ポツンと一軒家 Lone house in the mountains |
まず、ここまで紹介してきたように、大きな力が加わる柱や梁(はり)には強度のある木や竹を使うのが基本で、そこは、民族や土地の違いを問わず共通している。
一方、その土地々々の環境に応じて違いが現れるのが屋根で、逆に言えば、屋根に使われている材料を見れば、そこの気候や植生を推測できるぐらいだ。太くてまっすぐな長い竹が容易に手に入るところだと、前々便の「その5.」で紹介した竹のハーフパイプを交互に重ねて並べていく方法が、最も素早く確実に上空を覆うだろう。
木材とは比べ物にならない柔軟性を持つ竹は、森人のナタにかかれば変幻自在に形を変えて様々なものに生まれ変わり、まったく別タイプの屋根材にもなる。ただし、ハーフパイプと違って、今から竹を刈ってきて今日中に屋根を完成させるというわけにはいかず、まずは、薄いものをさらに薄く裂いてしまう驚異のナタ使いで、素材となる短冊状のしなやかな竹べらを量産しておく。
そして、細長いリボン状の竹の軸を平行に数本並べて、そこに、ストックしておいた竹べらを次々に編み込み、大ワシの翼のような広大な屋根材にする。
仰ぎ見るビロウで葺いた屋根 Looking up at the palm (Livistona sp) leaves roof |
竹ハーフパイプとビロウの組み合わせ The roof combined with bamboo half pipes and palm leaves |
一方、海の近くに行けば、種類の違うヤシの葉を屋根材に使う。マングローブ地帯に自生するニッパヤシ(Nypa fruticans,ダニ)だ。
ニッパヤシ群落 Nipa palm’s community |
屋根も壁もニッパヤシマットで作った作業小屋 Both a roof and walls of this hut are made of Nipa palm leaves |
とにかく、広くて丈夫な葉っぱを集められるなら、雨露を防ぐ屋根を作ることはできる。身に付けておくべきは、梁を頑丈に組む技と、葉っぱを隙間なくまんべんに葺くコツである。
フタバガキ科のイン(Dipterocarpus tuberculatus)の葉で葺いた屋根 The roof made of leaves |
どこに行っても、メイドオブ植物の屋根を見かけると気になってしかたがないのだが、延々と畑が続く農村地帯で、見慣れない屋根に出くわしたことがある。
山地からははるかに遠く、まとまった森も見当たらない平地の真っただ中で、屋根に使っている植物とは何なのか。
その植物の正体は…まさかまさかの灯台下暗し、ミャンマーの主力農産物の一つ、サトウキビの葉だった。これなら在庫は無尽蔵、材料を集めるのに苦労はない。
作る形は、やはり大ワシの翼型で、丈夫な一本の竹軸に葉を巻き付けては竹の紐で縛り付けていく。
日本の茅葺き屋根が、まさにそのスタイルだが、ミャンマーでも、身近にあるイネ科の草を屋根に使う文化はある。
建物の頭の部分を指す日本語は「屋根」だが、その材料一つ一つには、瓦とかトタンとかスレートとか、それぞれに固有名がある。
ビルマ語で屋根は「アモー」。そして、屋根に使う材料の中でも植物製の屋根材のことを「テッケー」と呼ぶ。
「テッケー(Thekke)」とは、チガヤのビルマ語での呼び名である。つまり、チガヤのビルマ語名テッケーには、屋根材そのものを指す意味もあるのだ。
チガヤの屋根材なら単に「テッケー」、竹を編んだ屋根材なら「ワ・テッケー(竹屋根材)」、ニッパヤシを編んだ屋根材なら「ダニ・テッケー(ニッパヤシ屋根材)」というふうに呼んでいる。
屋根に関しては、まだまだ見たことのない植物も葺き方もあるに違いない。
日本により近いミャンマー北部のカチン州の山村では、かつての日本でよく見られたような厚みのある茅葺き屋根の家がふつうにあった。ただ、高床を支える脚の群れだけは、そこがミャンマーであることを自覚させてくれるのだった。
彼方に雪山を望む静かな山里。茅葺きの家からは煙が立ち昇り、庭にはカキがたわわに実っている。それはまるで、時空を越えて現代に現れた日本の原風景のようだった。
桃源郷のような集落やそこに生きる人々、背後に連なる奥山にそこに息づく動物たち。恐怖も負い目もなく、誰でも公然と全国津々浦々を訪ねて回れる日々が戻ってくることを願っている。
次回からは、森人のテクニック一つ一つにフォーカスしていきます。
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