたいのかである。かつてそこにあった森を復活させたいが天然更新は待ってられないというのなら在来種の植林となるが、例えば森が失われた原因が住民の生活のための伐採だったとしたら、まずは外来の早成樹種を植えて、そちらを利用してもらいつつ、本丸の在来種の植林地には決して刃を入れさせないという二段構えで臨む手もある。私がアドバイザーを務めますヤンゴン郊外での日緬の市民グループによる森作りも、住民が要望するマンギウムをメインで植え、その周囲には在来種を植えている。伐らずに残す在来種の木々に囲まれて、短期で伐採利用できる生活の森を循環させるというビジョンである。そして、モーヨンジーの拠点には、今は亡きチョールインさんの描いた通り、わずか10数年で高さ10メートルを超える森が連なり、今や多くの鳥たちが羽を休め、サギやウなどのねぐらにもなっている。さらに、在来種のビルマネムノキ(Albizia lebbek)やマウー(Anthocephalus morindaefolius)も、あとを追いかけどんどん成長している。
樹冠で休むサギとウの群れ
A flock of Egrets & Cormorants perching on the crown, Feb. ’16

 やっと、湿地のほとりに着いた。私がここをすすめる大きなポイント。それが施設の充実ぶりである。Moeyungyi Wetlands Resortと言い、開放的な壁なしレストランや宿泊できるバンガローがある。レストランでは中華などを注文でき、冷たい飲物もある。そこから桟橋を渡った先に全戸湿地向きに並んでいるのが舟形バンガローだ。木材と竹を組み合わせた築15年になる作りなので、夜は天井裏をネズミが走ったりもするが、エアコンに洋式トイレ、温水ヒーターも最近取り付けた。何より水上一戸建てなので裏戸を開ければ湿地は目の前、カエルの合唱も心地いい。ただし、水田と隣合せの平地に広がる湿地なので水は土色、オーシャンリゾートのようにパシャパシャやる気にはなれないだろう。一段陸に上がったところに最近できたコンクリートのバンガローは、ボイラーもエアコンも強力で、ヤンゴンのホテルと比べても遜色ない。広いホールもあり、今年はラムサールの国際会議場にもなった。これらの施設でもダメと言うのなら、もう「町へおかえり」と言うしかない。鳥が活発に動くのは朝と夕方なので、できれば一泊したいところだが、宿泊、食事、ボートの料金はSPAにお問い合わせください。オーニシに紹介されたと言っても何の特典もないだろうが、少なくとも、それならばと門前払いを食らうことはないはずですので。
湿地から見たリゾート施設
View of resort area from Wetland side, Feb. ’16

あっ、残りページもあまりない。では、急いで湿地に漕ぎ出そう。屋根なしエンジンボートに乗って、少々水しぶきを浴びながらのウォッチングクルーズだ。一つ注意してほしいことは、船べりには不用意に手を置かないこと。船は、船べりをぶつけながら減速したり方向を変えたりする乗り物である。なので、特に船着き場や他の船に横付けするような時は、指を挟まれないよう必ず引っ込めておくように。ガイドは、外国人に対しては、今見えている鳥の名前を英語で言ってくれるが、ミャンマー流の子音の抜け落ちる発音に慣れておかなければならない。ダッと言ったらダック、グーはグース、イーゲーはイーグル、ストーはストーク(コウノトリ)といった具合。あるそこそこの町のそこそこの中華屋で飲物を尋ねたところ、早口のボーイの返答は「サンキッコーシャ!」???こう聞いて、サンキストとコークとシャーク(エナジードリンクの銘柄)かと聴解できた自分も大したもんだと思った。ビルマ語はいつまで経ってもタドタドだが、コミュニケーション力だけは年なりに上がってるかなと。ちなみに、肝心要のボートは、ボゥぐらいに聞こえる。とにかく一番確実なのは、フィールドガイド本かパンフレットを船にも携帯してもらって、こいつだと挿絵を指差してもらうことだ。いつも事務所にそれらがあるとは限らないので、かなり興味がおありなら自分で買って持っていってもいい。ミャンマーにいる全種を押さえている東南アジアの鳥のガイドは、タイのAsia Booksが出している。また、ビルマ語名を控えてもらって後で私に知らせていただければ、和名をお伝えすることもできますので。
スキハシコウ
Asian Openbill (Anastomus oscitans), Feb. ’16

