「みんがらネットワーク Vol. 44, 9th Aug. 2014」寄稿文追補
相性(あいしょう)の良し悪しというものは、なにも男と女の間だけの問題ではないようだ。
変化に富んだ自然の景観(けいかん)と、それぞれの環境(かんきょう)に適応(てきおう)して生きている生き物たちが見たくて、これまでミャンマーのあちらこちらを巡(めぐ)ってきた。そこでつくづく思い知らされたのが、相性の良し悪しは、遺伝子(いでんし)を越(こ)えた異種(いしゅ)間にも存在するということだ。
それを一番思い知らせてくれた奴(やつ)に最初に出会ったのは、まだミャンマーとは関わっていない三十数年も前のこと。場所はタイ南部ラノーン県のマングローブ地帯だった。ゆったり上空を舞(ま)っていたかと思ったら、いきなり急降下(きゅうこうか)し、水面をかすめるようにして1メートルはありそうなウミヘビらしきものを掴(つか)んで飛び去った。
その正体は、シロハラウミワシ。地上海上の我々(われわれ)から見ると、下面の白黒ツートンカラーがなんとも鮮(あざ)やかできれいな鳥だ。動物を扱(あつか)う業者で猛禽類(もうきんるい)好きでもある知人に言わせると、「死んだ魚も漁(あさ)るウミワシなんてのは、でかいトンビみたいなもんだ。生きた獲物(えもの)だけ襲(おそ)う陸のワシこそが本物の猛禽なんだよ」との評価。
ずいぶん見くびられたウミワシ類ではあるが、その種類は多く、日本だけでもオオワシとオジロワシがいる。図鑑や映像で見る限りは、体もくちばしも大きく、濃い褐色(かっしょく)に白パッチがよく似合(にあ)うオオワシのほうが、はるかに強そうでかっこいい。ところが、知床に住む二人の友人は、たまたま二人ともオジロワシのほうが好きだと言う。飛び姿がいいのだとか。身近(みぢか)に見ている者のみに分かる感性(かんせい)なのだろう。
世界最強とか世界最大とか世界一の美女とか…とにかく一番のものが必ずしも万人(ばんにん)にとってのナンバーワンではない、ということだ。二番手が好きだったりどん尻が好きだったり、各自のお気に入りは千差万別(せんさばんべつ)、そうして世の中うまく回っているというわけだ。
そこで、私にとってのシロハラウミワシ。最初の出会いでその姿と動きに衝撃(しょうげき)を受けて以来、いつかいいショットをと願い続けてきた。エヤワディーデルタの河口近くや最南端の町コータウンからランピ島にかけてのアンダマン海と、ミャンマーの自然巡りを始めてからも奴らと出会ってもいい環境には何度もいたし、実際に見もした。ところがだ。
目星(めぼし)をつけて待っててもなかなか現れないので、とうとうしびれを切らして海パン一丁の丸腰(まるごし)になって海に飛び込んだところで上空にやって来て、立泳ぎで傍観(ぼくかん)する私の目の前で見事に魚をかすめ捕(と)っていったり…しっかりカメラを構(かま)えているところに現れはしたものの、上昇気流(じょうしょうきりゅう)に乗っていってワシだかスズメだか分からないほどにしか写らなかったり…奴らとの間合(まあ)いはいっこうに縮まらないまま年月だけが過ぎていった。
Thamihla Island located on the border of Bay of Bengal and Andaman Sea
状況が一転したのは、私の頭も白黒ツートンになってきた2009年のこと。サイクロン・ナルギスの襲撃(しゅうげき)をきっかけに、水生動物と人との共生の道を探(さぐ)る活動の拠点(きょてん)の一つとして、ミャンマー西南端沖のタミーラ島に通い始めてからだ。
一周5キロ弱、最高点30メートル台なかばの小さく平らな島の海岸には、夜な夜な母ウミガメ(正確には妊婦(にんぷ)ガメ)が上陸して産卵する…ということだったが、巣穴を掘れる砂浜はどんどん狭(せば)まり、奥行(おくゆき)のつぼまった浜には、逆に海からの漂着(ひょうちゃく)ゴミがより内部にまで打ち上げられ堆積(たいせき)しやすくなるという負(ふ)の循環(じゅんかん)が進行していた。
Preparing for landing on Thamihla Island
現状はどうなのかということで、夜回りをしてはカメを待ちぶせて産卵を観察しようというわけだが、ここの主役はカメのみにあらず。そこは南海の孤島(ことう)ならではの魅力(みりょく)にあふれていた。まず上陸して一番に…と言う前に、まだ数キロ手前の海上の渡船(とせん)からも、島の上空を旋回(せんかい)している黒い影が肉眼(にくがん)で見えてきた。それこそがシロハラウミワシだったのだ。
彼らの能力(のうりょく)からすれば、少し高度を上げただけで小島の端から端まですべて見渡せているに違いない。こちらの海岸からあちらの海岸へ、さらに茜(あかね)に染(そ)まった沖合(おきあい)遠くまで行っては戻りと、まるで島と周りの海をパトロールしているかのように、彼らはいつも舞っているのだった。幸か不幸か、彼らが活動するのはウミガメの産卵とは真逆(まぎゃく)の昼間。おかげでこの島では、昼はイーグル夜はタートルという眠れない日々を過ごすはめになった。
私がこのワシに魅せられるポイントも、やはり一番は飛び姿だ。重力から完全に開放された飛翔(ひしょう)を、同じ空間の中、同じ潮風を頬(ほほ)に同じ潮騒(しおさい)を耳に受けながら見上げていると、決してバーチャルでは味わえない浮遊(ふゆう)感と爽快(そうかい)さを分け与えてもらえる。撮影が目的だと、身軽(みがる)に動ける態勢(たいせい)で彼らをレンズで追わなければならないが、できるなら、満天(まんてん)の星とウミワシだけは、浜に寝そべって垂直に眺(なが)めていたいものだ。
Adult White-bellied Sea-Eagle (Haliaeetus leucogaster)
よく見かけるのは二羽だが、島のサイズからして大型の猛禽が縄張(なわば)りを張るなら一番(つがい)が限度だろう。それでも島の森には小型のタカ類は住み着いているようだし、ミサゴ、ハヤブサ、季節によりハチクマなども島を訪れる。特にウミワシと餌が競合(きょうごう)するミサゴは、まるで縄張りの乗っ取りを目論(もくろ)んでいるかのようで、たまに出会うと両者は、どちらが勝つとも負けるともない切っ先五寸(きっさきごすん)の空中威嚇(いかく)戦を仕掛(しか)ける。
六度目の渡航(とこう)にいたっては、ちょうど彼らの繁殖期(はんしょくき)のクライマックスとかち合った。そこで私は、さらなる島の深みへといざなわれることとなる。水産官の詰所(つめしょ)や協力漁師の番屋(ばんや)が並ぶ浜の一角。手作りの木製テーブルの上に白くてムクムクの大きなダルマのようなものが二つ並んでいた。一目で猛禽の子だと分かったが、聞くと、案の定(あんのじょう)、シロハラウミワシの雛(ひな)だった。(続く)
Captured
babies of White-bellied Sea-Eagle
このたびはご寄稿くださいまして、ありがとうございました。
返信削除やっぱりカラー写真はいいですね!^^
こちらこそ、ありがとうございました。日本の、特に東京界隈にあるミャンマー文化の情報を得るには、「みんがらネットワーク」誌は絶好の媒体ですね。
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