2012年5月12日土曜日

6メートルの大暴走、その1. -Rushed Six-meter thing, part 1.-

世界最大のワニ(?)、“アゴ欠け大将”
The world largest(?) crocodile, "Great Chipped Jaw" in Meinmahla island

「オーニシー、例のフィリピンのワニとやらは何フィートだ」。ヤンゴンの宿にいるとき、思いがけない電話がかかってきた。相手は、メインマラー島の保護官リーダー、ゾーさんだった。そのワニのことを説明するには、まずは去年の秋までさかのぼらなければならない。

地方からヤンゴンに帰ってきて数週間ぶりにネットの世界に戻ったところ、東京の出版社に勤(つと)める友人から、超(ちょう)ビッグなニュースが届いていた。フィリピンのミンダナオ島で、巨大なイリエワニが生け捕られたというのだ。それから、超スローなネットに検索(けんさく)をかけ、なんとか映像(えいぞう)と画像(がぞう)を見ることができたが、確かにでかかった。

そのことを、この冬に訪ねたメインマラー島で話したところ、「いやー、うちものでかいよー」と、同じイリエワニの住む地域の人間である保護官たちの対抗(たいこう)心に、ちょっと火を点(つ)けたみたいだった。

そのときにも、このブログでよく登場する大ワニ、通称(つうしょう)“アゴ欠け大将”には会うことができた。何度も会っているうちに分かってきたのだが、彼との相性(あいしょう)がいい悪いではなくて、大ワニの中でも、こいつはとりわけ人に対する警戒(けいかい)心が薄いようなのだ。

とは言うものの、どこかの動物番組のように徒歩(とほ)で近づいたり、ましてや添い寝(そいね)をしたり撫(な)でたりできるような代物(しろもの)とは訳(わけ)が違う。射程距離(しゃていきょり)に入れば確実に餌食(えじき)にされるので、その点は、くれぐれも誤解なきように。

最近の動物番組では、ペットも家畜も野生動物も一緒(いっしょ)くたにして、スキンシップを取ってナンボみたいなムードがあるが、あくまで飼いならされている野生動物種だからできているんだということを、もうちょっと明確(めいかく)にしておかないと、子どもたちが間違って受け止めないだろうかと少々不安になる。

本来、野生動物と人は、種類ごとに相応(ふさわ)しい距離感があったはずだ。日本でも昔の人は、そのあたりのセンスが自然に身についていたと思うのだが…
in Meinmahla island

話を元に戻そう。以前、夜のパトロール中に、泥(どろ)の岸辺(きしべ)でボテーッと横になっている“アゴ欠け”に遭遇(そうぐう)し、翌朝、その場所に再び船を出してもらったことがある。

泥の上に残った魚拓(ぎょたく)ならぬワニの腹拓に近づくべく、私は巻尺(まきじゃく)を片手に船縁(ふなべり)をまたいだ。ズブズブズブーと、予想以上の勢(いきお)いで体が沈んでいった。一瞬、「底なし沼」という不気味(ぶきみ)でノスタルジックな言葉が甦(よみがえ)ってきて焦(あせ)ったが、股下(またした)一杯で止まってくれた。

なんとか足が抜(ぬ)ける。私は分速1メートルぐらいでワニの這(は)い跡にたどり着いた。が、夜中の満ち潮(しお)で、“アゴ欠け” の跡は消されていたようだ。残っていたのは、明らかに 小さい別の個体のものだった。
ワニの這い跡、中央に尻尾の跡が残る
The track of a crocodile. The tail trace is reminded in the center in Meinmahla island

それにしても、数百キロの体で滑(すべ)るように這い回るワニに比べて、泥の上での二本足の、なんと不便なことか。動物の体の作りは、まさに適材適所(てきざいてきしょ)にできている。無理は禁物(きんもつ)だ。

それから1年後のこの冬の“アゴ欠け”だが、一度は、岸に上陸しようとしていた寸前(すんぜん)にバッタリ出くわした。彼は上陸をやめ、船から遠ざかろうと、そのまま泳ぎ下った。そして、その先にたまたま居合(いあ)わせた別のワニに出くわしてしまった。

海底火山が噴火(ふんか)したような、すさまじい水飛沫(みずしぶき)が飛び散った。水中では2頭の攻防(こうぼう)が展開(てんかい)しているに違いない。大きな飛沫以外、何がどうなっているのかは分からなかったが、初めてワニの本気を見た気がした。
せめぎ合う2頭
Two crocodiles are facing each other in Meinmahla island

水が赤く染(そ)まるような事態(じたい)にはならなかったものの、彼らが、とてつもないパワーと、ここぞの俊敏(しゅんびん)さを兼(か)ね備えている一級の捕食者であることは、改(あらた)めて実感できた。

私が島を去った後も、保護官たちは、昼間に寝そべっている“アゴ欠け”に接近する好機(こうき)に再び恵まれた。そして、彼が泳ぎ去った後には、鼻の先から尻尾(しっぽ)の先まで、きれいなワニ拓が残っていた。あの日の私の奇行(きこう)を覚えていた保護官たちは、巻尺を持って岸辺に下りたという。

その計測(けいそく)の結果を知らせようと、ゾーさんは私に電話をかけてきたのだった。用あってヤンゴンに出てきているとのことなので、まずは待ち合わせ場所と時間を決めておいてから、私はネット検索に乗り出し、再度フィリピンでの記録を追いかけた。
(続く)
in Meinmahla island

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