2018年9月8日土曜日

ミャンマー自然探訪、その4. -激動の山塊、バゴー山地- ―Exploring Myanmar Nature, Part 4. -A turbulent range, Bago Yoma-

「ヤンゴン日本人会」20189会報寄稿文原文
バゴー山地にあるミャウザーマリ野生ゾウ保護区
Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary in Bago Yoma

最大都市ヤンゴンから首都が分離したのはいつのことだっただろうか。ふと気になって調べてみた。新首都ネピドーが誕生したのは2006年で、あれよあれよという間に、もう十年も過ぎてしまっていた。現在ミャンマーに住まれている日本人の多くの方には、商業の中心地と政治の中心地が数百キロも離れているという稀な状況が当然のこととして待っていたわけで、住居や仕事の拠点をどちらに置くかは、個人にとっても組織にとっても悩むところではなかっただろうか。荒野のただ中に忽然と現れた新庁舎への移転を命じられた公務員にとってはなおさら大問題で、彼らの実家との隔たりを少しでも埋める対策として、ヤンゴン-ネピドー-マンダレーを結ぶ高速道が、新首都の整備と並行して貫かれていった。

ハイウエーのHighが何を指しているのかは知らないが、日本の高架式と違って、ミャンマーの中央高速道路は地面に張り付いたローポジションの道で、金を払って通行している人様の車を尻目に犬やら牛やらがタダで道端を歩いているという、不公平で大らかな有料道路だ。けれども、その時短効果は絶大で、夕日を浴びながらヤンゴンのバスターミナルを発って朝日を浴びながらマンダレーに降り立っていたような時代とは隔世の感があり、市内の渋滞に巻き込まれなければ、ヤンゴン-ネピドー間なら6時間あれば行けてしまう。

昼間ヤンゴンから高速道を北上すると、向かって左手、道の西側が次第に丘のように盛り上がってきて、いつしか道と並行して稜線が連なる山になってくる。それこそが、今回お話したいバゴー山地(Bago Yoma)だ。場所によっては道の近くからいきなりせり上がっていて麓から山頂まで見通せるが、山肌の広くは木が疎らで禿山のようになっている。その有り様からは想像し難いが、かつてのバゴー山地は生き物の宝庫で、トラまで生息していた。ミャンマーが世界に誇る銘木、チークの自生地でもあり、バゴー山地の天然チークを対象にミャンマーの林業は発展してきたと言っても過言ではない。
野生のイチジクを食べるキタカササギサイチョウ
Oriental Pied Hornbill (Anthracoceros albirostris) eating wild Ficus fruits

その緑あふれる山々に暗雲が垂れこめてきたのは20世紀終盤のことだった。1988年の総選挙で民主勢力が大勝したにもかかわらず軍が政権を譲らなかった頃、人里離れた奥地は無政府状態となって密猟、盗伐が横行したであろうことは想像に難くない。その後、軍政下ながらも秩序は徐々に安定してきたが、やがて、軍政のままでの市場開放という、森林にとっては最大級の受難の時代を迎えることとなった。その道のプロである林学や生物学を修めた役人の意見が通りづらい体制下で、プロでない政治家と内外の企業が主体となって開発が推し進められるという状況だ。

1990年では国土の58%が森林に覆われていて、しかもその多くが天然林だったのだが、2015年には43%にまで減少してしまった。かつての森の国は、森の消失率で世界最速級の国となってしまったのだ。すばらしい林業技術を持ち法律も整備されてはいるが、それを遂行する財力と人力が足りないというのが慢性的な原因の一つであろう。加えて、森の消失に拍車をかけたのが、隣国と反政府軍による国境沿いの大規模違法伐採と、各地のダム建設であったことは間違いない。

山間の谷を堰堤でせき止めると、背後には広大なダム湖ができる。人なら水没する前に移動できるが、地に根を張った植物はそうはいかない。せめて水没前に森を伐採して丸太を搬出し、関係者の懐を潤したならそれまで。二度とダム湖に森が蘇ることはない。特にエヤワディー川とシッタン川流域の広大な穀倉地帯に挟まれたバゴー山地は、格好の灌漑用ダムサイトとなっていった。

