ここ数年、頻繁に訪ねていたミャンマー最南の行政区、タニンターイー管区では、理解ある同行者のお陰で、懐を気にすることもなく各地のローカルフードを堪能することができた。
そこで今回は、過去に連載した書き込みからは漏れていた南部独特の麺料理を紹介します。
まずは、タニンターイー管区中部に位置する沿岸の町、メイッ(Myeik)あたりが起源ではないかと思われる焼き麺、カジーカイッ。
メイッという地名のビルマ語表記では、文字の頭は確かにMの音なのだが、口で発音する際には、地元の人もヤンゴンの人も「ベイッ」とBに訛るので、会話の際にはご注意を。
なんで過去の書き込みで触れなかったかなあと、今さらながら不思議に思うぐらいヤンゴンでもメジャーな焼き麺なのだが、ただの焼きソバの麺違いでしょ、ぐらいの先入観が、私の中にあったのかもしれない。
けれども、ヤンゴンの専門店や本場のタニンターイーでよくよく味わっているうちに、単に焼きソバの一種と括るべきものではないだろうと思えてきた。
中華麺の焼きソバ(カウソェジョー)や焼きビーフン(チャーザンジョー)が、元々は中国起源の料理であるのに対し、このカジーカイッだけは、ミャンマー土着の焼き麺と言えるかもしれないのだ。
カジーカイッは米の平麺を炒めた料理で、カジーはハサミでカイッは噛むという意味だ。その麺が、生地をハサミで乱雑に切り分けたのではなかろうかと思えるような、幅も長さも不揃いな場合があることから、こう名付けられたのだろう。
そして、カジーカイッを名乗っている限りは、具には、エンドウ豆が含まれているはずだ。エンドウ豆は、主役ではないものの欠かすことのできない脇役で、親子丼の中の玉ねぎのような存在だ。
茶色く熟したエンドウ豆を煮たものは、ペーピョゥと言って、ミャンマーでは朝食などでよく食べられるが、麺料理でエンドウ豆を使うのは、このカジーカイッだけかもしれない。
さらに、モヤシもお約束の食材で、炒める具に入ってるか、タレに漬けた生のものが添えられてるか、その両方ともあるか、である。
炒めたり生モヤシを漬けるのに使う、その濃褐色の醤油状のタレは、正統派の店なら、ニッパヤシの樹液で作ったものを使っている。
以前、ニッパヤシの茎の切り口からまさに樹液を集めている最中の壺を、マングローブ林内で手に取ったことがあるが、その強烈な匂いは、餌として入れたスイカを取り替えずに一週間ほったらかしてしまった夏の虫カゴのようだった。
とにかく、酒にもなるニッパヤシの樹液が発酵調味料にできることは間違いなく、それを使ったカジーカイッには酸味がある。
まとめると、米の平麺、エンドウ豆、モヤシ、ニッパヤシ調味料、これらが揃っているのが、正統派カジーカイッと言える。
あと、鶏、豚、魚介類などから選ぶ肉けの具と卵が、一緒に炒められるのが一般的だ。
そして、専門店や本場のタニンターイーでは、決まって箸で食べさせようとする。
中華麺の焼きソバだと、スプーンとフォークのセットが添えられるのがふつうなのだが、カジーカイッには、掴みづらい豆が入っているにも関わらず、なぜか箸なのである。
これは、麺のみならず、タイ料理とミャンマー料理の決定的な違いで、日本人がタイ料理を好きになる大きな理由でもあるだろうと、私は思っている。
ミャンマーの森に長く入る前、麓の田舎町での食料の買い出しには何度も付き合ってきたが、調味料として砂糖を買われたことは一度としてなかった。
料理に砂糖を使うことなど、ミャンマーでは、まずはありえないのだ。
お菓子でも作ろうかというぐらいの上流家庭でもなければ、台所には砂糖自体置いていないかもしれない。
ところが、日本とタイでは、砂糖は料理には欠かせない調味料となっており、パッタイを初め、タイの麺料理の味付けには砂糖がふんだんに使われる。
ラーメンに砂糖を混ぜるなんてと、タイの屋台が衝撃的に日本で紹介されることもあるが、日本人も、肉じゃがとかすき焼きとか、煮物や鍋物に砂糖を使い、その甘ったるいすき焼きのシメにうどんを入れたり、みりんの効いた出汁汁を麺にかけたりと、勝るとも劣らぬことをことをやっている。
