2019年11月9日土曜日

オスプレイ、世界を征す ―Osprey conquers the world

ミサゴ
Osprey (Pandion haliaetus) Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

食物連鎖の原理からして、食われるものは数が多くて、食うもののほうは数が少ない。それを簡単に表したのが、生態ピラミッドというものだ。
そこで、他者からめったに捕食されることのない、より強力な高次の消費者(捕食者)の存在を「生態系の頂点に立つ」みたいに例える。

闘いを挑まれても相手を負かせてしまうのだから、生まれ変わるなら絶対に捕食者、と思ってしまうが、そこらに生えているものや転がっているものを食べるわけにはいかず、ただ食べるためだけに、毎回、命がけの真剣勝負にいかなければならないという宿命が伴ってしまう。
その努力を怠れば、即飢え死にという体の仕組なのだから、それはそれでつらいだろう。

強力で巨大なゾウなどは、襲われることはなくても、自分から捕食に行くこともないので、生態系の頂点に立つとは言えない。誰も襲わない誰にも襲われないという存在は、ピラミッドの内も外も自由に行き来しているかのようで、風や雨と同じ環境そのもののようで、生き方としては、最もうらやましくも見える。ただ、巨体を維持する苦労は時に命取りで、それもそれでつらいのだろうが。

陸上の動物の中で、主に肉を食べる哺乳類のグループは、その名も「食肉目」という非常に分かりやすいくくり…だったのだが、なぜか今では、「ネコ目」という呼び名に変わってしまっている。
ネコ目イヌ科のキツネ…動物にそこそこ詳しい人でなければ訳が分からなくなりそうだ。
ある動物番組で、ナレーションと解説テロップ付の映像を見ならがコメントするスタジオの芸能人が、「へえー、クマってネコの仲間だったんだ」と言っていた。
今の分類の呼び方だと、その受け取り方が最も自然、無理もない。

その道の権威の人たちは、時にユーザーの庶民感覚を無視したこだわりの大変革をぶちかましてくれるので迷惑する。
このあたりのことも、昔の図鑑のほうが庶民寄りだったかもしれない。

人間界への愚痴はひとまず置いといて、哺乳類について見れば、やはり肉を獲って食べるいわゆる肉食獣は、草食獣に比べて、はるかに個体数が少ない。
中でも、生きた獲物を狙うことに特化した捕食獣となると、狩場を確保する都合もあり、生息できる数がぐんと減ってくる。実際、野外で彼らと遭遇できることも、めったにない。

その捕食獣の中でも、一瞬で獲物を仕留め、息の根を止めることに長けているのが、ネコ科の猛獣であろう。
陸上最速の走力、動物最長級のジャンプ力、豪腕からのパンチ力に鞘に収めた鋭い爪、分厚い咬筋に情け容赦ないツララのような牙、などなど、生息環境に合わせて進化した身体能力を駆使し、ありとあらゆる動物を餌にしようと、文字通り虎視眈々と狙っている。

そのネコ科の中でも、分布域の広さにおいては、ヒョウが際立っている。
ネコ科で45番手の大型の体格でありながら、アフリカとアジアを股にかけて、乾燥した平原から熱帯雨林から雪降る針葉樹林まで、多様な環境に適応して生息できている。
すべての要素で高い能力を持つヒョウのすごさ、恐ろしさは、私もミャンマーの森で実感し、拙著でも紹介したが、彼らを陸上競技で例えるなら、十種競技の選手のような安定感で、バランスのいいマルチ系アスリートハンターなのである。

ヒョウ以外の捕食獣では、集団での狩りが専門のイヌ科のオオカミや、肉食獣最小のイタチ科のイイズナなどが、かなりの広範囲に分布している。

一方、地上の哺乳類、水中の魚類に匹敵する勢力で、世界の空を席巻しているのが鳥類だ。
その中で、捕食者として制空権を握っているのが、地上の猛獣に対比して猛禽と呼ばれるグループである。今の分類法で言えば、昼のハンターであるタカ目とハヤブサ目、夜のハンターであるフクロウ目の鳥たちが、これに当たる。

