2019年8月8日木曜日

ミャンマー自然探訪、その8. -マンゴー百景- ―Exploring Myanmar Nature, Part 8. -Various views of Mango-


「ヤンゴン日本人会」2019年7会報寄稿文原文
2月, ヤンゴン市街
Flower of Mango in Feb., Central Yangon

「センタロウというのが一番うまいと聞いたんだけど、いつ頃どこで食べられますか」赴任して間もない方から尋ねられた。「え?あっ!あーぁ」。これはマンゴーの話で、彼の言うセンタロウとは、その中の品種の一つ、セインタロンのことだった。セインはダイヤモンド、タロンは一粒という意味だが、果物屋で「センタロウ」と問えば、たぶん通じる。これは「掘った芋いじるな」以来の歴史的超音訳の傑作だ。
3月, ヤンゴン市街
Fruits of Mango in Mar., Central Yangon5月, ヤンゴン市街
in May, Central Yangon

マンゴーは何種類あるかとミャンマーの人に尋ねると、たいてい百という数字が返ってくる。マンゴーに関する新聞記事でも100種以上とか200種とか紹介されているが、ある文責者記名の特集コラムでは、古くからある土着マンゴー51種の名を挙げていた。とにかく形もサイズも味もいろいろ存在することは確かだが、種類としては、マンゴー(Mangifera indica)という一種類の植物である。現存する人類はHomo sapiensという一種のみで、その中におびただしい数の民族がいる。同じように、野生生物には亜種があり、家畜や農作物では無数の品種に分かれていく、というわけだ。
上段インクェセインタロンマチッス
下段バダミャーガマウッシュエヒンタ
Upper: Yin Kwe, Sein Taron, Ma Chit Su
Lower: Badamya Ngamauk, Shwe Hinta

ビルマ語でマンゴーはタイェッ、その果実はタイェッティーとなる。セインタロンは、ミャンマー産マンゴーの最高級とされ、握りこぶしぐらいの中玉でも、800チャットとか1,500チャットとかする。換算すると100円を超えるものもあり、ミャンマーの相場ではかなりの高値だ。海外に輸出されているのも主にこの品種で、特に中国やシンガポールで人気だそうだ。色はレモンのような明るい黄色で、やや扁平な丸っこい実だが、尻の先端は横を向いていて小さい突起がある。レモン色と丸味と突起に注目すれば見分けられる。
セインタロン, 6月, ヤンゴン市街
Sein Taron in Jun., Central Yangon

で、その味は甘い。とにかく甘い。しかも濃厚。丸ごとかぶりついて食べ進めば、たいていのマンゴーなら種(たね)の周りに達するあたりで酸味が出てくるものだが、セインタロンは、そこすら甘い。甘さを増す以前に酸味を抜くことに成功した品種ではないかとすら思える。私はそれが気に入らない。
ブランド物のセインタロン
Some brand of Sein Taron

ミカンにしろイチゴにしろ、やたらと糖度にこだわる日本人には、セインタロンが一番無難かもで、実際うまいと思う。けれども、甘さだけなら王様ドリアンには敵わないし、乱暴に言えば、サトウキビの絞り汁を固めたチャンダカーやオウギヤシの樹液を固めたタンニャでも齧ってればってことにもなる。私の場合、ナシにしても幸水や豊水の隆盛が恨めしく、二十世紀ナシを懐かしむぐらいなので、甘みの中の酸味、酸味の中の甘みにこそ果物の醍醐味を味わいたいほうだ。甘いパパイヤにライムを絞りかけると一段と深いうまさになるが、私がマンゴーに求めたいのは、そっちの味なのだ。
6月, ヤンゴン市街
in Jun., Central Yangon

よって、ミャンマーの最高級は私にとっての最高ではなく、理想の味を求める迷路へと踏み込むのである。というわけで、本編ではマンゴーの品種名が次々と出てくるが、センタロウほどではないにしても、ふだんの会話で聞き取れるのに近い発音のままに名前をカタカナにしてみる。日本語でも、一匹(ピキ)二匹(ヒキ)三匹(ビキ)と、文字の通りに発音しないケースはいくつもあるが、ビルマ語では、それがとてつもなく多い。そもそもヤンコンをヤンゴン、プガンをバガン、ペーグーをバゴーとする時点で、文字通りに表記、というルールは崩壊している(というのを文字を勉強しない言い訳にしている)。
売り子がタソンパイティーと呼んでいた出所不明の品種, 6月, ヤンゴン市街
An unknown variety, Tasone Pai Thi? (called by the seller) in Jun., Central Yangon