これはもう、ミャンマー料理からすればどちらも衝撃で、特に田舎の人だと、温かいおかずや汁が甘ったるいというのは、むしろ気持ち悪がるかもしれない。
もちろん、ミャンマーのコーヒーや紅茶は、人をカブトムシ扱いしやがってと言いたくなるほど甘ったるいし、黒糖やヤシ砂糖をお茶うけにしたり、餅米や寒天やココナツなどをベースにした甘ーい伝統菓子も数多くあるのだが、おかずが甘いのだけは勘弁してよ、なのだ。
40年近く前に初めてタイを訪れ、いずれタイ料理は、日本人にも大人気になるだろうという予感はあったが、その後、ミャンマー料理に出会い、日本人にとってタイ料理のハードルが低いのは、料理に甘味を使うという和食との共通点があるからではなかろうかと思うに至った。
タニンターイー管区の中でも最南部のコータウン郡には、タイから移住してきた人も多く、日本でも話題にされた砂糖ラーメン、クイッティアオの専門店も多い。
タニンターイーでの発音は、クェティーオーぐらいに聞こえるが、タイ語で注文したり、タイの通貨、バーツで支払えたりもでき、味も、お約束どおりの甘さだ。
そして、タイ国内の店と同じく、さらに自分好みの味にしたい人のための調味料セットも卓上に置かれていて、その中には、もちろん、トウガラシも砂糖もある。
私は、さすがに追い砂糖はノーサンキューだが、すき焼きのシメのうどんには賛成するぐらいなので、コータウンにいる間は、ヤンゴンでは食べられない甘麺、クイッティアオを何杯も味わい尽くした。
肉は、作り置きの豚か鶏から選べ(イスラム系の店は鶏のみ)、それに、魚のすり身(さつま揚げ)やゆで卵などが、店によっては加わる。
そして、ネギ(チャットンメイ)、パクチー(ナンナンビーン)、空芯菜(ガゾンユェ)などの青物が添えられる。
麺は、主に米の平麺と細麺だが、豆を使っていると思われる透明な麺や緑の麺にも当たったことがある。
さらに、所変われば品変わるで、全国区のメジャーな食べ物でも、地方ごとに微妙に違っていたりするが、タニンターイー管区は、全体的に具だくさんで気前がいい印象を受けた。
中でもコータウンの軽食屋で食べたスィーチェッカウソェ(油絡めソバ, http://onishingo.blogspot.com/2014/01/4-uncommon-ordinary-noodle-part-4.html )はユニークだった。
湯切りした中華麺には、蒸した鶏肉などを乗せるのがふつうだが、その店のは、その鶏肉を覆うかのようなうれしい追い打ち、目玉焼きがトッピングされていた。
この麺料理は、これまで何百杯と食べているはずだが、目玉焼きとの組み合わせは初めてだった。
そして、セットで付くお約束のすまし汁は、せいぜい味の素にコショーを合わせた程度のものだが、その店では、スパイスの効いたカレー味のスープが付いてきて、バナナの茎が具として入っていた。
油絡めソバをカレー味の付け合わせで食べたのも、バナナの茎とカレー味の組み合わせも初めてだったかもしれない。
バナナの茎と言えば、モヒンガーの具としては定番で、それ以外では、インド式のカレーの店で、スパイスをほとんど効かせない野菜煮込みの中に、たまに入っている程度だ。
ミャンマーの大衆軽食屋と言える通称ティーショップ(ラペッイェサイン)では、メインのミルクコーヒーやミルクティーの他、賑わっている店であればあるほど食事も充実していて、各種の麺類や、中華風の揚げパン(イーチャーコェ)も肉まん(パウスィー)も、インド風の焼きパン(プラター)もあり、あらゆる食をボーダレスで提供する。
そんな多様な食材のやりくりの中で、その店オリジナルの組み合わせが生まれてくるのかもしれない。
最後に紹介するのは、タニンターイーを食べ尽くした旅路の中で出会った麺の極めつけ。
それは、管区の首都ダウェーとコータウンでいただいた極めてシンプルな料理だった。
まずは、コータウン郡の田舎にて。
仕事の行程の中で、たまたまおじゃますることになった家庭でたまたまお呼ばれしたのだが、ひと目見て、これまで何千杯と食べたどの麺料理とも違うということは、我ながら瞬時に察知した。