空中を移動できる鳥は、いくらでも生息範囲を広げられそうな気もするが、意外とそうでもなく、生息地には、やはり偏りがある。同じ熱帯雨林でも、アフリカ、アジア、南アメリカでは、顔ぶれの違うメンバーが繁栄しているし、日本と東南アジアでは、分類上近いグループでも種類は違っていたりする。


食物連鎖の原理からして、数の少ない捕食者になると、なおさら各種類ごとの生息地は限定されそうなものだが、生粋の生き餌のハンターでありながら、世界を制覇している例外的な鳥がいる。
魚捕りのスペシャリスト、ミサゴだ。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN

高次消費者の原則通り、生息密度は高くないが、氷結する極地を除き、まとまった水のあるところなら、五大陸にまたがって広く分布している。
外見も、色の濃淡などの個体差はあるものの、ミャンマーで見るものも日本で見るものも、別種とする説もあるオセアニア産の写真を見ても、それほど差を感じないので、生息地が途切れなく連続している証拠と言えるかもしれない。
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

同じく魚を捕るのが得意な昼の猛禽としては、ウミワシの仲間がいるが、彼らは、水面近くに浮上している魚やウミヘビなどを見つけると、放物線とは上下逆さの弧を描くような形で下降し、ほぼ水面に平行する体勢で獲物に最接近して脚だけを水に入れてかすめ取り、そのまま弧の延長線上に浮上する。
シロハラウミワシ
White-bellied Sea-Eagle (Haliaeetus leucogasterThamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

それに対してミサゴの最終アタックの姿勢は、斜め上方から翼を畳んで足を突き出して、弾丸のような形になったまま魚めがけてダイブする。
魚を掴んだ時点では、全身が水中に潜っているが、ワシタカの仲間でそれができるのは、ミサゴだけだ。
若いシロハラウミワシ(下)を威嚇するミサゴ(上)
An Osprey threatens a juvenile White-bellied Sea-Eagle. Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

他にダイブができる鳥と言えば、同じく魚捕りのスペシャリストであるカワセミやアジサシやカツオドリなどがいるが、彼らが嘴からくわえに行くのに対し、必殺の爪から行くところが猛禽たる所以、まさに鷲掴みである。
人間の手の指なら、前4本と後ろ1本、ほとんどの鳥では、前3本、後ろ1本の足指で握るのに対し、ミサゴは、暴れるぬるぬるの魚体を逃さぬよう、前2、後ろ2で掴むことができる。

Iyo-shi, Ehime, JAPAN

ここに掲載した連続写真は、途中をかなり端折っており、実際は、完全に水没して数秒経ってから再び浮上し、翼を持ち上げて羽ばたきを始め、やっとの思いで体を宙に舞い上げ、それでも何度も魚体が水面を弾きつつ、どうにかこうにか離陸(離水?)に成功していた。

この高速ダイブと力強い浮上がミサゴの真骨頂ではあるが、足だけ水に浸けて飛ぶ場面を、ごく最近、マングローブ地帯の幅の広い水路で見かけたことがある。
地元の船頭さんによると、食後に足を洗っているのだと言う。
それは、ウミワシのように一瞬かすめるなんてもんじゃなく、まるで水上スキーをしてるかのように、足を浸けたまま一直線に飛んでいった。
Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

陸ではネコ科が、やはり狩りの後の刀の手入れのようなことをする。
私が観察した例では、夜の暗い茂みの中、ベンガルヤマネコが掌を丁寧に舐めていたが、閉じぎみの目もとろんと垂れて、それはもう食後のくつろぎタイムといった感じだった。

一方、ミサゴの足洗いは、水平に広がる水と空気の境目を切り裂くように、高速でツーっと真っすぐに滑っていくのだった。
これなら、偶然にもワニの牙にかかることもないだろう。
こんなかっこいい狩りの締めくくりの作法、私は他に見たことがない。
水辺の騎士のように見えた。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN
ハヤブサ
Peregrine Falcon (Falco peregrinusMasaki-cho, Ehime, JAPAN

