ただし、ゾウもゾウ使いも、“何かを極めたい”とか“エクササイズのために”とかではなく、飽(あ)くまで生きる上で都合がいいと判断した場合に、そこを登る。あえて岩の出っ張りに指を引っ掛けてオーバーハングした崖(がけ)を登るようなフリークライマーとは目的が違うので、両者を比較することはナンセンスだろう。
前回から一連の写真の場面でも、左に見えている丸太をさらに下のほうに下ろすのが目的なのだが、嫌(いや)がるゾウを無理矢理に…ではなく、ゾウ使いが、この勾配(こうばい)なら右に遠回りするまでもないと判断し、より効率がいい直登(ちょくとう)をゾウに命じ、ゾウもゾウで「あいよ」とばかりに、何のためらいもなくグイグイ登っていったのである。
まして、現場での私のポリシーとして、「○○をやって見せて」などと注文を付けることもない。とにかく彼らの仕事は、高所恐怖症(こうしょきょうふしょう)では務(つと)まらないのは間違いない。
上りの達人たちは下りの達人でもある。登ってはみたものの降りられなくなった、みたいな事態(じたい)は、彼らに限っては見たことがない。
ちなみに、ミャンマーの森で仕事をする者の間では、もしゾウに襲われたなら、上に逃げろと言われている。上りは人のほうが速いが、下りだとゾウのが速くて追いつかれてしまうと言うのである。
上りは、超重量級の体を高いところに持ち上げる運動である。さすがに一歩一歩踏みしめるような足取りにならざるを得ないが、それに対して下りは、重力に任(まか)せて自分の体重を低いところに降ろせばいいのだから、上りに比べれば、はるかに楽なのは間違いない。
まるで初代ウルトラマンが空を飛ぶかのように両前脚をぐっと前に突き出し、後脚の膝(ひざ)は畳(たた)んで下半身の重心をなるべく落とし、わりと苦もなく降りてゆく。柔らかい土の斜面なら、後の膝を着いた姿勢のまま、ソリのように滑(すべ)り降りてゆく楽しげな子ゾウさえ見たことがある。
8歳の雄ゾウ。丸太引きは見習い段階
そんなゾウやゾウ使いのジャングル仕様の感覚には、私もすんなり溶け込めた。
元々、自分の体力を衰(おとろ)えさせるものや運動神経を鈍(にぶ)らせるもの、そして天然資源を浪費(ろうひ)するものなどは、自然に避(さ)けているところがある。決してストイックではないのだが、昨今のエコや節電志向以前に昔から自分の行動を左右する判断基準が、そんなだった。
出国前に上京している間などは、もうすぐ始まる撮影行のウォーミングアップにちょうどいいとばかりに、駅の階段など喜んで昇(のぼ)り降りするし、自家用車ならマニュアルギヤでなければ気持ち悪くて怖い。
今度の梅雨のころ、東京駅の階段を嬉々(きき)として昇っている原人顔の男がいたら、それは私かもしれません。
究極(きゅうきょく)の近道、崖駆け下り。さすがに私は遠回りさせていただきます
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