# 過去の六編へは、右そでの「このブログを検索」から当たってみてください。ヤカインモンティー(アブシャブ)、上:和えタイプ、下:汁かけタイプ,Yakhine Montii (Arpu-Sharpu), upper: salad type, lower: noodle in soup type @ Gwa Tsp., Rakhine (Yakhine) State
よく、◯◯料理で一番辛い食べ物は?みたいな話題になることがあるが、これは意外と即答に困る。
と言うのも、ミャンマーの食堂のテーブルには丸ごとのトウガラシがたいてい置かれていて、日本での七味やコショーや紅ショウガのような感覚になっているので、言わば追い辛子自由になり、出された料理にどんどん入れてどこまでも激辛にする人もいれば、合間にトウガラシを齧りながら料理を食べる人もいる。
生トウガラシの代わりに七味のようなものが容器に入っている場合もあるが、乾燥したトウガラシを粗く砕いただけのものなので、辛味はトウガラシ百%のままだ。
なので、むしろ、誰が一番辛いもの好きかとか、何人(なにじん)または何地方の人が辛さに強いかとか、食い手側の話になってきて、料理そのものにランクを付けるのは難しいのだ。
広く庶民にまで浸透しているミャンマー風中華では、名前に味のヒントが入っている料理が多く、チョーチンジョーと言えば、甘(チョー)酸っぱ(チン)炒めで、酢豚のような味付けになってくる。
多くのミャンマー人が好むチンサッと言えば、酸っぱと辛さになり、チンンガンサッとなれば、酸っぱ、しょっぱ、辛い、となる。
日本だと、なまじ味付けに注文を付けたりすると頑固店主にどやされそうで、せいぜいチェーン店で汁だくとかが指定できるぐらいのものだろうが、ミャンマーでは味の注文を付けることは失礼ではなく、「化学調味料は入れないで」みたいなことまで言う人もいる。厨房を覗いているわけでもなかろうに。
ちなみにミャンマーでは、料理の種類に関わらず辛味が強い場合が多いので、日本人中心の会食などで、数あるメニューの中から辛味の弱いものを中心に選びたいときなどは、辛くないという意味で「チョー(甘い)」という言葉を使う。
店員がメニューの写真や品書きを指差して、「これこれこれはチョーアヤダー(甘い味)だよ」みたいに教えてくれるが、この場合、前便の「その6.」内で説明したが、ミャンマー料理には基本的に砂糖やみりんなどの甘味調味料を使わないので、純粋に「甘い」という意味ではない。
和食やタイ料理や中華料理の店なら、指されたメニューは実際に甘味を使っているかもだが、ミャンマー人の間で「この料理は甘いよ」と言えば、ふつうは単に辛味(トウガラシ)が少ないよ、というだけの意味になるのだ。
前置きが長くなったが、だったら何を以て辛い料理とするかという判断基準として、とりあえず、味付けの好みは指定せずに注文した場合に出てきた料理がどれほど辛いか、言わば、スタンダードでの辛味がどうか、ということにしたい。もし店員に、「辛味はどうする?」と問われたなら、「ヨーヨー(ふつうで)」と答えた場合での辛さの比較だ。
まず、国土東部の高地、シャン台地に住むシャン人が作るシャン料理屋の人気メニューに、マーラーヒンというのがある。マーはマーボー豆腐のマーで、ラーはラー油のラーだと聞かされたが、それが本当なら、どっちに転んでも辛そうだ(ヒンは、おかずの意味)。
以前、辛味を抑えてと注文したところ、辛味を入れなきゃマーラーヒンにならないよ、と返されたことがある。なので、平均でも相当に辛い食べ物であることには間違いない。
名前からしても中国起源の料理なのかもだが、私は中国側は未体験なので、どれほどミャンマーナイズされているのかは不明だ。少なくともシャン料理として国内で定着しているものだと、具としていろいろな野菜を辛味とともに炒めるのだが、お約束として必ず平麺が入っているので、麺類のカテゴリーに入れても差し支えないだろう。
麺は、後述する一般的なシャン麺とは違って、見た目は半透明の、いわゆるグラスヌードル(glass noodle)系なので、おそらく春雨のように豆を原料とする麺であろうと思われる。ある店員に尋ねたところ、ふつうの米の麺だよと言っていたが、店員イコール製造者ではないので、たぶんそれは間違っているだろう。
たいていは大皿限定のメニューなので、仲間同士で会食する時などに、とりあえず、ドンとテーブルの真ん中に据えておいて、あとはバラバラに単品を注文するというパターンが多い。とにかく、辛さを求めて注文する辛さがウリの一品なので、ミャンマー屈指の激辛料理であることは間違いなく、店によってはどこまで辛いのか、可能性は天井知らずだ。
