2019年10月12日土曜日

異論、恐竜復元図 ―A different opinion on restored dinosaurs’ postures

コハゲコウ
Lesser Adjutant (Leptoptilos javanicus), Meinmahla Kyun Wildlife Sanctuary, Ayeyarwady Reg.

私が授業や講演で使う素材は、ミャンマー国内で自身で撮りためた写真と手作りの教材なのだが、先日、小中学生向け授業の準備のため、子供の頃に見ていた図鑑たちを久しぶりに引っ張り出してみた。
日本の学習図鑑には、年少者に理解させるための工夫が満載で、フィールド用ガイドブックにはない楽しさがあり、創作意欲を刺激してくれる。

日本の動物の章には、まだニホンカワウソがいたり、まだイリオモテヤマネコ(現在ではベンガルヤマネコの亜種)はいなかったりと、本は時代を映すタイムカプセルのようだが、とりわけ現在の図鑑と大きく違うのは、たいていの動物図鑑で一つ設けられている古生物の章である。
ティラノサウルスがチラノザウルスだったりタイラノサウルスだったり、プテラノドンとなってたりテラノドンとなってたり、表記も統一されていない(英語の発音ではテラノドンのほうが近いようだが)。

中でも、現在とは特に趣きが違うのが、恐竜たちの挿絵だ。
絶滅した古生物は、今後新しく誕生して数を増やすことはあり得ないのに、古生物の種類は増え続けているという一見矛盾する現象が続いている。地中には彼らの化石が膨大に埋まっていて、発掘の技術や知識が発展するにつれて、まだ見つかっていなかった種類のものが次々に発掘され続けているためだ。

そして、発掘された化石のパーツが蓄積すればするほど、より正確な骨格復元図になっていくわけだが、それに肉を被せ皮を被せ、全身を動かすのは、これはもう想像して描くしかなく、それが正しいか間違っているかを本物で検証することは、誰にもできない。
言った者勝ち、説得した者勝ち、多くの賛同を得た者勝ち、ということになる。
その結果、その時代時代の最新の解釈が、挿絵にも反映されるというわけだ。

その、世間や専門家の評価を勝ち得た現在定説となっている復元図のうち、ある一点においては、私は、事実とは違っているだろうと、かなりの確信を持って疑っている。
ジュラシックパークもNHKスペシャルもBBCのドキュメンタリーも、みんな揃って間違いなく間違っている。
その点だけは、半世紀前の図鑑のほうが正解に近いはずだ。

それは、恐竜の姿勢である。とりわけ、二足歩行のものたちの立ち姿。
イリエワニ
Saltwater Crocodile (Crocodylus porosus), Meinmahla Kyun WS

恐竜と、現存する四つ脚の爬虫類であるワニやトカゲとでは、脚の付き方に決定的な違いがある。
現存の爬虫類の脚は、まず胴から横に四肢が張り出していて、そこから肘・膝をカクンと曲げて足裏を地面に着けている。まるで土下座の模範のような手付きの形だ。
一方恐竜は、鳥類や哺乳類のように胴から真下に向かってほぼ垂直に脚が出ていて、地面に直立している。

もちろん、体重を支えることにおいては、恐竜、鳥類、哺乳類の脚つきのほうがはるかに有利で、フラミンゴのように片足立ちのまま眠るような離れ業も、垂直に突き出した脚の構造があればこそである。
アジアゾウ
Asian Elephant (Elephas maximus), Pinlebu Tsp., Sagaing Reg.

その鳥類は、恐竜の中でもティラノサウルスなどが属する二足歩行のグループ、獣脚類から進化したというのが、現在の定説になっている。
そこで、同じ二足歩行の恐竜の復元図に、分類的に近い鳥類を参考にするというのは、至極当然の発想と言える。

けれども、鳥類と恐竜では、骨格の造りに決定的な違いがある。
1970年に発行された学研の図鑑「鳥」の中に、以下のような一節がある。

「自由にうごく首と、かたまったせぼね」
“せぼねはけもののようにまがらず、ぼうのようにまっすぐです。これは、空をとぶとき、からだを安定させるためです。反対に、首のほねはたくさんになり、自由にうごかして、頭の上のほかは、からだじゅうどこへでもくちばしをもっていけるようになっています。”