数あるマンゴーの中でも、果物屋で頻繁に見かけるのはせいぜい5種ぐらいで、そのうちの3種で市場の半分以上を占めていそうだ。その一つがセインタロンで、他の2種は、マチッスとインクェ。マチッスの外皮は緑色が強く、まだ黄色味がさしていなくても、切ってみると朱色に熟れていることもある。セインタロン同様、やや偏平な丸型だが、横尻の突起はほとんどない。味は、セインタロンに勝るとも劣らない甘さで、形と言い味と言い、両者は遺伝的に近そうだ。
インクェ, マチッス, 7月, ヤンゴン市街
Yin Kwe, Ma Chit Su in Jul., Central Yangon

色以外に差があるのは食感で、筋状の繊維質を舌に感じる。と言っても、カスが残るような硬いものではなく気にせず食べられる。熱帯果実に詳しい方には、抵抗なく噛めるセインタロンの果肉はパパイヤ、繊維質のマチッスはドリアンの食感と言えば、ご想像いただけるだろうか。短冊状に切った未熟な酸っぱいマンゴーに塩や唐辛子をつけて食べる方法もあるが、それにもマチッスはよく使われる。
未熟なマチッスは野外作業中の間食に最適。6月, ヤンゴン管区モービー郡
Unripe Mango (Ma Chit Su) stick with salt or/and chilies is a suitable snack during field work, etc. in Jun., Hmawbi Tsp., Yangon Reg.

胸割れという意味のインクェは、マッチョマンの左右の大胸筋の境目にできる谷間のような溝が側面に走っているのが特徴だ。外皮の色は、この3種の中では最も朱色が強く、ビワに似ている。小ぶりなものが多く値段も手頃で、5個で1,000チャットぐらいからある。種の周りの繊維質には酸味が残っていて、しゃぶって味わいたい貧乏性には、ちょうどいい品種だ。
バダミャーガマウッシュエヒンタセインタロン, 7月, ヤンゴン市街
Badamya Ngamauk, Shwe Hinta, Sein Taron in Jul., Central Yangon

その他、旬ごとに露店を賑わす品種のうち、大きさで目を引くのが、バダミャーガマウッ。この名は、かつて王族が所有し今はイギリスにあると言われる巨大なルビーの名前そのもので、長さ20センチぐらいのものが並ぶ。朱色系で、側面に溝が走っており、インクェをそのまま大きくしたような外見だ。甘みも食感も果汁もほどほどで、デカさ以外に、これと言った特徴はない。
バダミャーガマウッ, 7月, ヤンゴン市街
Badamya Ngamauk in Jul., Central Yangon

もう一つ、明るいレモン色の外皮で目を引くのが、シュエヒンタ。ヒンタとは伝説に登場する鳥の名前で、獅子を現世のライオンに当てているように、ヒンタはアカツクシガモに当てられている。確かに、目でも描き加えれば、銘菓ひよ子のように見えなくもない。けれども、鉤状に曲がった先端を持つ長めの実は、カモというよりも全体がワシの嘴のように見える。果汁が少なめな上、繊維質がほとんど感じられないので、甘さ控えめのお菓子のグミでも噛んでいるかのような食感である。セインタロンの滑らかな食感は、このシュエヒンタから引き継いでいるのかもしれない。レモン色の外皮や突起にも、その片鱗が伺える。
シュエヒンタ
Shwe Hinta

これらのメジャー品種以外にも、道端に広げた露天などを一つ一つ覗いてゆけば、田舎から直送されたレア物に出くわすことがあり、田舎のお土産としていただくこともある。20センチを超える勾玉のようなミャーチャウッとか、10センチにも満たないガズーメイやメーヌェヌェなど様々あるが、マイナー品種の紹介は、別の機会に譲るとします。
ミャーチャウッ
Mya Kyaukガズーメイメーヌェヌェ,ミャーチャウッ
Gazu Meik, Me Nwe New, Mya Kyauk「曲がった嘴の実」という意味のノウッカウッティー
Nauk Kauk Thi means bent billed fruit.

