2012年8月29日水曜日

M列車で行こう,その3. -Take the “M” train, part3.-

おそらく、かつてマンダレーにあった路面電車
It may be the used tram car which was used in Mandalay before

タモリさんが、鉄道がおもしろいのは単なる乗り物ではなくて総合的なシステムだからだ、みたいなことを言ってたが、ほんと、それはつくづく実感する。ましてミャンマーでは、そのほとんどが昔ながらのアナログ。

遮断機(しゃだんき)からして人力だが、開閉は上下ではなく水平方向だ。つまり、野球盤(やきゅうばん)のバットのように軸(じく)を中心にして、重くて長い棹(さお)や扉(とびら)を回転させるのだ。それをやるのが踏切(ふみきり)の番人で、列車が近づくたびに手で押して開閉している。
扉型手動遮断機。マンダレー-ラーショー線にて
Hand-operated crossing gate (door type) beside Mandalay-Lashio line

なので、閉じている踏切に先頭で出くわしてしまったなら、棹や扉の回転半径を見越(みこ)して停車(ていしゃ)しなければならない。つまり、棹の長さが10メートルなら、踏切より10メートル以上手前で待てということだ。

目的地に向かってひた走るバスと比べて、鉄道には、人生のひと時を丸ごと委(ゆだ)ねるような感覚がある。なにか包(つつ)み込んでくれるような力、深さを感じる。

大船に乗ったような安堵(あんど)をくれることもあれば、ジタバタしても始まらない諦(あきら)めをくれることもある。

乗客の人生と沿線の住民の人生をもかかえ、日々鉄路の上を往来(おうらい)している命の営(いとな)み。それが列車という乗り物ではないだろうか。

 さて、私はゴゥテイッ鉄橋を見たいがために、マンダレー-ラーショーの全区間を中一日はさんで列車で往復することしか頭になかったのだが、さすがに鉄道マニアのフットワークとネットワークにはそつがないようだ。

外国人相手の鉄橋体験ツアーがあるらしく、その場合、鉄橋の手前の大きめの駅までチャーターのバスで行き、列車に乗り込んで鉄橋を渡り、向こう側の駅で下車して、先回りして待っているバスに乗って帰るのだそうだ。

時間と忍耐(にんたい)力は限られているがお金なら準備できている、というのなら、確かにそれが一番効率(こうりつ)がいいと思う。

けど、ちょっともったいないような気もする。全区間乗ったおかげで、私は九州の阿蘇(あそ)越え以来、思いがけず何十年ぶりにスイッチバックを体験することができた。

さらに、あれほどえらそうに乗客を上下左右にもてあそんでいた列車の、ゴゥテイッに差しかかるときのおとなしさときたら…私の早足ウォーキングでも勝てそうだ。

お陰で、じっくりと絶景(ぜっけい)とスリルを味わうことができるが、決して乗客へのサービスなんかじゃない。ここで脱線(だっせん)したら、行く先が天上(てんじょう)行きに変更になってしまうからだ。

その二重人格(車格?)のようなギャップをどれだけ笑えるかも、走った距離に比例(ひれい)するのかもしれない。

全行程(ぜんこうてい)約290キロを走りきった高原列車は、当たり前のように一時間半ほど遅れ、夜の10時に薄暗い終着のラーショー駅に滑(すべ)り込んだ。その町の話は、また後ほど。
昼間のラーショー駅。一日一便、翌朝5時発の切符を求める人たち
Rashio station in the daytime. People getting tickets of the train which departs at 5:00 in the next morning (one train per day)

0 件のコメント:

コメントを投稿