2011年6月9日木曜日

無敵の象星印、その2. -Unrivaled Elephant Star Brand, part 2.-

間一髪(かんいっぱつ)、桟橋(さんばし)の縁(ふち)をつかみ、意地でも川には落ちなかったが、タスキがけにしていたカメラは脇(わき)のあたりに押しつけられ、ストロボの付け根が折れてしまった。

それまで草履(ぞうり)では一度もすべらなかったのに…値段では二桁(ふたけた)も高いトレッキングシューズなのに…いかにも最新工学にもとづいてデザインされた迷路(めいろ)のような硬い靴底(くつぞこ)は、ぬれた板の上を力なくプラーっとすべってしまった。

その、“それまで一度もすべらなかった”というのが、ゾウ使いがすすめてくれたタイ製のゴム草履だったのだ。トレードマークは、星の中にゾウがいるデザインで、通称(つうしょう)ビルマ語ではスィン・チェー・パナ(象星草履)と呼ばれている。


Thai-made Elephant Brand rubber sandals and their package

おそらく本国タイでは、トイレや風呂場で主に使われているのだろうが、ミャンマーの森人(もりびと)たちの間では、最強の山靴として認められている。とにかくすべりにくくて長持ちするので、どうせ買うなら象星でなきゃダメだと、ゾウ使いも御用達(ごようたし)なのだ。

私もいろいろ試してみたが、特にノッペリした所では、日本のゴム長や地下足袋(じかたび)よりも、はるかにグリップがきく。

彼らは、道なき岩だらけの渓谷(けいこく)でも密生(みっせい)した薮(やぶ)の中でも、ゴム草履でズンズン越えてゆく。4月15日付の書き込みのように、走るのもすさまじく速く、たとえ私がランニングシューズをはいても、草履ばきの彼らに追いつけないんじゃないかと思えるほどだ。

訓練中の走る子ゾウを追うゾウ使い
A mahout chasing a running young trainee elephant

どうやら彼らの足は、ゴム底を通して地面を感ずるのみならず、ほとんど草履と一体化しているようなのだ。鼻緒(はなお)でぶら下げているのではなく、むしろ、五本の指で足のほうから草履をつかみにいっているように見えるのである。

流れのよどんだ浅い川を草履で渡ろうとして、数歩目で足がうまってしまったときなど、ぬかるみから草履を引っこぬこうとしゃがんでいる私のかたわらを、同じ象星をはいたゾウ使いが、スタスタスタと対岸に渡っていってしまった。まるで、忍法(にんぽう)水グモの術のように。

一つ、よく分からないのが、草履と裸足(はだし)の使い分けである。町場の子どもたちですら、サッカーをするときなどは、土の上でも草の上でもアスファルトの上でも、ほぼ全員が裸足になる。彼らの足の裏は、感度がいい反面、痛みには、めっぽう強そうなのだ。

それでも、不意(ふい)にトゲがささったりすると、さすがに痛いはずだ。足元が見えづらいところでは、草履のほうが安心なのかもしれない。このテーマは宿題にしておいて、今度森に行ったときに尋(たず)ねてみよう。


良質な製品の宿命(しゅくめい)か、最近は国産のニセ象星も出回っているらしい。少なくとも、店舗(てんぽ)をかまえる履物屋(はきものや、パナ・サイン)や、四時すぎには閉まる公設市場(ゼー)の中の履物ブースのほうが、道端(みちばた)に商品を広げて売っている露店(ろてん)よりは、本物を置いている確率が高いかもしれない。

ちなみに市場では、トー・スィー・パナ(森ではく靴)というミャンマー版のトレッキングシューズも売っている。ほとんどは迷彩色(めいさいしょく)の布地(ぬのじ)で、形はバスケットシューズに近いが、やはりゴムの底は、かなりやわらかい。

育った環境が違うので、日本人の我々が森や山に行くときには、やはり、しっかりした作りの靴をはくべきだろうが、ミャンマーの森人にかかれば、日本のトレッキングシューズはすべて、森では使えない不合格品のレッテルをはられてしまうだろう。

身近(?)なところでは、NHKのテレビ体操のお姉さんがはいている靴などは見るからにやわらかそうで、あれなら逆に合格が出るかもしれない。ふみしめる足元の環境は正反対だが。

これまでに掲載(けいさい)してきた写真の中にも、けっこう象星草履は写ってますので、時々は足元も見てやってください。


3 件のコメント:

  1. 大西様、こんばんは。
    生き物のブログなのに、私にはゴム草履の記事にビビビときてしまって、申し訳ないですが、トレッキングシューズが、濡れた岩ですぐ滑る、というのは良く解ります。

    私は仕事(神主)で、革の鼻緒の草履を履いて、不整地を歩いたりしますが、鼻緒に体重がかからない様にします(ぶら下げると鼻緒が切れる)ので、靴の歩き方とはまた、違った足の操作になりますね。

    昔の履物に、足半(あしなか)っていう履物(草履)がありますが、つま先部分だけ編んである小さな草履で、飛脚などが好んで使ったようで、草履の場合はつま先優先の、足の使い方になるようです。

    靴の場合も、つま先の良く曲がる柔らかい靴底が、理想だと思うんですが(特に子供靴)、売られている靴のほとんどは、足を硬く固定して、靴底を分厚くした物ばかりなのが、不満に思う事です。

    日本のマタギがゴム長靴を愛用してたり、ミャンマーの森人がゴム草履を愛用してたり、といった記事を見ると、やはりそうだよなぁって、嬉しく思います。この草履の裏は、ヤモリの足の裏に似てますね。フィット感があるのはその為でしょうか。

    しかし、私のやわな足の裏では、森の中をゴム草履では無理でしょうから、それなりの靴を履く様にします。

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  2. ヤマドリさんへ
    ロンジーという筒状の腰巻を履き、草履を履けば、日本人もほぼミャンマー人に見えてしまいます。
    けど、ベテランの土産物屋のおばさんなんかにかかると見破られてしまいます。まさに足元を見られるのです。

    色白のミャンマー人でも足は体の中で一番黒いですが、色黒の日本人でも足はたいてい一番白いです。

    さらに、ミャンマー人の爪先は、五本の指が扇のように放射状に広がっており、日本人の爪先は、五本指がほぼ前にならえしています。
    ミャンマー人の自然に広がっている足と比べると、いかに自分の足が長年靴に強制されてきたのか、実感できますよ。

    横になっている体勢から立ち上がるときなども、ミャンマーの人は、五本の指に力が入って、それぞれが床を踏みしめているような感じです。

    ちなみに草履にもTPOがあり、表が牛革やベルベットで裏がアメゴムの国産の草履なら役所でも結婚式でも行けますが、ゴム草履は公の場では避けます。
    けど、輸入品で化成品のゴム草履のが高かったりします。

    最後にミャンマー伝統のおまじないを一つ。
    新しい草履を買ったら、履く前に、息を止めて鼻緒を三回噛むと、鼻緒が切れず長持ちする…だとさ。
    大西信吾

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  3. ヤマドリさんへ
    カエルの足の裏は吸盤で平面に吸い付き、ヤモリの足の裏は細かいヒダヒダでミクロの凹凸に引っかけていますが、象星印は、平行とクロスに溝と畝(うね)が入っていますので、ヤモリ系かもしれません。

    けど、あまり深い溝ではなく、濡れた石の上などでは密着感もあるので、カエルの要素もあるかもしれません。

    ちなみに、本物のゾウの足の裏も、すごいですよー。
    ブログでは掲載してませんが、「ゾウと生きる森」「ゾウと巡る季節」で見られます。
    大西信吾

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