きれいなバラにはではないが、惚れ込む相手ならばこそ、その負の側面からも目を背けるわけにはいくまい。まず、よく耳にするのがアレルギーだ。そもそもマンゴーはウルシ科なので、内服的な食物アレルギーを疑う前に果汁にかぶれることがある。私も痒くなったことは何度もあるが、素手でかぶりついても、食後に口の周りと手を洗いさえすれば、なんともなくなってきた。耐性も付いてくるのかも。ちなみに、カシューナッツもウルシ科である。

そしてもう一つ。これは、たった一度の体験で生涯マンゴーが食べられなくなってしまったミャンマー人がいるほど強烈なものだ。それに当たる確率は、雨期が深まるにつれ高まってくる。マンゴーの表面には黒い点の一つや二つはあるものだが、皮をむいても、その点の先が奥に続いていることがある。切って果肉の断面を見るとアリの巣のように穴が巡っていて、その先の先まで辿ってゆけば、我がマンゴーに巣食う元凶とのご対面となる。
虫による食害
Insect attack

虫だ。私は、黒くて硬い甲虫の成虫とも白い幼虫とも対面したが、種類は特定できていない。いずれにしても、実の中で孵化して大きくなったものなので、彼らの生活圏であった穴と腐れ(食べ痕)の部分を切り除けば、残りの果肉はセーフだ。諦めの悪い私などは、いつもそうして食べている。けれども、このご対面が食欲を減退させるのは必至。今年は、72日にインクェで幼虫に当たった。1センチにも満たない体で10センチ以上も跳ねやがる。それが56匹と出てくるのだ。
果肉の中で育った幼虫
Larvae who are growing in Mango fruit

買う前に「虫入ってない?」とおばさんに聞いても、決して失礼なことではない。それほどふつうにいるのだ。「いない、いない」と言いつつ、オマケを一個付けてくれたりしたら、そろそろ怪しんだほうがいい。切り捨てる部分が出てもこれで勘弁してね、と言われているようなものだ。さすがに袋がけなどもやっている高級なセインタロンだと、奴らとは会わずにすむかもしれない。
マチッスやミャーチャウは、外皮が緑色のままでも果肉が熟していく
Some mangos such as Ma Chit Su, Mya Kyauk are keeping greenish color of peel even after fruits have been ripe.

そうそう、マンゴーの探求に向かった原点にそろそろ戻らねば。理想に近い甘酸っぱさに当たったのは、タニンターイー管区のメイッで、船着き場の露天だった。売り子はセンタロンと言っていたが、生産者ではなさそうだったので当てにはならない。それは、ミャンマー産には見られない赤みのさした、いわゆるアップルマンゴーの系統だった。ヤンゴンのスーパーでも赤いアップル系は時々見られ、オーストラリア種と書かれてあるが、値段もそれほどではなくミャンマーの雨期に出回ることから、豪州の品種を国内で生産しているのかもしれない。
オーストラリア品種だが、産地は不明
Australian variety. Its growing area is unknown.

マンゴーの開花結実は乾期の後半に盛んになり、雨期の深まりにつれ果実が市場に広がっていくので、乾期真っただ中にもかかわらず玉が均一な高価なマンゴーが並んでいれば、たいていはタイなどからの輸入品だ。スーパーの豪州物には酸味を感じなかったが、メイッのアップル系は、外国品種を地元で栽培しているのか輸入品なのかは分からなかったが、確かに甘酸っぱくてうまかった。ここまで一人で盛り上がっておいて恐縮だが、もしかしたら、私の求める理想の味は、ミャンマーの品種にはないのかも…。
メイッで売られていた品種不明のマンゴー
Unknown variety in Myeik, Taninthayi Reg.