もう一つの食べ方は、汁は別にせずに薬味や具を乗せた丼の上からかける、言わばかけそばスタイルで、このほうが油分が少ないし日本の汁麺の食べ方に近いので、日本人の間ではシャンラーメンと呼ばれていて、こちらを注文する人が多い。
食べ方は主に、この「和え」か「かけ」かだが、シャン麺専門店なら、たいてい4種類の米麺を揃えている。スタンダードな麺であるシャンカウソェの他、幅広(はばびろ)で平たいサンピャー、コシの強いサンスィー、ストレートで喉越しのいいミーシェー。なので、2種の食べ方×4種の麺で8種類のパターンになるのだが、ファストフード的なこれらは、混んでない限り、注文すればほんの数分でできあがる。
これらに加え、専門店だと、じっくり時間をかけて作り込むメニューもある。それは、ミェーオーミーシェーというもので、ミェーオーとは土鍋のことで、調理台の傍らに土鍋が積まれていれば、これが食べられる目印になる。
たくさんの具と麺を時間をかけてじっくり煮込む、言わば、ミャンマー版鍋焼きのようなものだが、名前のとおり、この料理には、なぜか喉越しのいいストレート麺、ミーシェーが専ら使われている。煮込んでもコシが抜けにくいのかもしれない。
そして、その味だが、甘味天国の日本の鍋焼きうどんとはえらい違いで、マーラーヒンに負けず劣らぬ激辛である。スープの色からして赤一色で、汁を残さないことをモットーにしていて、なおかつ猫舌の私などには、注文するのにかなりの覚悟と時間のゆとりがいる。イメージとしては火鍋麺、といったところか。
ちなみに、どこの店で注文しても、必ずウィンナーが入っている。ミャンマーの料理には珍しい、なんかポップで愉快なお約束だ。
この、シャンの二大激辛料理もそれぞれ期待を裏切らない辛さで、おいしくもあるのだが、これらを押さえて、私が激辛マニアに一番お勧めしたい料理は、また別にある。
ここで、いったん本題を離れて、辛さの素であるトウガラシについて紹介しておきたい。
まず、植物としてのトウガラシのIDだが、大枠ではナス科のCapsicum属(トウガラシ属)ということで、細くて尖った典型的なトウガラシ、いわゆる鷹の爪の系統が含まれるのが、C. annuumという種で、小粒で湾曲のないピストルの弾のような形で辛味の強いタイのプリッキーヌなどが含まれるのが、茎が木質化するC. frutescens(キダチトウガラシ)という種で、全体的にぷっくら膨らんでいて激辛で知られるトウガラシが揃っているのが、C. chinenseという種で、これらの他にもあと3種の栽培種が知られている。ピーマンやシシトウもトウガラシの一品種だが、意外にも細身のが多いC. annuum種に含まれる。
原産地である中南米から世界に伝播したあとは、長らく各地の土地ごとに独特のトウガラシを作っていたはずだが、最近は、より辛い品種を作るビジネスとして産地の境界を越えた掛け合わせが行われているので、遺伝子の組成はごちゃまぜになりつつあるかもしれない。
一般的に、ミャンマー全土の辛味愛好家に広く食されているのが、モーミョーディーと呼ぶ小粒の品種で、タイのプリッキーヌと同じか、ごく近いものだろう。
名前の意味は、「雨を望む実」となり、命名の由来には、食べると体が熱くなり汗も吹き出すので、頭から雨のシャワーでも浴びたいぐらいになるからだという説もある。それほど辛さは強烈で、好きな人は好きなだけ大量に投入するので、辛味は無限に増大する。
これとは別の系統で、取り扱い注意の危険なトウガラシがある。
その中でも、これぞミャンマーでのルーツと思える品種に初めて会ったのは、2004年にチンドウィン川沿いで滞在したときのことだった。その地域では、2002年にも保護区で野営しつつ撮影行をやったのだが、同行してくれた森林官や村人は、あまりにも危険なので、このトウガラシの持ち込みは避けてくれていたようだ。
ところが2004年は、段取りの都合で村での滞在時間も長くて、とうとうその存在を知ることとなったのだ。
ひなびた食堂で、卓上に置かれていた擦り潰した乾燥トウガラシを小さじですくって麺にかけようとしたところ、「やめとけ!それはシュエランボーだから」と。敵の名は、シュエランボーと言うらしい。「シュエ」はビルマ語で「金(色)」のことだが、「ランボー」は意味不明。
入れたいのならこれぐらいと、耳かきに乗る耳あかほどの、ほんの一かけらの皮を入れてみた。すると…丼一杯分の汁全体が激辛になっているではないか!こんな体験は初めてで、それまでの人生で体に染み込んでいた常識を覆す、次元の違う食材だった。
