2010年9月25日土曜日

ミャンマーにおけるカワゴンドウと漁師の共生漁‐中編

国連食料農業機関(FAO)専門誌「TIGERPAPER」寄稿Vol.35:No.2 -Mutualistic Fishing Between Fishermen and Irrawaddy Dolphins in Myanmar- (2008年)原文、写真追加


共生漁

雨季の水位の高いときには、カワゴンドウは漁船にはあまり近づかないが、特に神経質に避けているようでもない。

漁師は、カワゴンドウは流し網を恐れており、年間を通して近づくことは避けるが、投網を恐れることはなく、あるカワゴンドウは、水位の下がる乾季には、むしろ漁船に近づいてきて一緒に漁をするという。ある漁師は、カワゴンドウとの漁では、いないときの十倍の収獲があるという。そして、漁師だけの漁では自給分の魚が獲れるだけだが、カワゴンドウとなら、売りに出せる量のさまざまな魚が獲れるという。

カワゴンドウと漁のできる漁師は村ごとに定まっている。彼らは、投網の習得者であり、カワゴンドウとの漁の知識と技術を持った者でなければならない。もちろん、彼らは自分たちだけでも漁はできるが、乾季には、いつもカワゴンドウの出現を期待しているのである。

カワゴンドウは、雨季には一頭または小さな群れで行動し、乾季には何十頭までの大きな群れを作る傾向があると一般的に言われているが、私が見た範囲では、雨季も乾季も、一頭または六頭までの小さな群れで行動していた。

漁師は、それぞれの個体を見分けられ、どのカワゴンドウが漁に参加するか推測できる。彼らは、なじみのカワゴンドウには親しみをこめて名前を付けている。「うなじおばさん」「横縞おばさん」「ヤモリおばさん」「赤にいさん」「黄色少女」「かわいい丸々小僧」など。


漁師はカワゴンドウを見つけると全速で近づく。前部の漁師は竹や木の短い棒で小刻みに船縁を叩き、後部の漁師はオールで力強く水面を叩いて飛沫(しぶき)を上げる。漕いでいる間、しきりにそれをやる。

彼らによると、それは「一緒に漁をやろう」というカワゴンドウへの合図である。事実、その動作は、水を伝って独特の音と振動をカワゴンドウに送るであろう。加えて漁師は、「クルッ、クルッ」と、絶えずカワゴンドウの声まねをする。

カワゴンドウがなじみの個体で、漁に合意した場合、彼らは漁船を先導する。もし、カワゴンドウが全速で泳いだなら、簡単に漁船を振り切れるが、カワゴンドウのほうが船に合わせて速度を落としてくれているようである。カワゴンドウは、いい漁場を探し、徐々に近づいてゆく。

一緒に漁をするかしないかは、カワゴンドウの個体のみならず、場所にもよる。たとえなじみのカワゴンドウがなじみの漁船に出会っても、彼らは条件を考慮する。もし、水深が深すぎるとか水流が速すぎるとかで、漁には条件がよくないと判断した場合、カワゴンドウは漁に参加しない。


よい漁場は、ふつう浅瀬にある。カワゴンドウは漁場に着くと、水中を縦横無尽に素早く泳ぎ回り始める。魚を集めているのである。カワゴンドウが、それを始めると、前部の漁師は前の甲板に立ち上がり、束ねていた投網を広げて利き腕に下げる。

網を打つ準備ができたなら、漁師は網の先端の重りを甲板に打ち付ける。これは「網を打つ準備ができた」というカワゴンドウへの最終合図である。前部の漁師が網を扱っている間、後部の漁師が船を操る。


カワゴンドウは、彼らと漁船の間に魚を集めたなら、突然尾びれで水面を叩くか空中で振る。これは「魚は集まった。今網を打て!」という漁師への合図である。カワゴンドウがこの合図を出すやいなや、漁師は投網を打つ。広がった網の先端は、ちょうど尾びれが水面に出たあたりに達する。


そして、漁師は網をゆっくり手繰(たぐ)り上げる。網が引かれている間、カワゴンドウは網を追って次第に船に近づいてくる。この間、カワゴンドウは網から逃げ出る魚を食べているのだと漁師はいう。カワゴンドウは、楽に独占的に魚を食べられるのであろう。実際には、水の濁りのため、カワゴンドウの水中での様子は見えないが、泡立ちや波紋で彼らの動向が推測できる。


網が完全に船上に上げられると、カワゴンドウは泳ぎ去る。漁師が網をほぐし、魚を収獲している間に、別の船が次の漁場に向けてカワゴンドウを追う。そうして、各々の船が順番に漁をする。ある村の漁船団は8隻からなり、ある村では一家族2隻だけもやる。

この漁法では、漁師は確かにより多くの漁獲を得られ、カワゴンドウはゆったりと魚を食べることができ、両者に利がある。この関係は、まさに生物学で言うところの相利共生ではないか。私は、これを共生漁と呼びたい。共生漁の最盛期は10月から2月である。

カワゴンドウの数に関して、ある漁師は、約10頭が漁に協力するといい、ある漁師は、ふつう5、6頭が協力するといい、ある漁師は、最大20頭まで協力するという。私の滞在中、別々に目撃した共生漁に参加した三つの小群は、それぞれ4から6頭であった。漁師によると、それらの群れは、雌の成獣と雌雄の若い個体からなり、それぞれ血縁関係にあるとのことである。

私の観察中、若い個体が時々飛沫を上げることがあった。若い漁師は、それを目がけて網を打とうとしていた。すると、ベテラン漁師が「打つな、やつは遊んでいるだけだ」と叫んだ。知識と技術は、カワゴンドウも漁師も間違いなく次の世代に引き継がれている。ある村の最も年配の58才の漁師によると、親もカワゴンドウと投網漁をやっていたので、この漁法は、おそらく80年以上前から続いているが、100年よりは古くないだろうと推測している。


私は、共生漁の起源を以下のように想像してみた。

ある日、カワゴンドウと漁船が同じ魚群を追っていた。カワゴンドウは、多くの魚が網で獲られ、そのうちいくらかの魚が、網の目や、網と川底の隙間から逃げ出しているのを見た。(彼または彼女)は、引き上げられている網の縁についてゆけば簡単に魚が食べられるのではないかと悟った。そこで、(彼または彼女)は、勇気を持って年々船に近づいていった。

一方、漁師は、魚を追って集めることにかけては、カワゴンドウが彼らよりいかに優れているかを元々知っていた。そこで彼らは、何の契約書も交わすことなく紳士協定を結んだ。規則は、カワゴンドウは漁師を漁場に導いて魚を集めること、漁師は魚を捕らえ、カワゴンドウを傷つけたり殺したりしないこと。

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