2018年11月10日土曜日

ミャンマー自然探訪、その6. -南風の誘惑- ―Exploring Myanmar Nature, Part 6. -Temptation of Southern Wind-

「ヤンゴン日本人会」201811会報寄稿文原文
コータウンから望むアンダマン海
Andaman Sea from Kawthaung

それぞれの動物たちは、何をもって最適の生息地を決めてきたのだろう。私の中では、最低限これだけはクリアーすべきと思っている条件がある。それは、すっぽんぽんで荒野の真っただ中に放り出されて地べたに一晩寝そべってもくたばることのない土地、ということ。それなら、その動物にとって生息可能な範囲内とみていいのではなかろうか。この独断的法則からすると、ニホンザルが持つような体毛を脱ぎ捨ててしまった人類にとっては、九州の冬からしてアウトだ。そこはもう、衣類や住居を獲得した文明人のみが生存可能な条件付き生息地と言える。こんな思考回路でいるからか、子供の頃から、なんとなく南に対する憧れのようなものがあった。私だけでなく、辿り着いた椰子の実に想いを巡らせる詩人もいれば、沖縄には、南東の海の彼方には理想郷があって、幸をもたらしてくれる救世主のような者が住むという信仰もある。
シロガシラトビ
Brahminy Kite (Haliastur indus) , Kawthaung Dist.

逆に、南の海からは台風などの災いがやってくることもある。そうした自然災害の権化として日本人は怪獣を創造し、それが、文明の象徴である都市を破壊するというのが怪獣映画の真骨頂だった。ただのでかいゴリラや恐竜の生き残りが暴れるだけの洋物とは訳が違う。けれども、映画界が斜陽化してゆくにつれ、精巧なミニチュアセットを作ったり大勢のエキストラを動員したりするのが大変になってきたのか、物語の舞台が孤立した南の島になってきて、怪獣たちが北の文明大国を目指すことはなくなっていった。そのあたりから映画ファンが大挙して怪獣物を見切っていったのだが、まだガキだった私などは、まんまと製作者の策にはまり、都市型クライシスとはかけ離れた陽気な展開に冒険心を掻き立てられ夢中になって食いついた。題名に「南海の…」などの文字を見つけただけでもワクワクしたものだ。そのうち、我が田舎の娯楽の殿堂、朝日館は、ゴジラに踏まれるまでもなく潰れてしまい、年に数度の南の夢物語すら海の藻屑と消えてしまった。
ブチトビトカゲ
Spotted Flying Lizard (Draco maculatus), Kawthaung Dist.

人事の都合で仕方なく…という方も中にはおられるかもしれないが、ミャンマーに住む日本人の多くの方々は、やはり南国への憧れを元々持っておられたのではないでしょうか。ヤンゴンでも、その欲求が大いに満たされることは間違いない。沖縄でさえ、ビーチにはココヤシの林もできず、冬は大陸からの季節風で空はどんより、冷たい雨と風の日がしょっちゅうなのだから、さすがに北回帰線の北と南では、その差は歴然としている。けれども、できることならソノサキを見てみたいというのが人情というもので、ヤンゴンを離れて東西南北を巡ってみたいと願っている方も多いことでしょう。
タカサゴダカ
Shikra (Accipiter badius), Dawei Dist.

ミャンマーの自然を多様にしている要因の一つは六千メートル近い高低差、そしてもう一つが南北に長い緯度差である。その結果、同じ国内にヒマラヤグマ(ツキノワグマ)もいればマレーグマもいるというありがたい自然を享受できることになる。その恵まれた国土の南方面を受け持っているのが、電話通信会社MPTのマークで見れば、右下にツンと飛び出た尻尾のような部分で、カイン州、モン州、タニンターイー管区と続いて、赤道に向かって伸びている。

かの地の年間雨量は、西のラカイン州に勝るとも劣らず、タニンターイーの管区都ダウェーで、2005~2014年の平均が5,627ミリ(2007~2016年平均5,336ミリ)に及び、マレー半島南端沖の赤道手前にあるシンガポールよりも北側のヤンゴンよりも、はるかに多く降る。雨期の間の猛烈なスコールとモンスーンに加え、乾期でもヤンゴンに比べて雨に出くわすことが多いように感じるが、赤道に近い分、スコールが前倒しに始まって後のほうも長引くという可能性もあるし、陸地が狭い分、南シナ海側の低気圧の雨が届きやすいという可能性もある。温度は、涼季はヤンゴンよりも高くて暑季はヤンゴンよりも低く、押しなべて温暖で、より常夏っぽいということになる。
タニンターイー自然保全地域
Taninthayi Nature Reserve