解剖学を本格的に学んだわけではないが、動物の形態や行動を観察する者にとって、鳥の背中が曲がらないというのは、イロハのイだと思っているのだが…
鳩胸のハトなら見慣れていても、猫背のハトは見たことないはずだ。

さらに、背骨に続く大きな坐骨と、下側で受けている胸骨がガッチリと郭を固め、鳥の胴は、コンテナやカプセルホテルの部屋を思わせる頑丈な箱のようになっている。
ボディービル大会で飛び交う掛け声、「よっ!冷蔵庫」のような見事な胴で、「よっ!内臓庫」とでも言いたいところだ。
これなら、縦にしようが横にしようが斜めにしようが形が崩れることはなく、あとは、それを支える脚の付き具合で、最も楽な姿勢でバランスを取ればいい。

一方、恐竜の骨格標本を見てみると、背骨は、爬虫類、哺乳類に似た自在に曲がるもののようで、坐骨も鳥類ほど大きくはない。
実際、発掘当時の化石の姿勢を見ると、背中がのけ反っているものすらある。鳥の化石なら、背中を形作る複数の骨のどこかの継ぎ目がポキンと折れているところだろう。

恐竜には、腹肋骨(ふくろっこつ)という皮骨が、鳥の大きな胸骨の代わりのように下から腹を守っているようだが、同じく腹肋骨を持つワニで観察する限りでは、それは柔軟に曲がるもののようで、鳥の箱ボディーの一体感には遠く及ばず、「冷蔵庫!」とは呼び難い。そもそも鳥の鳩胸は、鍛えてできるものでもないが。

最近の獣脚類の復元図は、同じく二足で歩行する走鳥類やキジ科の鳥の姿勢、動きを模したかのように、地面に垂直に突き出した脚に対して、頭から胴、尻尾と、ほぼ水平の状態で空中に支持されている。
現生最大のダチョウでも百数十キロぐらいだが、数トンと推定される恐竜が、果たしてあの柔軟な背骨と胴で、体を水平に保ち続けることなどできるものだろうか?

残念ながらミャンマーには、ダチョウ、エミュー、レアなどの大型走鳥類はいないため、地上を歩くのに適応したキジ科の鳥や、歩くことにも飛ぶことにも長けた大型の鳥、ハゲコウなどの歩行で検証してみる。

その前に、大型恐竜に最も近い体重を持つワニについては、ミャンマーのマングローブ地帯で、数百キロ級、500キロも超えてるかというものを何頭も見てきたが、さすがに胴長で土下座型の脚では、腹を宙に持ち上げることすら、なかなか大変そうに見える。
ニワトリなど軽めのキジ科の鳥は、まず、胴体は、箱ボディーのおかげで、いつでもほぼ水平に保っている。それでも首は、ほぼ垂直に立てていることが多い。そして、歩くときには、一歩ごとに首を前方に振り出して、その勢いを借りるようにして前進する。ニワトリのモノマネをするときには、決して外せない動きだ。
ミヤマハッカン(♀)
Kalij Pheasant (Lophura leucomelanos)Alaungdaw Kathapa National Park, Sagaing Reg.

ハゲコウの場合、歩くときには、やはり、胴をほぼ水平にしている。地上の餌を、より見つけやすい捕まえやすいというのもあるだろう。
そして、飛び立つ時は、何歩か助走をするのだが、その時にももちろん、胴を水平に、頭を前に突き出し、前方に勢いをつけて走る。
飛行中の姿勢も、もちろん水平だ。
けれども、立ち止まっている時は、体を斜めに起こして、より垂直に近い状態で胴体を保持している。
ニワトリなどと違って巨大な頭が重いものだから、いかに箱ボディーを持っているとは言え、水平のままではきつく、この姿勢のほうが楽なのだろう。
たぶん、このパターンが、デカ頭揃いの獣脚類に一番近いのではなかろうかと、私は推測するのである。

彼らに聞かれたら怒られるかもだが、いかにも脳みそが軽そうなハトでもニワトリでも、立ち止まっているときは頚椎を立てて、ほぼ真下から頭を支えようとする。首の長い鳥だったら、それがS字型になるのだが、いずれにしても、首を水平方向に伸ばしっきりにしている鳥など見たことがない。

哺乳類でも、首の短いゾウやネコやブタなどは頭を前で保持するしかないが、首が長い動物になるにつれ、斜め上やS字の首にして頭を保持している。
四六時中、長めの首を前に突き出したままでいる動物など、私の思い当たる限りは、CGの恐竜だけなのだ。