と、ここで終わっては「自然探訪」の広告に偽りありジャロ。植物としてのマンゴーについて、もう少し触れておきます。もはや野菜や果物に国境はなく、そのルーツを辿れば、ジャガイモやトウガラシは中南米原産、スイカはアフリカ、キャベツはヨーロッパ、イネやバナナはアジアと、原産地に留まっているものなどほとんどない。そんな中、熱帯亜熱帯で広く栽培されているマンゴーは、紛れもなくミャンマーを含む熱帯アジアが故郷である。事実私は、バゴー山地やサガイン管区の人里離れた落葉混交林で、野生のマンゴーの木を何度も見てきた。
’08年1月, サガイン管区アラウンドーカタパ国立公園
Wild Mango trees in Jan. ’08, Alaungdaw Kathapa National Park, Sagaing Reg.

ビルマ語名は、トータイェッ(森のマンゴー)。葉っぱこそ似ているものの栽培品種とは似ても似つかぬ壮大な樹木だ。太い幹が真っすぐに立ち上がる常緑高木で、ブロッコリー状の樹冠は森の天蓋を成し、控えめに見ても樹高30メートルをゆうに超えるものに何本も出会っている。ちなみに、西のラカイン山脈の常緑林には、タウンタイェッ(山のマンゴー,Swintonia floribunda)と呼ばれる大木が多くあるが、同じウルシ科の別種で、マンゴーではない。             
タウンタイェッ, '18年2月, ラカイン州ラカイン山脈野生ゾウ区域
Swintonia floribunda is called Taung Thayet in Burmese. It means Mountain Mango but it isnMangifera sp., in Feb. ’18, Rakhine Yoma Elephant Range, Rakhine State

原種にも、もちろん実は成る。はるかに見上げる樹冠からもぎ取ることなど、サルかサイチョウにでも頼まなければ無理だが、タイミングよく、5月の森で地上に落ちている実に当たったことがある。大きさはチャボの卵ぐらいしかなく、その中身は、黄身より大きいぐらいに種が占めており、白身に当たる果肉の部分は、全体の半分あるかないかだ。次々に拾っては齧っていったが、酸っぱくて酸っぱくて、ペッと吐き出すしかなかった。その繰り返しだ。こんなわがままな試食は家ではとてもできないが、ここの実は、元々森の産物。私が齧り捨てた実も、あらゆる生物が食べて分解し、いずれは土に還っていく。
'18年12月, サガイン管区ピンレーブー郡
Wild Mango trees in Dec. ’18, Pinlebu Tsp., Sagaing Reg.

もう何度顎を開け閉めしたことか、カスタネットじゃないんだから、と、ある黄色味のさした実を一つ齧った瞬間、私の顎と足が止まった。うまい!なめ続けてきた辛酸の中に、腐る手前の甘みが溢れ出している。これぞ求めていた酸味と甘味の融合!もはや記憶は定かではないが、自慢の出っ歯で皮を齧り取りつつ一気に実を食べ尽くし、しゃぶった種だけ吹き飛ばしたと思う。植物に言うのも変だが、血は争えないとはこのことか。多様な品種に発展していった多様な味のエッセンスがそこに凝縮されているかのようだった。これがすべての始まりなのだ。
道路工事に伴う伐採を免れた老大木, '17年2月, バゴー管区ミャウザーマリ野生ゾウ保護区
An old huge Mango tree in Feb. ’17, Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary, Bago Reg. It was luckily saved from road construction works.

生涯で最もうまかった果実は?と問われれば、私は迷わず野生のマンゴーと答える。この先、どこの高級マンゴーを食べようが未知の果物を食べようが、あの瞬間のあの味を超えることはないような気がする。理想のマンゴー、最高の果実を求める旅。私は、知らず知らずのうちに終着点に辿り着いていたのかもしれない。十年以上も前のミャンマーの森の中で。
野生のマンゴーの実。中央のベルノキの実がほぼソフトボール大, '03年5月, サガイン管区アラウンドーカタパ国立公園
Wild Mango fruits in May ’03, Alaungdaw Kathapa NP, Sagaing Reg., The size of Aegle marmelos fruit in the center of the photo is almost same as a size of Softball's ball.

0 件のコメント:

コメントを投稿