もう一種、世界を制覇している猛禽がいる。こちらは、鳥捕りのスペシャリスト、ハヤブサだ。
ハヤブサの仲間は何種類もいるが、ハヤブサ一種に限っても、彼らの生息域は極めて広い。ワールドワイドだ。
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.
Indawgyi Wetland Bird Sanctuary, Kachin State

急降下のときの速度は鳥類最速と言われ、それは生物界最速も意味するが、高速で鋭い爪の打撃を受ければ、たいていの鳥にとっては致命傷となる。
あまりの高速で地上に突入するのはリスクが高すぎると見え、地面激突の心配のない空中にいる飛行中の鳥を狙う。
獲物にするターゲットを絞って進化したハンターであるという点が、ミサゴと共通しており、その特殊能力が繁栄の原動力なのだろう。
Masaki-cho, Ehime, JAPAN

オスプレイにファルコンにイーグルとくれば、なんか動物以外の別の趣味の方々の検索にヒットしそうなワードばかりだが、これらすべてが猛禽類の英語名である、とともに軍事用の航空機の通称でもある。
最近では、本家の鳥のほうは存じないまま、オスプレイと言えば危険な空の乗り物、としか思ってくれない人が結構おられるのではないだろうか。ミサゴにとっては迷惑な話だ。

力強さと安定感が求められる航空機には、華奢な羽は縁起が悪いのか、あまり昆虫の名前を聞くことはないが、実際にある(あった)のは、昆虫界最速級の肉食昆虫トンボ(ドラゴンフライ)、強烈な一撃をくらわすスズメバチ(ホーネット)、吸血でダメージを与えるカ(モスキート)など、やはり、戦闘的なものが名を連ねる。

「ウルトラマン」に出てくる科学特捜隊の専用機がジェットビートルという名前で、当時はビートルズも流行っていたおかげで意味も分かり、「人が造った鉄のカブトムシ!なんていい名前」と思ったものだが、本当の綴りはVTOL(ヴィトル)で、固有名詞ではなく、垂直離着陸機を指す専門用語らしい。
とかくドンパチの多い日本の空想ドラマでは、飛行メカは、ミサイルやレーザー光線も備えていて、宇宙空間にも飛び出す。
かくして、ヴィトルに続くは、その名も、究極のタカ、ウルトラホークとなった。

一方、威嚇に使う程度の機関銃ぐらいしか備えていない英国の救助専用機の名は、サンダーバード。
さすが、暴力を好まない紳士のメカは穏やかな雷鳥か、と思いきや、これまた意外、ライチョウの英名は、Ptarmiganで、雷は入ってなかった。
英語圏でのサンダーバードとは、雷を操るとされる架空の鳥で、東洋で言えば鳳凰のような神秘的な存在なのかもしれず、やはり、攻撃的なニュアンスはないかもだ。
ちなみに、列車「雷鳥」の後継車両を「サンダーバード」としたのは、外国人には、まったく別物への変更と、とらえられてしまう。知ってか知らずか、日本人の間でのみ通じる遊び心か。

それにしても、数ある軍用機の中でも、オスプレイほど有名になったものはないだろう。
その理由が、墜落事故の多さ。これまたミサゴにとっては迷惑な話。ダイブと墜落は違う。
そして、その原因については、ほとんどが「器機の欠陥ではない」「操縦士のミスによるもの」とされる。
殉職された声なきパイロットに全責任を負わせて、莫大な富をもたらす高価な軍事商売のエース機を必死で守ろうとしているように聞こえてしまう。
統計では、オスプレイの事故件数だけが突出しているわけではないとも聞いたが、操縦ミスとされる事故の多さでは、やはり、オスプレイが際立っているのではないか。

