2012年9月5日水曜日

赤組対青組 -Red team vs Blue team-


海を離れるにつれて陸地は高くなっていくが、満潮時の海岸線から干潮(かんちょう)時の海岸線までは潮間帯(ちょうかんたい)と呼び、その潮間帯に茂る植物群のうち、特に熱帯、亜熱帯に見られるものをマングローブ林と呼んでいる。

つまり、マングローブ林は、潮が満ちると海水に浸かり潮が引くと地面が顔を出すという海と陸の境界にできる。満ちてれば森の床は、たいてい濁(にご)った水で覆(おお)われていて色気(いろけ)なく、引けば引いたで茶色や灰色の地面が顔を出し、これまた地味(じみ)な光景(こうけい)だ。

けど、近づいてみると闇夜(やみよ)の空に星が瞬(またた)くように、泥(どろ)の上に鮮(あざ)やかな赤が点々と散りばめられている。が、近づきすぎると赤い星は一つ二つと消えていく。

赤星の正体はカニだ。オスの片方のハサミが異常に大きくなるシオマネキ(Uca sp.)の仲間で、エヤワディーデルタなどでは赤い種類が目立つ。よくよく見ると、小さいほうのハサミでチマチマ泥を突っついては、おちょぼ口にせっせと運んでいる。泥の中の小さな生物や遺骸(いがい)を濾(こ)して食べているのだろう。

カニとの距離をどこまで縮められるかは、こちらの抜き足・差し足の腕、いや、足にもよるが、一匹一匹のカニの大胆(だいたん)さのていどにもよるようだ。ある者は、ほとんど巣穴に足を引っかけていて、いつでも潜(もぐ)って逃(に)げられる体勢(たいせい)でいる。ある者は度胸(どきょう)がいいのか食いしん坊なのか、けっこう巣穴から離れるが、人の接近を感じると、やはりジワジワ巣穴のほうに後ずさり、いや、横ずさりしてゆく。

どうやら彼らは、自分たちが鮮やかで目立つ体をしているのを自覚(じかく)しているようなのである。まさか人間のような思考(しこう)は持ってないだろうが、遺伝(いでん)的に身についている感覚なのだろう。

デルタから離れた沖の孤島(ことう)、タミーラ島の砂浜には、目と触覚(しょっかく)が合体(がったい)しているようなツノメガニ(Ocypode sp.)の仲間がいるが、赤い体の者は、茶色や黄色系の砂の上では、かなり目立つ。

こいつらのアップを撮影するのは、むちゃくちゃ難しい。元々少ない私のオーラをさらに消して、“お前なんか食いたくもねえテレパシー”を発しても、10メートルに近づいたぐらいで、もう穴に潜ろうとする。

太めのウィンナーのような縦長の目は、かなり遠くまで見えるのかもしれないが、同じツノメガニでも、砂と同じような色をした種類は、よっぽど自分の地味さに自信があるのか、デコピンを食らわせそうなほどに近づけた。鹿(か)の子模様の子ジカと同じで、自分の体は動かないほうが見つかりにくいという感覚が身についているのだろう。

マングローブの泥の上に戻(もど)ろう。赤に比べると数ははるかに少ないが、青いカニもいる。

シオマネキを含めて数種類いるかもしれない。体も赤よりはるかに小さいが、勝(まさ)るとも劣(おと)らぬ鮮やかさで、赤以上に用心深(ようじんぶか)くて、なかなか距離を縮めることができない。

一回り大きいにもかかわらず、鮮やかなカニたちの間を目立つことなくスタスタ走り回っている泥色の地味ーーーなカニもいる。我が身の風貌(ふうぼう)をふり返って赤組や青組をねたんでいるのかどうかは分からないが、小さな赤いカニの死体を持ち運んでいるところを見たことがある。自分で捕(つか)まえたのか死体をひろったのか。

そんな地味で大きなカニも、さらに大きなものには、やはり食べられてしまう。水の中を活発(かっぱつ)に動きまわるヘビが一瞬にしてカニに食いつき巻き込んで、のみ込んでしまったところを見たことがある。

そのエグーいシーンは、この書き込みの終わりに載(の)せますので、ハイズリモノの苦手(にがて)な方はパスしてください。種類はまだ同定(どうてい)できていないが、これまた全身土色の地味なヘビだ。

カニの中でもめったに他の者に食われそうもないのが、ノコギリガザミ(Scylla sp.)の仲間だ。大きなノコギリガザミになると、その硬(かた)い甲羅(こうら)を噛(か)み砕(くだ)いたり、丸のみしたりできるのは、かなり大型の捕食獣(ほしょくじゅう)、は虫類ならワニやニシキヘビや成長したオオトカゲクラスに限定(げんてい)されるだろう。

大きくて肉付きがいいがために、逆に人間には集中的に獲(と)られてしまっている。マングローブに覆われた島の水路に入っている漁師を調べたところ、約半数はカニ漁師だった。

人と来れば、その次は…。東南アジアの海岸には、その名もカニクイザルというサルがいる。ニホンザルと同じマカク属の仲間だが、はるかに尾が長い。エヤワディーデルタでは、その尾をカニの穴に入れて、わざと鋏(はさ)ませたところで引き上げると言われている。

残念ながら、尻尾(しっぽ)釣りの現場は見たことないが、これが本当なら、いったい、どれぐらいのサイズまで釣り上げられるのだろうか。大型のノコギリガザミに鋏(はさ)まれたら、逆に尻尾をちょん切られるんじゃなかろうか。

どんな結果になるにしても、まずは、獲物(えもの)がかかった時の、つまり尻尾を鋏まれた瞬間のサルの表情を見てみたい。
(以下、エグーいシーン)

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