動きの復元は力学の問題なので、参考にすべきは、分類的な近さよりも、全身のフォルムと重量のバランスがより似ているもののほうだろう。
現存の動物の中では、獣脚類恐竜の重量配分に最も近いのは、カンガルーではなかろうかと思う。哺乳類らしからぬ先細りの太い尻尾も持っている。
彼らが、その場その場で胴体をどう保持しているか…

歩くときは、前脚を地面に着いて後脚を踏み出し、走るときは頭を前に突き出し前脚と尾は空中で保持し、スズメのように後ろ脚でホッピングする。手足の使い方こそ違うが、いずれも前傾姿勢で、恐竜復元図とほとんど同じT字型だ。
けれども、いったん止まると、すっくと垂直に立ち、長大な足裏と尻尾を地面に着き、楽な三点支持の姿勢で体を支えている。

ところが、ティラノサウルスの復元CGでは、止まっていようが走っていようが、常にデカイ頭を細めの首でほぼ水平に空中で保ち、尻尾も水平に真後ろに伸ばしっぱなしでいる。
無理だ!罰ゲームだ!数分間もその姿勢を保てないだろう。
体操の床演技の技にもなっているほど常人には難易度の高いT字バランスを、何がうれしくて、止まっているときまで地球の重力に逆らってやってなきゃなんないの、ってことだ。

歩くとき走るときは、頭を前に突き出す勢いで前進し、尻尾も、引きずって傷つくリスクを避けるために持ち上げ、ほぼ最新のCGの復元どおりに字型になっていただろう。

けれども、いったん立ち止まったなら、尻尾を地面に着き、胴を起こして垂直にした頚椎で、重たい頭を支える姿勢を取るだろうと、私は想像するのである。いわば人の字型だ(入の字でもいいが)。そして、天に届けとばかりに、空に向かって伸び上がるように一発咆哮する(さすがに熱線は吐かないだろうが)。

もしかしたら、膝を曲げて顎から腹から尻尾まで全身を地べたにくっつけて、ワニのようにベターッと休むことはあるかもしれない。土下座型の脚に比べて、ちょっとガニ股を維持するのがきついかもしれないが。
あとは、次の動作、例えば走り出したりする時、人の字型でいておくのと、ベターッでいておくのとで、どっちのほうが初動が楽か、速いかだ。

巨大な竜脚類も、あの長大な首と尾を、四六時中、空中に持ち上げていたとは思えない。
ブラキオサウルスなどは、ほぼ真上に頭を上げる復元図になっているが、ディプロドクスやブロントサウルスも、長い首のどこかからエミューのようにS字に曲げてバランスをとらないと、復元図のような前方に伸ばしたままでは、しんどくて持たないだろう。

もしかしたら、首の下面がキングギドラのように蛇腹になっていて、ヘビのように首や尾を地面に這わせて脚でかき進むようなものもいたかもしれない。特に、泥の干潟や沼地のような環境だと。

CG製作でも、恐竜の画に重力を加える係数かなんかを入力して作ることはできるのだろうが、無重力のモニターの中で作業をしている限りは、現実世界での重力の負担、憂鬱というものは実感しづらいのではないだろうか。
CG製作者の方々も、現実の重力世界に生きている動物たちを、たまには観察してみるのがいいのではと、私などはお勧めする次第です。
ゴジラを初代から長年演じられた、敬愛する故・中島春雄さんなら分かってくれるはずだ。
何十キロものきぐるみに入る中島さんに、T字型になるよう俯いてもらえますかなどと注文しようものなら、「ばっかやろう」と。「そんな情けねえ格好ができるか」と。

10 件のコメント:

  1. 大西さん

    はじめまして!
    山梨県の大学で動物のことを学んでいる山中と申します。
    ある本で大西さんのことを知り、このブログにたどり着き、過去のブログも色々と拝見させていただきました。
    海外の動物園のことなど、とても勉強になります。
    そして僕はアジアの使役ゾウにものすごく興味があります。
    長くミャンマーで使役ゾウ(山ゾウ)を見てこられた大西さんのお話、またはブログ等で拝見することができたら幸いです。

