2010年8月25日水曜日

無用?有用?ゾウの牙

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'07年11月17日原文追補

ゾウを絵に描くなら、欠かせないのが長い鼻に大きな耳、そして牙だろうか。その牙だが、今一つ、役目がはっきりしていない。

牙で地面を掘り起こす若い雄

ミネラル豊富な土を食べたり、全身に浴びせる土を集めたりするために、雄は地面に牙を突き刺して土を掘り返すことはある。しかし、長い牙を持たないアジアゾウの雌も、四本の足には、五、五、四、四とアフリカゾウより一枚ずつ多く爪が生えており、地面を蹴り起こすには十分に強力だ。

また、雌は、よく小さな牙を樹幹の表面に突き立てて器用に皮を剥ぎ取って食べる。これには、どう見ても大牙よりも使い勝手がよさそうだ。

雌は、ほとんど牙が伸びない

大牙の特権とも言える場面を見たのは、谷川をさかのぼっているときのことだった。口まで浸かる深みでは、鼻をシュノーケルのように水面から出して息をしなければならないが、古式泳法じゃあるまいし、さすがに鼻もだるくなるようで、息が持つ間は再び流れの中に沈める。

そのため、呼吸のたびに鼻の上げ下げを繰り返すことになる。そのとき水上に大牙が出ていれば、鼻を置いて休ませることができるのである。肘かけならぬ鼻かけだ。

鼻先を水面から出して呼吸する

さらに使役ゾウの場合、丸太の搬出において牙はとても有利に働く。顔面で押すとき、牙があれば、より力が伝わりやすいし、転がす方角も定めやすい。電柱ぐらいの細い丸太なら、牙を下から差し込んで抱え上げることだってできる。

ただし、あまり牙が伸びすぎると先端に思わぬ重みがかかり、牙全体を損傷してしまう恐れもあるので、たまに先のほうだけ切り落とすことがある。いわば丸太離れをよくしてやるためだが、牙の先をなくしたゾウの姿は、なんともしっくりこない。箱から出した鉛筆の先は早く尖らせたいし、割り損ねて折れてしまった箸でうどんをすするのは心地悪かろうってもんだ。

'07年の雨季に滞在していた現場でも、いかにも絵になる雄たちの大牙の先が次々に切られることになったが、「切るなら、わしが帰ってからにして」とは、とうとう言い出せなかった。


ゾウの体の中でも、牙は特に変異が大きく、個性豊かな表情作りに一役買っている。見事に左右対称に外向きに伸びるものもいれば、内向きに伸びて鼻の前で二本が交差するものもいる。また、まれに牙が一本しか生えないものもいるのだが、どのような風貌(ふうぼう)になるか、ご想像いただけるだろうか…

ある動物好きの友だちは、顔の真ん中にニョキッと一本生え出るのではと想像した。私は思わず吹き出してしまったが、考えてみれば、イノシシの仲間バビルサの犬歯は、自分の上顎の骨を突き破って顔面から角のように生え出るし、クジラの仲間イッカクは、前歯の一本だけが槍のように真正面に向かって伸びる。

一本牙ゾウの場合、片方だけが伸びるというのが正解なのだが、私はあまりにゾウを見慣れてしまってて、頭がこり固まってたようだ。彼女がしたような自由な想像こそ、常識に縛られない新しい創造に繋がるのかもしれない。

片方の牙だけが伸びた雄

いずれにしても、大牙は見るからに強そうだが、アジアゾウには雄でも牙が全然伸びないものもいる。その牙なし雄は、なぜか大牙の雄によくケンカを売る。で、その結末は…またの機会にお知らせします。

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