遅ればせながら、政府はバゴー山地の一角を自然保護地域に指定した。名前をミャウザーマリ野生ゾウ保護区(Myauk Zar Ma Ri Elephant Sanctuary)と言い、土地の生き物の象徴としてゾウの名を冠しているが、すべての野生生物が保護の対象である。現在はまだ管理事務所はなく、エヤワディー水系の西側山腹とシッタン水系の東側山腹に仮の詰所が置かれている。そこへ全国各地の保護地域から保護官が派遣され数ヶ月間滞在しては帰り、また交代の者が来るというパターンで、常に6人ずつぐらいが東西両端の詰所に滞在している。私は昨年、森林局から特別な許可をいただき、一週間ほど彼らの仮小屋に同居させてもらって行動を共にした。
焼き畑跡地を再生するチークの植林地
Young Teak (Tectona grandis) plantation covered a former shifting cultivation field

まず、里に近い山地では、度を越えた焼き畑により森が再生せず、灌木だけの荒れ地になっている場合が多い。中央高速道路から見える禿山も、多くはそのパターンだろう。低地では水に飲まれ高地では火に巻かれ、山はダブルパンチを食らってきたのだ。現在、焼き畑跡地では、木々の天然更新を待たずに積極的に植林が行われている。さらに、ダムや焼き畑から離れた奥地に移っても、どうも林相に違和感がある。巨大な木が残ってはいるものの、森の屋根である林冠がうまく塞がっておらず、スケスケの貧相な森に見えるのである。

健全な森だと、老大木からなる高木層の下には、伸び盛りの木がひしめく亜高木層から低木層が見られ、枯れた高木に取って代わって林冠を塞ぐべく、常に次世代の木々が控えているものだ。おそらく奥地に侵入した違法伐採者は、手に負えない大きすぎる木は無視し、幹がまっすぐで材も詰まった壮年の木に狙いを定め、なんとか伐倒しては牛や水牛で次々に森から運び出していったに違いない。その結果が、いびつな林相となって今に残っているのだろう。

山中にはまだ密猟者もいて危険だということで、武器を持たない我々のパトロールと観察は、詰所から日帰りできる範囲に限られ、結局、鳥はそれなりに見られたものの大型の獣の痕跡は疎らで、保護区の象徴であるゾウに至っては、足跡すら見つからなかった。皮肉なことに、ゾウを見たければ麓の農地に行ったほうがいいと言う。その現象こそは、森林の減少に呼応して起こった由々しき問題で、特にバゴー山地南西部のターヤワディー郡やタイチー郡の農村地帯では、野生ゾウによる被害が頻発しており、死亡事故も起きている。今となっては後の祭りだが、イケイケドンドンの時代に冷静に国土全体を俯瞰していれば、こうなることは予見できてたかもしれない。
麓に降りてきた牙のない巨大な雄ゾウ、タイチー郡にて
A huge tuskless bull elephant who has come down from mountains in Taikkyi Tsp

ほぼ一年じゅう雨の降る赤道付近では、一年じゅう葉っぱを茂らせている常緑樹の森ができる。熱帯雨林というタイプだ。赤道から離れたミャンマーでは、雨季、涼季、暑季の三つの季節があるとされるが、このうち涼季と暑季にはほとんど雨がふらず、降雨パターンで言えば、雨期と乾期に極端に分かれる。そのうち雨期の降り方が凄まじく、年間の総雨量が赤道付近を凌ぐほどのモンスーン地帯となると、やはり熱帯雨林タイプの森となる。

けれども、総雨量が少なくなってくるに連れ、強烈な乾期に葉を落とす落葉樹がだんだん増えてきて、概ね雨量が二千ミリを下回るあたりから、落葉混交林(Mixed Deciduous Forest)と呼ばれる別のタイプの森が出現する。バゴー山地の気候はまさにドンピシャ、典型的な落葉混交林地帯で、落葉樹であるチークは、その代表的な優占種である。