このような気候条件のもとに成り立つ森は、やはり、これぞ熱帯雨林!といった感じの常緑広葉樹林だ。有用樹種で言えば、チークには雨が多すぎて育ちが悪く、ゴムの木などには最適である。観賞用のインドゴムノキではなくてラバーを採るパラゴムノキのほうだ。海岸線にはマングローブが育ち、開発の手が加わってなければ、そのまま陸の植生に途切れなく移行している。これは、一面平らなエヤワディーデルタでは見られない光景だ。タイとの国境を成す脊梁山地は極めて急峻で岩石も多く、大きな滝や絶壁がそこかしこに顔を出している。
マングローブ林の背後に陸の常緑林が続く
Natural transition from Mangrove to Terrestrial Evergreen Forest, Lampi Island Marine National Park

私は、前世紀の終盤にモン州のチャイトーやチャイティーオーパゴダの山に登ったのと、ミャンマー最南端のコータウンから貨物船で沖の島々を巡っただけで、その後しばらくは南のほうから足が遠のいていた。けれども、201411月を皮切りに、個人でも依頼でも毎年何度も南へ向かうこととなり、このところは、めっきり南づいてきた。ソノサキ探検の再開だ。
マングローブ構成樹種の一つ、マヤプシギの花
Flower of Sonneratia alba, one of Mangrove trees, Kawthaung Dist.

この地域の生物の多様さは世界も認めるところで、タニンターイー管区だけでも、政府は既に洋上に二つ、山地側に三つの自然保護地域を指定している。そのうち、ランピ島海域国立公園(Lampi Island Marine National Park)とタニンターイー自然保全地域(Taninthayi Nature Reserve)は、管理事務所も保護官も充てがわれて保護活動が展開しているが、その他はいまだ準備中といった状況だ。特に山地側での組織の整備や生態系の管理を困難にしている元凶は、覇権をめぐる政治的な争いである。
タイと国境を分かつ山岳
Mountains which are bordered on Thailand, Taninthayi Nature Reserve

タニンターイー管区でお世話になる人たちには、ヤンゴンでは会ったことのないダウェー(ターウェ)族という方々が多く、地元の産業を牽引しているような印象も受ける。少なくともビルマ族の土地という印象は薄いので、なぜ他の地域に倣ってダウェー州にしないのかと不思議に思っていたのだが、何度か訪ねるうちに、そうはできない理由がなんとなく分かってきた。タニンターイーの北側に独自の州を持つモン族とカイン(カレン)族は、ヤンゴンはもちろん、タニンターイー管区にも多く住み、少数と言うよりはメジャー民族のイメージがある。どちらも独立軍を構えており、特にタイ国境沿いの山岳地帯の帰属を巡って国軍と三つ巴で対立している。
オビロヨタカ
Large-tailed Nightjar (Caprimulgus macrurus) , Dawei Dist.

現に、201411月に利用したダウェー-ヤンゴン間の長距離バス路線では、その約一週間後に独立軍による夜盗があり、最終的にモンとカインの兵士同士の争いに至って死者も出た。ある山間のカイン族の村では、ミャンマー政府とカイン独立政府の両方の村長と自治体が別々に存在し、そこでの調査を実施するためには、同行の政府役人と共に町場にある独立政府本部と村の部隊本部を訪れ、直接交渉して許可を得る必要があった。このような状況下で、どれか一民族の名を冠した州など指定しようものなら、その他の民族が黙ってはいないだろう。私は、住民の多数がビルマ族の地域は管区となるという認識でいたのだが、タニンターイーの場合は、複数の民族が拮抗していて、飛び抜けて優勢な一つの民族というものが確定できないがために管区とせざるを得ないのではなかろうかと思うに至った。
タニンターイー自然保全地域
Taninthayi Nature Reserve

というわけで、山中での野営こそまだ実施できていないが、ならばとばがりに、車のみならずバイクの後ろにもまたがってオフロードを行けるとこまで行き、その先をさらに歩き倒して川も泳ぎきって、とことん奥地まで分け入ってみた結果、たとえ日帰りでも見どころは盛り沢山にあった。さらに、陸の生き物と海の生き物が交錯する海岸線や島しょ部では、新発見と言ってもいい驚きの生態を何度も目のあたりにすることとなった。その調査の成果は、やがて正式な形で発表される予定ですので、楽しみに待っていただければと思います。
チャバネコウハシショウビン
Brown-winged Kingfisher (Halcyon amauroptera), Myeik Dist.

