2010年9月8日水曜日

壮絶、子ゾウの訓練

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'08年2月23日原文追補

数週間にわたるヤンゴンでの足止めを経て、やっと奥地へ行く許可が取れた。森林・林業を管轄する文官組織、森林局や木材公社は好意的なのだが、時期が時期だけに、その上が警戒していたのである。

なじみの森でなじみの顔に再会し、デモ以来拭いきれなかった心配は吹っ飛んだ。ゾウもゾウ使いも何も変わってはいない。当たり前のことだが、一たび人の手に動物を落としたからには、国がどうあろうと身内に何が起ろうと、その絆(きずな)を一方的に断つことは許されることではない。それは、日本のペットの飼い主でも同じこと。

訓練開始前夜、竹造りの祠(ほこら)にロウソクを灯し、精霊を招く

涼季の澄んだ空気の中、いよいよ、この森最大のイベントが執り行われる。四歳になった子ゾウが、それまでべったりだった母親から引き離され、厳しい訓練に入るのである。私は、ゾウの生涯が一変するその瞬間に立ち会って、いかに、わんぱく子ゾウが使役ゾウへと変わってゆくのか、その最初の過程を、この目で見届けたかったのである。

待ちに待った瞬間が来た。その光景を一言で表せば、“虐待”…。拘束され悲鳴を上げる子ゾウに、容赦(ようしゃ)ない罵声(ばせい)と鉄拳制裁が浴びせられ、流血の事態も辞さないのである。

けれども、制裁を加える側も一瞬たりとも気が抜けない。子ゾウといえども、まともに攻撃を受ければ、命の保障はないのだ。訓練チームのゾウ使いたちは、自分の身を守りつつ、しかも、子ゾウへの打撃では、致命傷や後遺症を与える急所は確実に外している。

ゾウ使いたちは、柵に閉じ込めた子ゾウの全身を触り、背中に乗る

双方共に命懸けで、強者が弱者を踏みにじる犯罪である“虐待”とは、根本的に違っていた。この激烈な期間を経てこそ、森と作業現場を自由に往来できる世界でも稀な使役ゾウとなりえるのである。こののち、丸太運搬デビューまでは、さらに十数年の時間をかける。

拘束から数日後、成ゾウの同伴で柵から出し、川まで歩行したなら水浴びをする

ところで、この年に訓練を受けた最初の子ゾウは、牙のごく短い雄だったのだが、以前ご説明したように、アジアゾウには雄でも牙の伸びないものがおり、極端なものになると、ほとんど口の外には出てこない。牙なし雄は、牙あり雄よりも体が大きくなる傾向があるが、ゾウ使いや獣医師が推測するその理由はこうだ。

一つは、牙に回すべき栄養を全身に回すからという説、もう一つは、牙ありの子ゾウが、伸びてきた牙が邪魔になって二、三歳にもなると母ゾウの乳房をくわえられなくなるのに対し、邪魔な牙がない子は、もっと歳を重ねるまで乳房を強引にでもくわえて乳を飲めるから、という説である。

さらに、牙の圧迫を受けないためか、牙なし雄の鼻の根元は異様に太く成長する。筋肉の束で武装した鼻は恐ろしく強く、男らしい雄を見つけては、その鼻を立派な象牙に巻きつけて締め上げる。そのまま横っ腹を寄せて並行に立ち、体当りで相手を倒し、その勢いで牙をへし折ることすら可能だという。片や素っ裸、片やまわし着用で相撲を取るようなものなのか。

ただし、牙があるほうが雌にはモテるそうである。それが、牙なしが牙ありを目の敵(かたき)にする動機かどうかは定かでないが。










剛力自慢の牙の伸びない雄の成ゾウ

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