試しに生の実の形のままを舌に当ててみると、瞬時に「ギェー」、その後、ほとぼりも冷めたところでトイレに行って、これまで何万回と繰り返してきたルーティーンに則って何気なく構えて手を添えて…と、そこでまたまた「アー」。シュエランボーを触った手は凶器と化していると心得るべき。決して、むやみに目頭をこすったりしてはいけない。笑い話ではすまなくなるので。
その地域の家庭のキッチンでは、シュエランボーを紐で吊るしておいて、例えば煮物に辛味を付けたければ、実のままを丸ごと鍋の中に投入して引き上げるだけで辛味が付くそうで、刻んだり潰したりしなくてもいいそうだ。
その何年か後に、辛さ世界一更新!ということで、インドから来たブートジョロキアという品種が公開された。その姿を見た私は、あっ、シュエランボーだ!とすぐに悟った。
シュエランボーは、インドとの国境沿いに連なる山岳地帯に住むナーガ族が主に作っているもので、ナーガ族は高地に住んでいるにも関わらず全裸に近い格好で過ごしていけるのは、このシュエランボーを食べているおかげではないか、などと言われていた。
ナーガ族は国境を越えてインド側にも住んでおり、そこは、その名もナガランド州というインドの行政区となっている。案の定、詳しく探ってみると、ブートジョロキアはナガランドで発見されたとなっているではないか。
同じナーガ族が栽培している同じトウガラシが、ミャンマー側に降りてきてシュエランボー、インド側に降りて世界に広がってブートジョロキアという別の名で呼ばれているだけのことだ。
今では、辛さを競って優先的な交配を繰り返したり、別々の品種をかけ合わせたりして、さらに辛いトウガラシが誕生しているようだが、それらは、言わば産業としてごく近年に実験農場や実験室で誕生した品種改良ものであって、昔ながら土地の人たちが局地的に栽培していた品種ということでは、シュエランボー(ブートジョロキア)は、ハバネロやトリニダードスコーピオンとともに、世界屈指の激辛土着品種であることは間違いない。
辛さの中の味の違いまで分かる辛味愛好家に言わせると、シュエランボーは辛いだけではなくて味がいいのだと言う。ただし、生で食べるとたいていの人が腹を壊すため、煮たり炒めたりに少量使う程度にとどめておいたほうが無難で、齧るにしても火で炙って焼いておいたほうがいいとのことだ。
このシュエランボーは、チンドウィン川の上流沿いのごく狭い地域で局地的に流通していて、種子を平地に持ち帰って育てようと試みた人によると、暑さを乗り切られずに枯れたとのことだが、シュエランボーに姿かたちが酷似しているにも関わらず、温暖な平地で栽培され続けている品種もある。
それは、シュエランボーが栽培されている国土北西部のインド国境沿いの山地から連なって南下しているラカイン(アラカン)山脈沿いや、その南部に広がるエヤワディー(イラワジ)デルタ、デルタの東端にあたるヤンゴンなど、国の西部ではよく見られるトウガラシで、私は、長年かけて温暖な気候に適応したシュエランボーの平地タイプではなかろうかと推測している。
エヤワディー管区で呼ぶアーワーディーとか、各地で複数の方言で呼ばれているが、ヤンゴンでは、カラーオーディーと呼ばれていて、これが、より広く通ずる標準ビルマ語名と言っていい。直訳すると「インド人が叫ぶ実」という意味になるが、あまりの辛さに泣き叫ぶというイメージだろうか。
ヤンゴンでは幸せなことに、モーミョーディー(プリッキーヌ系)もカラーオーディー(シュエランボー系)も売られているので、激辛好きの人は、機会があれば、ぜひ食べ比べてみてほしい。
あるビルマ文字は、一つでラともヤとも発音するので、同じ文字の言葉なのにラカイン、ヤカインと二通りの読み方が存在する。そして、民族や地名に対してはラカイン、麺に対してはヤカインと言うことが多いように私は感じている。
ヤンゴンがラングーンと英訳されたのも、この文字を使っているからで、日本語で言えば、寒い(さむい)を「さぶい」と発音する人々もいるようなものだ。
この麺料理の別名をアブシャブ(Arpu Sharpu)と言うが、喉熱い舌熱いという意味になる。期待をそそる恐ろしい名前だ。
この麺も、2014年1月の同シリーズ「その3.」で紹介しているが、その後、本場ラカイン州での製麺所や専門店の写真なども溜まってきたので、改めてご紹介する次第です。
ラカイン州で訪ねた家族経営の製麺所では、底に小さい穴を空けた空き缶に麺の生地を入れ、それをトコロテン式に押し出して煮え湯の中に直接投入し、火が通ったらザルですくい上げるというシンプルな製法だった。
ヤンゴンのちょっと高級なヤカイン料理店でも、やはり、このトコロテン方式で麺を準備していた。空き缶製かどうかは不明だが。高級か庶民派かに関わらず、こうして作るのがヤカインモンティー麺のお約束のようだ。