    山中

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  2. 山中さん
    お便りありがとうございます。現在ヤンゴンにおり、今日は、友人のいる関東に向かう台風の動向をネットで追ってました。山梨も、特に風はひどかったのではないでしょうか。ミャンマーは今、怒涛の五連休中です。さて、こちらの使役ゾウのことは、洋書を含む最近の三冊で、写真を交えて詳しく紹介していますが、過剰な伐採が進み、昔ながらのルーディーンの暮らしがしづらくなっています。現場に入る許可もなかなか取りづらくなっているのですが、なんとか追跡は続けたいと思っています。これからも、気軽にお便りください。

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    1. 大西さん

      早速のご返信ありがとうございます。
      風と雨がものすごい台風でしたが、今日は晴れています。
      今もヤンゴンにいらっしゃるのですね。
      最近の使役ゾウのこと教えてくださりありがとうございます。
      やはりそれに伴って使役ゾウの数は減ってきているのでしょうか?
      僕も自分の目で動物園のゾウとは違った筋肉のつき方のゾウを見てみたいと思いました。
      これからも楽しみにしていると同時に大西さんにお会いできる日が来るのを楽しみにしています。

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  3. 台風が過ぎてよかったです。豪雨は早々に始まっていたようですが、やはり今回は、内陸にまで暴風も及んでいたのですね。さて、搬出の仕事は減っても、使役ゾウを野生に戻すことはなく、半野生状態の放飼も続けており、繁殖を制限することもありません。ゾウがいる限り、ゾウ使いが減ることもありません。木材搬出を続けているエリアと切らずに森を寝かしている状態のエリアで、ゾウの配分や維持をどうするかがこれからの課題です。政府に提案していることもあるのですが、なかなか難しい問題です。

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  4. そうですよね。
    ゾウ使いの後継者問題とかよく聞くのですが、ミャンマーではそういったことはないのでしょうか?
    そんな色んな問題があることは知らなかったので、僕ももう少し調べようと思います。

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  5. 使役ゾウの数について補足です。いったん使役ゾウになったゾウは、高齢で働けなくなって引退しても、死ぬまで使役ゾウとしての戸籍とともに生き、ゾウ使いも付きます。逆に、働けないほどの障害を持って生まれた使役ゾウの子でも、使役ゾウグループの一頭として一生面倒見ます。人を殺した使役ゾウでも、鍛え直して使い続けます。木材の搬出量が減っても、すぐには使役ゾウの数は減らないわけです。ちなみに、正確さに疑問はありますが、国の2016年度の統計では、使役ゾウの数は、1,611頭です。「ゾウと巡る季節」はまだ流通してますので、どこかで一読されれば、多くの疑問の答えがあると思います。
    昨日のコメントでは、「雨はひどかったのでは」と書いたつもりが「風は」と書いてしまってました。内陸でも風がすごかったと知り、驚きました。各地の河川が早く落ち着きますように。

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    1. 補足ありがとうございます!
      知らないことばかりで僕もまだまだ勉強しないといけないなと改めて痛感しました。
      大西さんはいつまでミャンマーにいらっしゃる予定ですか?
      なかなか台風の爪痕はでかく、僕の町では電車も道路も通行止めで学校が休みになっています。

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  6. 最近は年間200日強はミャンマーですが、海外で効く傷害保険の期限などもあって、年に3回は帰国しています。9月に東京で講演を催したばかりですが、このところ、ミャンマーの自然や生き物をテーマに活動されたい方々への支援が続いていて自著の出版が滞っているせいか、講演や授業や出演の依頼は減少気味です。イベントが決まりましたら、ブログのお知らせコーナーで告知しますので、時々覗いてみてください。
    台風は予測できるとは言え、雨も風も、それを越えてくるようになってきているみたいですね。いち早い復旧を願っています。

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    1. お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
      ありがとうございます。
      今は色々と大変な時期となりましたが、頑張ります。

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  7. 山中さん
    お便り、ありがとうござます。
    3月下旬に、元々の予定通りに帰国したのですが、直後にミャンマーは国際空港を封鎖し、日本以上にウィルスを抑え込んでいます。それだけに、いまだに予防策は厳格で、一般人向けの開国のメドは立っていません。
    そのため、思いがけず4ヶ月間も地元に閉じ込められています。
    新作をまとめるまでに行きたい場所が2ヶ所あり、秋のうちには渡緬したいのですが、現在は開き直って地元の動物を撮影しています。それらを出版するつもりはないので、このブログで紹介していこうかなと思っています。
    コロナに負けず、どうかお元気でお過ごしください。

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