2011年3月29日火曜日

電池の末路

空に星の瞬き、地上にロウソクの灯

2008年、サイクロンで被災した地域のほとんどは、もともと電気、水道、ガスはなくて当たり前の社会で、一つ屋根の下で何人もが雑魚寝するのも普通のことなので、避難場所に移ってからの生活様式そのものへのギャップ、苦痛は、あまりなかったと思う。

それに比べ、電気やガソリンなどがあることを前提として成り立っている日本社会でのこの度の避難生活は、いくらテレビを通して痛みを共有しようとしても、その想像をはるかにしのぐ過酷さなのに違いない。しかも地震の場合、常に余震の恐怖が付きまとう。

ちょっと意外なのは、これまで I ターンの受け入れを促進してきた全国津々浦々の自治体から、一時移住先としての申し出がなかなか聞こえてこないことだ。どこかへ行かざるをえない方々と、一人でも多くやって来てほしい地域。利害は一致していると思うのだが…その学び舎、廃校にする前に、まだまだ使えないでしょうか?生徒も先生も丸ごと、とある東北の分校とすることは無理でしょうか?


私の地元では、22日から支援物資の受付が始まった。

今の暮らしから、さらに何か絞れないかと見渡したところ、買って間もない水が一箱あった。いつの間にか習慣になっていたミネラルウォーターだが、振り返ってみれば、日本なら水道水をそのまま飲んでも何の問題もない。

役場に水を届けた後、別の受付所に勤めている友だちに集まり具合を尋ねてみたところ、オムツとマスクと電池が不足気味とのことだった。子育ての経験はなく風邪は引かないのでオムツとマスクはパスさせていただき、近所の電気屋に向かった。

確かに電池の棚は、翌日にはスッカラカンになりそうな有様で、貼り紙には、“メーカーが被災地に優先して出荷しているため”との断り書きがあったが、愛媛の瀬戸内側でも買い占めが起きているようにも感じられた。

「今は被災地が先だろう」と強く言いたいが、「家族のため」と言われれば、それ以上の反論は私にはできない。残っている単三電池の半分ほどを買い取り、届けることにした。

空き缶を再利用したランプ

雑貨屋にも売っている

ミャンマーでは、電線の通っている都市部でも停電は日常茶飯事なので、すべてのミャンマーの人たちが電気なしでの生活術には長けていると言っても過言ではない。

まず、夜間の照明はロウソクが基本だ。電池のない家はあっても、ロウソクのない家はないだろう。みんな子どものときから、火の取り扱いや刃物の取り扱いには親しんでいる。むしろ日本のほうが、どこかで進むべき道を逸れてしまっているのかも。

ロウソクよりもやや火力が強く、寿命がはるかに長いのが、空き缶で作ったランプ、いわばカンカラランプだ。ぼろ布を芯にして、毛細管現象で燃料が上り火が点くというアルコールランプの原理で、作りが単純なため、油の種類は、ほとんど選ばないようだ。





最近では、LEDの電球は乾電池でも長持ちするということで、電線の通っていない森や島でも普及しつつある。

CDの反射も利用したハートデザインのLEDライト。右下がハートの頭

自家製の電池ボックス

中でも、ゾウ使いの工夫は、やはりすごい。懐中電灯に使った後の、もういつ捨てても未練のない瀕死の電池を溜めて直列に並べ、LEDライトに繋いで夕べの部屋明かりにしているのだった。

エジソンのランプのフィラメントは京都の竹だったそうだが、さすがアウトドアの達人たちは、電池ボックスも、ちょうどいい太さの竹で作っていた。電池の余力次第で個数を加減できる寸法で、まさに電池の底の底までパワーを搾り出している。

ここまでは、あっぱれなエコ侍たちだが、ミャンマーでは、ここから先がいただけない。森の中には、もちろんゴミの回収車は来ないが、ヤンゴンなどの都市部でも、ただ集めるだけで分別はされていない。電池やプラスチック製品などは急速に普及しているのに、その後始末は、松明(たいまつ)で夜道を照らし、木の葉で食材を包んでいたころの習慣のままで、ただ投げ捨てるだけだ。
(土に還らないゴミの処理に関しては、プロジェクトとして取組み始めていますので、いずれまた、ご報告します)


ゾウ使いたちの器用さをそのまま真似ることはできないまでも、買占めに走る前に、私たちも考えるべきことがあるのではないだろうか。

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