操縦が難しい。生身の人間には、なかなか手に負えない。そのような機械を危険と呼ばずして何だと言うの?
いかにすばらしいピアノ独奏曲を作曲しても、一度に十本の指で鍵盤をまかなえる楽譜でなければ、独奏曲としては成立しない。
作り手は技術を無限に開発できても、人間の運動神経・運動能力・認知機能などを超えるものである限りは、有人の乗り物、道具としては不適格ということだ。

部品の電子化が進み、技術者の開発する技術をデザイナーがすべて飲み込んでいったためか、取扱説明書がどんどん分厚くなり、あれもこれもできる機能満載になってきてから、なんか、身近な電気製品が使いづらくなっていった。
そう感じた庶民は私だけではなかったのか、日本の家電メーカーが軒並み世界のトップ集団から脱落していったのが、ちょうど、その頃からだったような気がする。単なる偶然ではなかったのかもしれない。

重い獲物を掴んでの力強いミサゴの上昇力を見れば、輸送機だからこそ、その能力にあやかりたいという発想は分からないでもないが、軍用機に猛禽の名を冠するのは、いい加減にやめてもらいたい。と言うか、そういう需要がある世界から早く変わってほしい。

戦闘機以外で猛禽の名をいただく現役の飛翔物としては、この瞬間も猛烈なスピードで宇宙空間を旅している「はやぶさ2」がいる。
今のところ、スターウォーズ構想のようなキナ臭さのない小惑星探査、生命の起源を探る科学的な目的のためだけに活動しているようだ。

第二次大戦後の日本政府の不戦の誓いは、実のところは建前だったのか、民間による乗用車の開発などは進んでいったものの、軍事とは真逆の目的で世界のトップを目指そうというような起死回生の発想の転換は、政府にはなかったように見える。
例えば、世界最高水準のレスキュー技術を備えた本物の(自衛ではなく)救助隊、それも国境なき国際救助隊でも確立していたならば、今の時代こそ、丸腰のままでいても、どの国からも、どの軍隊からも一目置かれていたに違いない。英国の空想ドラマに先を越されてしまったが。

そんな中での、戦闘機「隼」から宇宙船「はやぶさ」への進化、改名。この大変革には、本家の猛禽「ハヤブサ」も、心があれば、さぞ喜ぶことだろう。
日本政府が、本気で平和目的に力を注いで世界のトップに躍り出た稀なケースと言えるかも。
もしかして、最大の功労者は、「2位じゃダメなんでしょうか」と宇宙開発者たちをけしかけた鳳凰…じゃなくて蓮舫さん?お名前に方舟まで入ってる!
優秀な飛翔生物である猛禽類の名を冠する世界中のすべての鉄の塊が、銃器火器を放棄した優れた飛翔物に置き換えられていくことを望むばかりである。
Iyo-shi, Ehime, JAPAN
Masaki-cho, Ehime, JAPAN
Thamihla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

ミサゴもハヤブサもワシも、この世に生まれたものの天命に従い、当然のこととして、とことん生き抜いているだけのことで、彼らには正義も悪意もない。
必殺の武器を振りかざし、心を持たず狩りを繰り返す彼らのスタンスを、僭越ながら、私が代わって言葉にしてみます。
「捕食と殺戮は違うよ、あんたらの飛び道具と一緒にせんといて」。
Masaki-cho, Ehime, JAPAN

2 件のコメント:

  1. 身近な所でもこういった鳥達が見られることを知り、空をちょくちょく眺めるようになりました。
    少し世界が広がった気がします。

    長編脱線も面白かったです。
    ネコ目イヌ科。。

    今度海辺にも見に行ってみようと思います。

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  2. 鈴木さん
    お便り、ありがとうございます。
    日本の市街地からミャンマーの辺境まで、これからも生き物の探求を続けていきます。新刊の構想も湧いてきています。
    字数制限のないネット環境をいいことに、文章もダラダラと思いつくままに書き綴っていきますので、時々このサイトに立ち寄っていただいて、またお付き合いしてやってください。

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