2008年5月に直撃したサイクロンの影響が残るタミーラ島。左側にマングローブ樹種。2009年1月
Thamihla island affected by the cyclone in Jan. '09 (attacked in May '08). There is a mangrove tree on the left side
ここだけの話(でもないのですが)、「マングローブ」と名前に付く植物はない。
手前にいるのはヒメウミガメ
Olive Ridley Sea Turtle (Lepidochelys olivacea) on this side in Jan. '09
9月5日にも書いたが、マングローブというのは暖かい沿岸に生育する植物群全体の呼び名なので、一個で「○○マングローブ」とか「マングローブ○○」という植物はないというわけだ。
英語では種名に「○○mangrove」と名付けているものも多いが、“科”からしてぜんぜん違う種類にも一様に「mangrove」を当てているので、分類体系にもとづいた命名(めいめい)と言うよりも俗名(ぞくめい)と言ったほうがいいかもしれない。
森林を成すほどのまとまった植物群を指して「マングローブ林」と呼んだり、エリアを指して「マングローブ域」とか「マングローブ地帯」とか呼ぶこともできる。
その森を構成(こうせい)する木々は「マングローブ樹種(じゅしゅ)」と呼べ、中でもメジャーなのはヒルギ科(Rhizophoraceae)の植物で、日本では南西諸島を中心に、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギがある。ヒルギ科以外でも「○○ヒルギ」「ヒルギ○○」と名前に入っていれば、確実にマングローブ樹種だ。
マングローブ樹種の耐塩性(たいえんせい)、つまり塩分に対して耐(た)える力は樹種によって差があり、あるものは淡水(たんすい)の濃い河口などから離れることはできず、あるものは淡水から果敢(かかん)に離れて、どんどん海へ進出する。
さて、日本では、忘れた頃に「ど根性○○」みたいなのが報道されることがあるが、まさにホンマもん、こいつらはすごい!と感激させられたのがミャンマーにもあった。場所は、このブログにもよく出てくるタミーラ島。
最も近い陸地からも9キロ離れており、島の周囲は完全に海。乾季には青いが、エヤワディーデルタの南西端沖にあるためか、雨季には茶色く濁(にご)り、さすがに河の水も到達(とうたつ)しているようだ。
さらに島の上に降った雨も小川のようになって浜に流れ出ているが、海の塩分を測ったら、やっぱり塩水だし、口に含んでみても文句(もんく)なく塩からい。
一般的に汽水(きすい)に繁殖(はんしょく)するとされるマングローブ樹種だが、こんな沖の孤島(ことう)にも、その仲間は生きている。マングローブ“林”なんて立派(りっぱ)なものではない。私が数えたところ、周囲約4キロの島の海岸に5本だけある。
瀕死のヒルギダマシの仲間。2009年1月
Dying Avicennia sp. in Jan. '09
種類までは同定(どうてい)していないが、ヒルギダマシ属(Avicennia spp.)には間違いなさそうだ。この属は、ミャンマーの山地に多く原産(げんさん)する世界の銘木(めいぼく)チークと同じクマツヅラ科(Verbenaceae)に属している。“科”まで分類のくくりを広げると、分布も生態も千差万別(せんさばんべつ)になるもんだ。
3年間でここまで回復した。2012年2月
It has been recovered up to this situation for three years in Feb. '12
まず、島に入って間もなく目に付く最大のヒルギダマシは、砂利(じゃり)の多い浜に立っている。サイクロン・ナルギスが直撃した後は、ほとんど骸骨(がいこつ)状態になっていたが、現在は見事に回復し、島に立ち寄った漁師が枝にハンモックを吊(つ)り下げるほどしっかりしている。
残りは、ずーっと沖まで岩盤(がんばん)が広がる西海岸にある。浜伝いに島の周囲を巡回(じゅんかい)するときには、いつも見やり、たまに望遠レンズでのぞいているぐらいだったが、一度引き潮のときに、そのヒルギダマシらしき木が生えているところまで岩盤を歩いていってみた。
浜から肉眼で見ても目立っていた枝張りの広い一本までたどり着いたところで振り返ってみると、島の本体は、はるか後方(こうほう)に去っていた。そうか、逆だ。入り江も河口もない小島では、マングローブは陸地から海に向かって進出するという先入観(せんにゅうかん)をあらためなければならない。
大海原(おおうなばら)を漂(ただよ)っていた種が、やっと足の届く浅瀬(あさせ)までたどり着き、そこで踏(ふ)ん張り、島の海岸に根付(ねづ)いたということか。
浜からもよく見えていた2本のほかにも、さらに小さいのが2本、合わせて4本が根付いていた。どの木も、岩の割れ目に沿って根を伸ばし、空気中から酸素を取り込む根、気根(きこん)を空に向かって立ち上げ、刃こぼれした櫛(くし)のように並べている。のっぺりと乾く岩の表面よりは、たとえ塩水でも、少しは潤(うるお)っているほうがいいのだろう。
根っこのもう一つの役目、体を固定(こてい)するという点でも、溝(みぞ)にはわせて根を張るのは理にかなっている。ほんとうに、そのわずかなすき間だけをよりどころに、その地で踏ん張り、生き続けてきたのだ。
背丈(せたけ)が私の膝(ひざ)ぐらいまでしかない小さなものも、株(かぶ)はけっこう大きく、昨日今日流れ着いたものではないことがうかがえる。苛酷(かこく)な環境で育つという生い立ちは盆栽(ぼんさい)にも通ずる点があるが、意外と彼らも樹齢(じゅれい)はかなり行っているのかもしれない。
定説(ていせつ)通り、数あるマングローブ樹種の中でもヒルギダマシの仲間はとびっきり塩分に強いということは、彼らの姿を見てつくづく思い知った。彼らは間違いなくマングローブ界の開拓者(かいたくしゃ)だ。
そのマングローブヒーローを襲うのは荒波だけではない。上から見下ろしていては気付かないが、しゃがんで樹冠の裏をのぞきこむと、海に投棄(とうき)されたであろう古い漁網(ぎょもう)が枝に複雑に絡(から)みついていた。
私は野外活動のときにいつも腰に下げているナタを抜(ぬ)いて、絡まっている網をチャッチャッチャと切り裂いて次々に外し、それらを全部丸めてカーゴズボンの大ポケットに詰め込んで、ナタを鞘(さや)に収めたところで、「あっ!」。
プロジェクトの一環(いっかん)で、現在この島では海岸漂着物(ひょうちゃくぶつ)の問題に取り組んでるんだった。ナタ同様に肌身(はだみ)離さず持っているカメラで、まずは、網が絡んでいるヒルギダマシのようすを撮っておいてから外すべきだった。
身軽(みがる)になってさっぱりしたであろう彼らの雄姿(ゆうし)をしっかりカメラに収めて心は晴々だったが、ジャーナリストの方にでも見られたら、大失格を食らうことだろう。私もジャーナリストになりたいとは思ってないので、まっ、ちょうどいいっか。
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