麺棒で伸ばすわけでも足で踏むわけでもないのに、意外や意外、喉越しのいい極細麺でありながら、プリッとした弾くような食感がある。
思いがけず長らく足止めを食らっている日本でこの夏食べた中で、思わず、このヤカインモンティーを懐かしんでしまったのが、長崎名産の島原そうめんだった。米と小麦の違いはあるものの、細さといいプリプリ食感といい、すごく似ている。
日本では、なぜかごはん以外の米の活用が少ないが、麺にコシを求めるなら、ミャンマーでは小麦粉ではなく米粉のほうなのだ。そんじょそこらのそうめんよりはヤカインモンティーのほうがコシを感じるかも。
食べ方は、これも、和えとかけの二通りで、やはり基本は和えで、ちょっと軽くすませたいとか腹がすぐれないみたいなときに、かけで食べる感じだ。
いずれも一杯分の量が、ベビースターラーメンほどの少なさなので、モンティーだけで一食分をすませようと思った場合、私などは、和えとかけの両方を食べるようにしている。
まずは基本の和えから注文するのだが、必ず「辛さを減らして」とお願いするようにしている。そして、追加注文のトッピングとして、たいていの店では魚のすり身(さつま揚げ)とヒヨコ豆の寄せ揚げがあるので、和えにはすり身を追加する。
そうして出された丼には、既にすり身ごと麺が和えられていて、砕いた生トウガラシも具の一部であるかのように混ざり込んでいる。そして、うどんのネギのように、たっぷりのナンナンビーン(パクチー)がトッピングされている。
いよいよ実食。
一口、口に入れる…瞬時に、焼けるような辛味が口腔内全体をコーティングする。そして、毛穴が開くような感覚が頭全体から吹き出し、まさに怒髪天を衝くというかスーパーサイヤ人化するというか、次第に全身がカッカしてくる。
辛さを減らしてもらっても、毎回必ずこうなるのだ。
とりあえず、付け合せのすまし汁を飲んで口の中の痛みを少しでも和らげ、そしてまた麺に食らいついては悶える。やめりゃいいようなものだが、決してふざけて挑戦しているのではなく、悶絶の中にも味わいたい旨味と麺の食感がそこにはあるのだ。病みつきになるとはこういうことか。
確かに、ヤカインモンティーの旨さの中には、トウガラシの辛さだけではない味が混在している。
その中で、たいていの人がすぐに感じるであろう味が、コショーの辛さだ。
どの品種のトウガラシを使うかは店主の好み次第だが、必ず入っているコショーとの辛味の相乗効果が、数ある激辛料理の中でもヤカインモンティー独特の風味を醸し出している。
さらに、辛さの中にも爽やかさを感じさせてくれる酸味がある。なじみの店で尋ねたところ、酸味づけには、マヤン(Mayan)という樹木の実、マヤンディーを使っていると言う。この植物の学名をBouea burmanicaと言い、種小名のバーマニカは、かつてのミャンマーの英語名Burma(ビルマ)に由来しているが、その名のとおり、ミャンマーではなじみの調味果実なのだ。形も酸味もマンゴーに似ていてサイズだけ小さいので、マンゴーの若い実だと誤解されている方もいるようだが、事実、マンゴーとは同じウルシ科に属する。
なんとか、和えのモンティーを食べきったところで、満腹に近づけるためと口の中を中和するために、私は、かけを追加注文する。これにはヒヨコ豆の寄せ揚げをトッピングすることにしている。かけ麺も十分に辛いのだが、和え麺を食べたあとだと、かなりマイルドに感じるのだ。
私は、このヤカインモンティーの、特に和え麺タイプが、何も言わずに出された状態での辛さでは、ミャンマーの料理の中で一番ではなかろうかとみている次第だ。
ちょっと高級なヤカイン料理屋では、トッピングを選ばなくとも、お決まりの豪勢な具が予め加わっている完品が用意されているので戸惑うことなく注文できるが、辛さの増減ぐらいは指定できるので、まずは、辛さ控えめのかけ麺タイプから様子を見てみるのがいいかもしれない。
日本には似たような麺料理がないので、ミャンマーを離れてしばらくすると、このヤカインモンティーは、モヒンガーとともに無性に食べたくなる料理の一つで、いわゆる、あとを引く味、癖になる味、なのだろう。
麺に酸味を合わせるという点では、日本の中では冷やし中華は発想が近いかもしれない。島原そうめんに冷やし中華のタレでもかけてみるか…
いやいや、やはり、できることなら彼の地のものは彼の地で食べたい。一日も早いウィルスの収束と国際線定期便の再開を祈るのみだ。
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