2011年12月23日金曜日

裸足の王様 -King of bare feet-


'11年6月2日と9日の「無敵の象星印」で挙(あ)げていた宿題について、この夏、ちょっと詳(くわ)しく確認してみた。

'11年11月11日に紹介したゾウの捕獲に向かうとき、ほとんどのゾウ使いは裸足(はだし)になっていた。山道から逸(そ)れて険(けわ)しい森に分け入ることは確実で、どこまで進むか、いつまでかかるかも分からない状況にもかかわらず、なのだ。

どうやら、“ミャンマーの森人(もりびと)は、ここ一番のときには裸足になる”というのは間違いなかったようだ。

森に入るときだけではない。子ゾウに訓練を施(ほどこ)すときにも裸足になる。草履(ぞうり)ばきのままゾウに近づこうものなら、「草履脱(ぬ)げー」と親方(おやかた)に一喝(いっかつ)されるだろう。

その理由を、私は宗教的なものから来ているものと勝手(かって)に想像していた。ミャンマーの人は、パゴダ(仏塔:ぶっとう)や僧院(そういん)や精霊(せいれい)の祠(ほこら)の敷地(しきち)に入るとき、必ず履物(はきもの)を脱ぐ。それと同じように、神聖(しんせい)なゾウを訓練するときには履物ぐらい脱げと…

今回、この憶測(おくそく)は外(はず)れていたことが分かった。最初に子ゾウを閉じ込める柵(さく)だけは(→'10年9月8日掲載の写真)、精霊のご加護(かご)が強く及んでいる場のようで、宗教的習わしとして裸足になるようだが、柵から出した段階になってもなお裸足で訓練にかかるのには別の理由があった。

親方いわく、草履が脱げかけたり鼻緒(はなお)が取れかけたりして、そちらに気を取られると、その一瞬が命取りになる。なので、目の前のゾウに集中できるよう、直す心配のいらない裸足に最初からなっておけ、ということであった。まして、万が一、草履の踵(かかと)を踏(ふ)まれでもしたら万事休(ばんじきゅう)すだ。

当然、人身(じんしん)事故を起こしたゾウの捕獲に行くときなども裸足が望ましいというわけだ。森の中だと、枯枝(かれえだ)などに鼻緒や靴(くつ)ひもが引っかかることもあるだろうから。

で、実際にその捕獲にも参加していた若いゾウ使いに聞いてみた。裸足で森や渓谷(けいこく)を歩いて痛くないのかと。答えは「全然痛くない」。

これまで、裸足で駆(か)け回る彼らにしょっちゅう付いて行ってるんだから、あえて聞くだけ野暮(やぼ)だったか。

足の裏を触らせてもらったら、二月ごろの余った餅(もち)のようだった。ふと母親の足の裏を思い出したが、くすぐってもぜんぜん応(こた)えなかったのを覚えている。これなら石ころにも負けない天然の靴底(くつぞこ)になりうるかもしれない。

もう一つ。ジュルジュルやテカテカの土の斜面(しゃめん)を裸足や草履で上り下りすると、私などはズルズル滑(すべ)ってしまうが、彼らはほとんど滑らない。トレッキングシューズよりも滑らない。

このことも聞いてみると、斜面では足指を立てているのだという。私でも意識すれば指ぐらい立てられるが、おそらく彼らは意識することなく、地面の状態に合わせて立てたり緩(ゆる)めたりを自在(じざい)にできるのだろう。

訓練や捕獲のとき、もう一つ親方が勧(すす)めることがある。それは、持っているならズボンを履(は)け!ということだ。脚にはズボンを足は裸足で…なんかちぐはぐに思えるが、理由は同じ、やはり危機回避(ききかいひ)のためだった。

ふだん履いている筒(つつ)状の腰巻(こしまき)、ロンジーは、縛(しば)ったりボタンで止めたりしているわけではなく、腰のあたりで重ねてねじって差し込んでいるだけ。風呂上りのバスタオル巻きの上級編といった感じだ。

なので、当然緩(ゆる)むこともあれば、脚にまとわりついて開脚(かいきゃく)の邪魔(じゃま)になることもある。その一瞬の隙(すき)が、やはり怖いのだと親方は言う。

ケンカのときにロンジーが解(ほど)けたなら、締(し)めなおすまでは殴(なぐ)りかからないのが暗黙(あんもく)のルールだが、ゾウには到底(とうてい)通じない。

ロンジーをたくし上げて短パンのようにすることもできるが、それでも解け落ちる恐れはある。四六時中(しろくじちゅう)命がけの仕事をしているわけではなく、普段(ふだん)は、緩んだと思ったら何度でも締めなおせばすむことだが、やはり、初期(しょき)の訓練や捕獲は別格(べっかく)のようだ。

親方の話を聞いていて思い出した。かつて同じ職場にいた日本人が、「やっぱり勤務中はロンジーはダメだぜ」と言っていて、私は“ミャンマーの人に対して、それは酷(こく)だろう”と思っていた。

それから十五年あまり経(た)って、まさかバリバリの森人である親方の口から、バリバリの日本のお役人とよく似た台詞(せりふ)が飛び出そうなどとは夢(ゆめ)にも思わなかった。

0 件のコメント:

コメントを投稿