混交と言うからには種類は豊富で、まだまだ常緑樹も混じっているはずだが、乾期も深まった頃には、山腹も尾根もほとんど葉を落とした骸骨野原のようになっていて、全山枯れているのかと勘違いしそうなほどになる。実は、落葉混交林地帯の中の常緑樹は、水分の多い谷筋により多く繁茂しているのだ。なので、カラッカラの乾期でも、谷間に降りれば、草食動物は新鮮な草木の葉っぱにありつけるというわけだ。その山地にダムを造るとどうなるか…。一年じゅう茂っていた緑の谷間が、ごっそりなくなってしまうことになる。
アオノドゴシキドリ
Blue-throated Barbet (Megalaima asiatica)

その代りに麓の農地は、ダムによってもたらされる水を糧に潤い、乾期でもどんどん作物が育つようになる。ゾウからすれば、生息地を狭められた上に乾期の主要な餌場を奪われ、その補償として麓に食べ放題のレストランを作ってもらって永久不滅のフリーパスを贈呈してもらったようなもの。森から出てきて作物を食べに来ない理由が、逆に見つからない。ダムの建設が森の面積を減らすのは仕方のないことだが、特に落葉混交林地帯だと、森の質においても、生態系の要となる貴重な部分が持っていかれることになってしまうのだ。以上は飽くまで私の個人的推論だが、これまでミャンマーの自然を巡ってきた経験からして確信は持っている。
ムラサキタイヨウチョウの雌と雄
A pair of Purple Sunbird (Nectarinia asiatica)

山は山としてあり、雨の季節には稲を育て、乾いた季節には豆などを育てていた時代には、このような人と野生動物との軋轢は、めったになかったのではないか。年間を通して干ばつに苦しむ国々ならまだしも、一年の半分が水浸しになるミャンマーにおいて、本来雨の降らない季節にまで、大量の水に頼る作物を貪欲に作る必要性はどこにあるのだろうか。

林業には、適地適木という言葉がある。その土地に合った木を植えなさいという戒めである。人の手に余る樹木と違って、手の内で扱える農作物の場合だと、環境もコントロールして短期間で結果を出すというのは常套手段ではある。けれども、元を辿ればすべては野生の植物。多額を投じて環境を変える前に、まずは、その場所その時期の気象に適した作物を発掘して大切にしてほしいものだ。
インドカンムリアマツバメ
Crested Treeswift (Hemiprocne coronata)

現政権は環境保全の意識が高く、発足直後の2016年度の一年間は、全国の天然の森の伐採を一斉に禁止したほどだ。翌2017年度からは伐採を再開したが、同時に伝統的な択伐法を厳格に復活させたり、共同体単位のコミュニティーフォレストリー制度を奨励するなどして、本腰を入れた森林の再生が試みられている。けれども、バゴー山地だけは、人工林を除いて引き続き伐採禁止で、2025年までの10年間は天然の森を寝かすことにしている。それほどバゴー山地のダメージは大きかったということだ。
ミドリサトウチョウ
Vernal Hanging Parrot (Loriculus vernalis)

現在、ゾウと人との衝突が絶えない地域は全国に数箇所ある。「ゾウが見たければ麓に行け」。これは私も分かってはいた。けれども、報道写真が撮りたいわけではなく、森からはみ出した動物を見たいわけでもない。望み続けているのは、野生のゾウはゾウの生息地で、野生のトラはトラの生息地で撮るというシチュエーションだ。
ハシブトアオバト
Thick-billed Green Pigeon (Treron curvirostra)

飽くまで森林の拡大に乗っかった形で野生動物も拡散し、人との距離がごく自然に縮まってきて、お互いに付かず離れずの隣人として棲み分けられているような世界。そんな理想郷がミャンマーのあちこちに生まれる日が来るのかどうか、今は見当もつかない。ならば私のほうは、せめて野生動物についていける足腰でいられるよう、老いとの闘いを続けていかなければならないようだ。少なくとも、彼らの本来の生息地が今以上に遠ざかることがないように祈るのみである。
ファイールリーフモンキー
Phayre’s Leaf Monkey (Presbytis phayrei)

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