名前を尋ねると「ダウェーモンティー」とのこと。
モンティーは、麺の軽食の俗称・総称のような言葉だが、ダウェーの町は、コータウンからは四百キロ以上も北に位置する。
けれども、ダウェー族は、コータウンの南端にまでタニンターイー管区全土に広く住んでいる。
この場合、地名としてではなく、ダウェー族の麺、というようなニュアンスなのだろう。不覚にも、当のダウェー語では何と呼ぶのか、聞くのを忘れてしまった。
使っていた麺は、ミャンマーでは一般的な米の細麺で、それに半透明の汁をかけていただくのだが、食べる前から、まずは匂いに惹かれた。
鰹節とか煮干し(いりこ)とか、魚の香りは日本人にはおなじみだが、それをはるかにしのぐ魚魚した香りが漂うのである。
汁の中には、ほぐされた魚の身も入っており、出汁も具も、ベースは魚で、それをパクチー、ササゲ、ライム、トウガラシなどで好みの味に整える。
その風味は、グルタミン酸云々なんてもんじゃなく、旨味も臭味も、魚のエキスと言うエキスは丸ごと味わい尽くす、といった感じなのだ。
日本でも、尾道ラーメンなどは、かなり煮干しの風味が強いが、魚食民族日本人でも、これはさすがに…と閉口する人も結構いるかもしれない。
例えるなら、鰹節をしっかり煮出しただけの透明な汁を、まだ味噌などで味を調える前にそのままそうめんにぶっかけて食べるのを想像してみてほしい。それが、イメージとしてはかなり近いかもしれない。
瀬戸内で生まれ育った私でも、これほど魚魚しい麺料理には、さすがに出会ったことがなかった。
使った魚はダツのようで、作り方を想像するに、生のダツを丸ごと煮て、出汁が出きったあとで分解し、頭や骨は捨て、ほぐした身は、そのまま具として汁に残したものと思われる。
ダツは、温かい海に多い細長い銀鱗の魚だが、スープも具も、ダツ一本槍のようだ。
そこに、塩味と酸味が加わっていて、玉ねぎも一緒に煮込まれていた。
同様の麺に出会ったのは、管区の首都があるダウェー県内の、町場から遠く離れた山村の露店だった。
料理名は、ダウェーモヒンガーとのことだったが、モヒンガーはミャンマーの代表的な麺料理なので( http://onishingo.blogspot.com/2014/01/2-uncommon-ordinary-noodle-part-2.html )、やはり、ダウェー族の麺、ということなのだろう。
コータウンのと同じく、食べる前から香りだけで分かる魚出汁で、ここでは、予め汁をかけた状態で出してくれたが、ほぐれた魚の身と玉ねぎの具に、トッピングは、山盛りのパクチーだった。
そして、店の傍らの草むらには、細長い魚の骨が捨てられていた。
海からは数十キロ離れた山中にもかかわらず、やはりそれは、ダツのようだった。
ミャンマーでは淡水産のダツも見たことあるが、魚体のサイズと周囲の河川の状況からして、海水産で間違いないだろう。
たまたま縁のあった五百キロ近くも隔てた店と家庭で、ほぼ同じ味とスタイルの麺料理に、私はありついたことになる。
これはもう、それぞれの料理人の工夫などではなく、明らかにダウェー族の中でレシピが確立しているダウェー族オリジナル麺、と言っていいだろう。
まだ紹介していなかった麺について、ついつい長々と書いてきましたが、タニンターイーを旅したのは、決して食べることが目的だったわけではありません。
ちゃんと、別のやるべき大きな目的があったのですが、働く前や後には食べる喜びがそこかしこにあり、それを一緒に味わってくれるすてきなパートナーもいてくれた。だからこそ、仕事のほうも成功裡にやり遂げることができた。ぐらいには言わせてもらっても差し支えないかもです。
ニッパヤシの調味料、魚の出汁と具…
タニンターイー管区は、旅情を裏切ることのない南国の味覚に溢れていた。
# 麺と食に関する書き込みは、あと数編続きます。
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