国を問わず、まず水辺でお出迎えしてくれるのはたいていサギ類で、ありふれた光景だ。けれどもここでは、日本には少ないムラサキサギも度々見られる。サギのようだけど嘴がやや湾曲していれば、それはクロトキかも。黒いのは頭だけで体は白いが、なぜか和名はこうなっている。ここでは手堅く見れるが日本では見慣れない姿形の鳥と言えば、まずはオーペンビー、ではなくてOpenbill、スキハシコウ。その名の通り、あいた口が塞がらないやつだ。生まれ変わってもこいつにだけはなりたくないと思える気の毒さで、なにしろ、虫が来てもホコリが来ても、一生涯、口を真一文字に結ぶことができないのだから。貝を主に食べるので、中ほどが開いた嘴だと大きめの丸い貝などは挟みやすそうだが、隙間の意味はよく分かっていない。けれども、彼らの立ち姿はすごくいい。鳥は恐竜から進化したとされるが、その無骨な顔つきを見ていると、やっぱりそうかもと思えてくる。次にセイケイ(青鶏)。クイナの仲間で、いるところにはうじゃうじゃいるのでありがたみは薄いが、とにかく色が鮮やか。紫から青や緑に輝く体に紅色の嘴は、いかにも南国の鳥っぽく、旅情を盛り上げてくれる。この湿地で、すごく珍しい鳥の飛来にかち合う確率は低いが、メジャーな水鳥オールスター勢揃いといった感じである。
セイケイ
Purple Swamphen (Porphyrio porphyrio), Feb. ’16

 多くの種類が観察できるのは、北国から水鳥が越冬に来る11月から3月までで、宿泊費もピーク料金となる。雨季には彼らは繁殖地の北へ帰り、年中いるセイケイなども群れを解体して番での繁殖に入るので、水かさの増した湿地は閑散となる。ただ、フィリピンペリカンは、毎年雨季にだけこのあたりに数羽が飛来するので、私はあえて雨季に行くこともある。ただし、高い波しぶきと打ちつける雨粒を合羽に受けながらのクルーズとなるので、決してご家族にはおすすめできない。その分、宿泊費は安いのだが。また、湿地では一年を通して地元の漁師が網や釣竿や罠を使って漁をしており、家畜のアヒルや水牛の群れも日帰りで放飼させている。この放牧の間、水牛からは意外な副収入も得られるのだが、そのお話はまたの機会に。
フィリピンペリカン
Spot-billed Pelican (Pelecanus philippensis), Aug. ’15
ハス
Lotus, Aug. ’16

ここはシッタン川流域の平地で、元々雨季には滞水する地形だが、中でも大きく貯まる一角に堤防を築いて乾季でも水が残るようにしたのがモーヨンジーだ。言わば、人手が加わった半自然状態の灌漑貯水池で、以前から人々の営みがあった土地である。保護区とは言え、かつて人が住んでいなかったAKの森などとは経緯が違う。町の者にとっては伝統的な漁業や家畜の放し飼いも珍しく、見どころの一つにもなりうるし、ルールを守る住民や観光客の往来は、厳に禁ずべき違法漁法や密猟の抑止力にもなる。
湿地に向かう家畜の水牛
Domestic Buffaloes, Aug. ’15
オウチュウと水牛
Black Drongo (Dicrurus macrocercus) & Domestic Buffalo, Feb.’16

この場所は、住民、観光客、野鳥の三者が共存できるのだという実証の場として、土着の文化・歴史を踏まえた発展を目指していくのが望ましいように思う。そしてその舞台の一員に、動物好きの日本人のみなさんも加わっていただけたならうれしい限りであります。餌をやる逃してやるといった上から目線ではなく、空高く舞う翼を仰ぎ見る下から目線で。
Feb. ’16