2014年9月5日金曜日

島の番人、その2. -Guardian in the island, part 2.-

「みんがらネットワーク Vol. 44, 9th Aug. 2014」寄稿文追補
シロハラウミワシの巣
Nest of White-bellied Sea-Eagle

数日前のこと、島に立ち寄った漁師が森の奥を歩いていて、地上に一羽の雛鳥を見つけた。見上げると樹上には巣があり、雛はそこから落ちたのだと分かった。彼はその木を登り、もう一羽の雛を巣の上に見つけた。売るとも飼うとも食べるとも何の計画もないままで、それでも持って帰れば何かいいことがあるかもと、まさに漁夫(ぎょふ)の利で二羽とも連れてきたのだった。

しかしこの島は、管理事務所こそないものの土地区分上は自然保護区で、さらにワシタカ科のすべての鳥は保護動物に指定されている。水産官にとっては管轄外(かんかつがい)ではあるが、いったん島からの鳥の持ち出しはとどめ、とりあえず魚を与えて生かしているという次第(しだい)だった。雛の拾(ひろ)い主(ぬし)は、近々再び来るという。

ここで私は思案(しあん)した。町場(まちば)から離れた辺境(へんきょう)の島で、役人でもないのに「法律では…」などと杓子定規(しゃくしじょうぎ)に言うつもりはさらさらない。さらに自然界で起こることには、人間はなるべく介入(かいにゅう)しないほうがいいと思っている。しかしながら本件では、明らかに漁師のとった行動が雛の運命に絡(から)んでいる。タイムスクープハンターなら規律違反(きりついはん)の介入だ。

一晩考えたのち、私は水産官にある提案を打診(だしん)してみた。落下した一羽は、本来なら死ぬところだったのだから、漁師が命を拾ったようなもの。けど、巣から捕まえてきたもう一羽は、実の親鳥に育てさせてやりたい。巣まで戻す労賃(ろうちん)も含めて一羽を売ってもらえないだろうか。水産官は賛成してくれ、やがて当の漁師も島に戻ってきた。

ここで再び私は思案した。交渉(こうしょう)に応じてくれたとして、いったいいくら払うべきか。ひとたび売買(ばいばい)を持ちかけるからには払うべきものは払うが、鳥の捕獲(ほかく)はおいしい商売になると誤解(ごかい)されても困(こま)る。

結局、漁師のほうから二羽とも巣に返すと進言(しんげん)してくれ、いったん手を出してしまった人間の介入は、最後は漁師が一羽の命を救うという大団円(だいだんえん)に向かって大きく舵(かじ)を切った。そして私は、水産官と相談した結果、ちょっと大きめの魚ぐらいの値段を彼に支払った。

巣が空っぽになって、もう五日ぐらいになる。方針(ほうしん)が決まったからには、なるべく早く返したほうがいい。我々は森の奥に向かったが、この返還(へんかん)がまたすごかった。ワシが巣を作っている木は、一人では抱(かか)えきれない太い幹(みき)が数十メートルにわたって枝もなく真っすぐ垂直に伸びている。
道具なしで巣の直下まで登った漁師
A fisherman climbed the tree up just under the nest without any tool.

二羽を入れたダンボール箱をロンジー(筒状腰巻(つつじょうこしまき))で包んで肩から下げた漁師は、何の道具も使わず、素手と裸足の内向きに挟(はさ)みこむ圧力だけで幹に張り付き、ジリジリと登っていくのだった。最後はほぼ水平の完全なオーバーハングで、直径数メートルの巣の真下に張り付き、枝伝いに巻き込んで上に乗った。ヘビでは到底(とうてい)登れないし、爪のあるヒョウなら巣の直下までは漁師より速く登るだろうが、最後のオーバーハングは攻略(こうりゃく)できないかもしれない。まさに地上からは難攻不落(なんこうふらく)の巣なのだ、漁師以外には。
ほぼ水平の枝を伝って巣に乗っかる
He moved along an almost horizontal branch, then stepped on the nest.

その日からは、いつもどおりの海岸付近での観察に加え、森の中に座り込んでの木立(こだち)越しの巣の観察も始めた。巣の真下まで行くことは控(ひか)え、念のため、座り込みは数時間限定にして、なるべく物音は立てずにいたが、どうも親鳥の居付(いつ)きが悪い。時々戻ってきては巣の上の枝や近くの別の木にしばらく止まりはする。あるときは二羽が寄り添(そ)って、ある時は別々に。けれども、巣の中に下りる時間は短いし、魚を掴んでいることも少なく、せっせと餌を運ぶツバメの子育てなどとは程(ほど)遠い雰囲気(ふんいき)だ。

残念ながら、あの漁師でもない限り巣の中の様子を俯瞰(ふかん)することはできない。果たして私の判断は正しかったのか。たとえ人手に落ちてでも生き延びれたチャンスの芽を、私はみすみす摘(つ)んでしまったのではないか…

それでも、夕方の海岸付近での観察では、二羽の親鳥は、自分だけではとうてい食べきれそうもないほどの狩(か)りを繰(く)り返していた。これは希望が持てる。特に日没後は陸側で積極的に舞っており、その足元からは羽毛が散っていた。彼らは昼の猛禽だが、どうやら他の多くの鳥よりは夜目(よめ)が効(き)くのか、樹上で眠りについたばかりの鳥を狙(ねら)っているようだった。相手にはもう見えないが自分にはまだわずかに見えている薄暗さの中での、ほんのわずかな時間の勝負だ。また、陸のヘビも積極的に捕っているが、この島に多いのはコブラだ。でかいトンビと言われたウミワシの、これがもう一つの顔である。

確証(かくしょう)のないまま、とうとう島で最後の一日が来た。その日、森の中での観察で、それまで一度もなかった巣上の動きを私はほんの一瞬感じた。すかさず当てのないシャッターを切り、ヤンゴンに帰った後にモニターで拡大してみた。それぞまさしく希望の星、ぐっともたげた子ワシの頭だった。返還してから少なくとも四日目までは、少なくとも一羽は確実に生きていたのだ。
巣から飛び立つシロハラウミワシの親鳥
A parent White-bellied Sea-Eagle is taking off from the nest.

 それから一年二ヶ月後の今年3月。水生動物との共生計画の最後に再び島を訪ねた私は、五年来(らい)のなじみの水産官にカメはさておき開口(かいこう)一番尋(たず)ねた。「ワシの子は?」「巣立(すだ)った」。かくして私はシロハラウミワシの、いわば仮初(かりそめ)の里親(さとおや)になり、相性の悪かった時代が嘘(うそ)のように、今では濃厚(のうこう)で密な関係になってしまっている、と私サイドでは勝手(かって)に思っている。

今あらためて、この人間界にいる自分を振(ふ)り返ってみると、誤解を解いて修復(しゅうふく)したいと願い続けている間柄(あいだがら)も、まだまだ残っている。深いもの浅いもの古いもの新しいもの、残された時間のうちに、いったいいくつ解決することができるだろうか。

巣立った二羽の我が子たち。いずこの岬(みさき)かまた島か。元気で生きているのやら、それとも…今も広い海のどこかで雄々(おお)しく舞っていることを祈(いの)りつつ、親父(おやじ)のほうももうしばらく、目の前の人間界でがんばってみます。
夕暮れの海岸を飛ぶシロハラウミワシ
An adult White-bellied Sea-Eagle flying around seashore at dusk

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