ミャンマー中西部、アラウンドー・カタパの森での野生ゾウの追跡初日。三キロ五キロと足跡を追うにつれ、フンは、わらぐろのように黄色く乾いたものからテカッた緑茶色のものに、踏み倒された草木は、しおれて枯れかけているものから、まだ瑞々(みずみず)しい葉っぱのものに変わってきた。時差と距離はどんどん縮まっている。
ひりたてホヤホヤの野生ゾウの糞
歩くこと約七時間。フンはいよいよ湯気の立つようなしっとりとしたものになってきた。“パコン”、突然、お茶のアルミ缶の固いフタが一気に開いたような音がした。四人全員が固まった。ウチワのようにあおったゾウの大きな耳が、太い首に当たったときに弾(はじ)ける音だ。近い。
“メキメキメキ”、太い竹を折っている。“パフー”、大きな鼻息。“パルルルー”、気持ちよさげにスカしている音まで聞こえる。我々は、もしものときの逃げ道、登る木などを確認し、忍び足で彼らとの距離を縮めていった。
味方につければ、これほど頼もしい動物はいないが、敵に回せば、これほど怖い動物もめったにいない。特に群れを怒らせると、横一列になって草木を蹴散(けち)らしながら突進してくるという。そうなると、ライフルをたずさえたレンジャーでさえ逃げるしかない。
谷間を挟んだ向こう側斜面の木々の樹冠(じゅかん)が所々で震(ふる)えている。地上で巨体が動いているのだ。針の穴をのぞくかのように密林のすきまを見通してみる。うごめく影はある。けれども形が見えない。これがアフリカのサバンナとは違うミャンマーの森のつらいところであり魅力でもある。
木立のすきまから見え隠れする頭部
追跡初日。見るには見た。耳、背、尾。確かにゾウだった。
一目瞭然(いちもくりょうぜん)の写真を目指しての追跡三日目。群れの向かう先には背の低いかん木が広がっている。絶好の舞台だ。
遂に先頭のゾウが頭を現した。思惑(おもわく)通り、かん木の丈は脇腹あたりまでしかない。顔から胴体、高々と振り上げた鼻まで見える。全身に土を浴びせているのだ。このときとばかりに、私は続けざまにシャッターを切った。
四日目。接近の機会はあるものの、あいかわらず生い茂る枝葉は、ゾウの巨体をも隠し、我々の行く手もふさぐ。“ポン”。さては気づかれたか。それは、長い鼻で地面をデコピンのように叩いたときの音で、落ち着かなかったり警戒しているときに、よくやる動作だ。
“ザザッ”。瞬間、先頭にいたチッポーさんは素早く踵(きびす)を返し、戦慄(せんりつ)の面(おも)持ちのまま手のひらをハタキのように振りながら走り出した。退却(たいきゃく)の指示だ。サンさん、私、チョーさんも回れ右して全力ダッシュ。とにかく一目散(いちもくさん)に走れるだけ走って、その場を離れた。
それは、ゾウが前足で地面をかいた音だった。地味で聞き逃してしまいそうだが、実は、それこそ、突進の準備はできたというゾウからの最終警告(けいこく)だったのである。
一週間のあわただしい日程ではあったが、何とか群れの構成まで確認できた。四頭の大人の雌に自立まぢかの雄の若ゾウ、それに乳離れしていない子ゾウの計六頭であった。
そして幸運にも、全身とはいかないまでも、これまでどのメディアも撮れていなかったこの森の野生ゾウの明らかな姿を、何とか写真に収めることができた。
公園境界に鎮座(ちんざ)する仏像に手を合わせ、精霊の像に頭を下げて、なじみの森をあとにした。
土着の精霊、マフーシンジーの像に野の花を手向けるリーダー
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