気になるのが、とてつもない面積を占める農作物プランテーションの存在だ。思いつくものをざっと挙げれば、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、カシューナットノキ(Anacardium occidentale)、ザボン(Citrus maxima)、アブラヤシ(Elaeis guineensis)、ビンロウジュ(Areca catechu)など。これらの栽培を奨励したのがどこのどなたかは存ぜぬが、どれもここの気候に合っており、農業の選択としては間違っていない。けれども、環境、生態系といった観点では多いに問題がある。
ゴムのプランテーション
Para rubber tree (Hevea brasiliensis) plantation, Dawei Dist.

ゴムは需要が途絶えることはなかろうが、価格の変動が大きくて結構大変だと聞く。現在、初期に植栽したゴムの木はほぼ寿命が来ているようで、樹液を採取できないまま放置されているゴム園を時々見かける。材の利用は始まっていて、ヤンゴンの飲食店で白木のテーブルなどを見かけた際、店長に材を尋ねてみると、案の定、ゴムだったりする。「このテーブル何の木?」と問えば、十中八九「チーク」と返ってきてたのは、今は昔の話である。

ゴムとは対照的に、アジア南部限定で確実に売れる鉄板作物がビンロウジュだ。その硬い実は、噛みタバコ、コンヤの中身、コンディーとなり、これだけは需要の落ち込みなど考えられなかったが、現政権が不意にやる先進国風みえっぱり政策の一つだろうか、見た目に野蛮なコンヤの習慣をやめさせるべくビンロウジュの栽培を禁止するのではないかという噂もあり、農家は常に不安を抱えている。個人的には、煙を見舞ってくれる火器、タバコのほうを先に何とかしてほしいのだが。
ベンガルスローロリス
Bengal Slow Loris (Nycticebus bengalensis) , Kawthaung Dist.

甘い樹液や果実を生むカシューナットノキは、多くの小動物も誘引するため、独自の食物連鎖が展開しているようにも見えるが、他のプランテーションの生物相は単純で、特にアブラヤシの林では生き物の気配がほとんどなく閑散としている。そもそもアブラヤシの油は、ミャンマーの食文化にはなかったもので、少なくともビルマ料理屋では使ってほしくないものだ。これらのプランテーションは、衛星から見れば緑地であることには間違いない。けれども、それを森林とみなすかどうかについては、度々議論の的となっている。

まず、足元をしっかり見ておかなければならないが、日本の山林の約4割は、スギやヒノキなどの単一の人工林が占めている。ミャンマーからすれば、あんたらにだけは言われとうないわい、なのである。実際、生物多様性の貧相さにおいては、スギの人工林もゴムのプランテーションもどっこいどっこいなので、樹液を搾取した後に木材として利用するというサイクルを確立するのであれば、これはもう人工林という森林としてカウントしてもいいように思う。一種だけで完結するアグロファレストリーと言えるかもしれない。
マレーウオミミズク
Buffy Fish-Owl (Ketupa ketupu) , Kawthaung Dist.

それにしても、現在のプランテーションの広さは度を越えているように感じる。村の周りで動物の調査をしていると、年配の方から昔の様子を聞かされることがある。今、道の両側には、せいぜい直径30センチほどのゴムの林が続いているが、子供の頃には、数人がかりで抱えるような巨木が延々と林立していたのだと。民族の共存も植生も、肝心なのはバランス、程度の問題だ。誰か一人が、何か一種がすべてを独占して満足を得るのではなく、君もぼくもちょっとずつ不便でみんなが幸せ、というぐらいが、世の中が、地球が、文字通り一番丸く収まるのかもしれない。言葉だけが踊っている感があるが、多様性とは本来そういうものではないだろうか。里の野山はプランテーションが占拠し、奥山は覇権争いの舞台となってり売りされるも守られるも成り行き次第。和平に向けた政治的手続きが進んではいるようだが、誰もが自分の存在だけを主張している間は、民族の調和も生態系の調和も、簡単には生まれそうもない。
フタバガキ科の大木
Tree of DIPTEROCARPACEAE, Taninthayi Nature Reserve

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