そこは大人のマナー。私は、イルカの回遊範囲の北限と南限近くで、それぞれ滞在することにした。言わば、ふられ組の漁師たちと行動を共にするのだ。「お前がいる間に絶対に見せてやる」。彼らのプライドはメラメラ燃えていた。
隠れメラニンも飛び出しそうな照り返しの中、沈黙の川面を裂いて、待ち焦がれた相棒たちは唐突に現れた。数十秒おきに浮上する背中を目印に、二人乗りの手漕ぎの小舟は、振り切られまいと全速でイルカを追った。
舳先(へさき)に座った漁師は、時折木切れで船縁(ふなべり)を小刻みに叩き、船尾の漁師は、オールで水面を強く叩いた。一緒に漁をやろうと水中に信号を送っているのだ。やがてイルカは、我々を先導するかのように浅瀬に沿ってゆっくり泳ぎ始めた。
「クックルー、クルックルッ」イルカの声をまねながら、舳先の漁師が立ち上がり、束ねた投網をほぐしはじめた。それを右腕にカーテンのように掛けたなら、網の末端の重りを床板に打ちつけ始めた。準備完了の信号を送っているのだ。濁ってて見えないが、潜ったままのイルカは、あたりを縦横無尽(じゅうおうむじん)に泳ぎ回っているようだ。
“バシャッ”突然飛び出した尾びれが水面を叩いた。その飛沫(しぶき)めがけて網が放たれ、パッと開いて着水した。ゆっくり手繰り(たぐり)寄せられている網の端あたりでは、波紋や泡が湧いている。
なるほど、両者の取引はこうだ。まずは、イルカが魚を集め、漁師はその魚群を直径十メートルに迫る投網で仕留める。網を引き揚げるとき、魚の一部は、網と川底の間に空く隙間や網の目から逃げ出す。今度は、イルカがそれらを片っ端から食べるという寸法だ。たぶん、漏斗(ろうと)の下で口を開いて待つかのように。
この漁法を何と呼ぶべきか。協力、共同…あっ、このどちらにも利のある両者の関係は、生物学で言うところの、まさに相利共生ではないか。そうだ、イルカ共生漁だ。
漁の腕前、イルカとの信頼関係を約束通り見せてくれた誇り高き漁師たち。小舟の一団が島陰に消えるまで、彼らの真っ黒い手は、何度も何度も頭上高く振られていた。
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