2011年2月22日火曜日

大陸の源流観

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'10年3月1日原文追補

エヤワディー川中流域の夜明け

日本語通訳をしているミャンマーの友人に尋ねられた。「川が狭くなっている所を日本語で何と言いますか」。彼が知りたがっているのは決して瀬(せ)のことではない。幅が五百メートルもないだろうから暗くなったら行き交う船は要注意、ぐらいの話なのである。

ビルマ語には「ミッチン」という言葉があり、直訳すると「川峡」となるが、ふさわしい訳語が思いつかなかった私は逆に尋(たず)ねてみた。「海なら海峡という言葉があるけどビルマ語で何と言う?」「そんな言葉はありません。海はどこでも広いでしょう」彼は笑って答えた。

エヤワディー中流域上部にある川峡の一つ

ヒマラヤ山脈の東の果て、ミャンマー最北部に源を発するエヤワディー(イラワジ)川は、国土を千キロ以上南下してインド洋の水となる。山脈を擁(よう)するカチン州の州都ミッチーナには、多くのミャンマーの人々が、ここぞエヤワディーの始まりと憧(あこが)れる場所がある。そこは、雪を頂く山々から下ってきた二本の川が合流する地点で、川の出合いを意味するミッソンと呼ばれている。

姉妹とされる二本の川、メカとマリカは、それだけで信濃川や吉野川クラスの長大さで、地理的にはエヤワディーの上流部なのだが、人々は決してそうは言わない。姉妹はエヤワディーの最初の水を生み出すために集まった別の川で、あくまでミッソンでメカとマリカが出合って初めてエヤワディーが誕生するのである。岩清水の最初の一滴を探すような虫眼鏡感覚とはかけ離れた、まるで衛星レベルの感覚である。

エヤワディー川に到る小さな支流にかかる滝

久々に訪ねたミッチーナは、以前は見かけなかった漢字を含むナンバーの付いた四駆車が行き交い慌(あわ)ただしい。中国との合同で、ミッソンのすぐ下流側で大型ダムの建設が始まるのだと言う。

最も上流部に住むカワゴンドウ(Orcaella brevirostris)の群れ。漁師との共生漁はやらない

政府側の立場にあるはずの地元森林官の言葉が庶民の心情を表しているようだった。「ミッソンのことを思うと涙が出そうになるので私は行きたくない。大西は今のうちに行って、いい写真をいっぱい撮っておいてくれ」。

中流域の河原にたたずむクロヅル(Grus grus

凸凹道に何度も座席から尻を弾(はじ)き飛ばされては叩きつけられること二時間半。エンストを繰り返しながら三輪バイクタクシーはミッソンにたどり着いた。

中流域に多いアカツクシガモ(Tadorna ferruginea

けど、ちょっと遅かったようだ。いつ来ても澄んでいたエヤワディーの始まりの水は、もうそこにはなかった。水没(すいぼつ)するメカ、マリカ流域(りゅういき)のいたるところで、大規模な金の採掘(さいくつ)が始まっているのだ。重い人差し指に気持ちを込めなおし、ミルクティー色の重い流れを撮った。

.ミッソンの川原にたたずむ放牧中の水牛

2 件のコメント:

  1. おかえりなさい、大西さん。
    遅ればせながら、
    NHKラジオ深夜便、良かったです!
    アンカーの栗田さんとの掛け合いもスムースで、大西さんのお人柄と、ミャンマーに対する思いが、とても自然に出ていたと思います。これで大西さんも全国区ですね。

    と、思っていたら、「ジャングルの光」の英語版(しかも電子書籍)も出版で、とっくにグローバルに展開済みだったのですね。
    これで、「ミャンマー辺境映像祭」もますます楽しみになりました。

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  2. mitsuhitoさんへ
    ラジオ、お聴きくださり、ありがとうございました。
    思いもよらぬ言葉が放送禁止用語になっていたり、決められた終了時間に収めなければならなかったりで、生放送は何かと気苦労が多いです。
    しかも、その直前まで、英語、ビルマ語、日本語のグローバル…というか無手勝流モードで過ごしてましたので、心に描いていることを表す的確な言葉が出てこず、本心と少しニュアンスのずれた表現になってしまったりで、後になって反省することしきりでした。
    コーナーの趣旨に沿って、自慢にもならない自分のことを話し始めたころから、もしやペースが狂ってはいなかったでしょうか。

    けれども、アンカーの栗田さんは、問いかけも雰囲気も、とても温かい方でした。実際にぼくの本を読んで声をかけてくださった方ですので、本当にミャンマーの森のことに興味津々でおられ、お答えするたびうれしくなるようで、とても喋りやすかったです。

    今回の旅では「ゾウと巡る季節」をなじみのゾウ使いのみなさんにもご披露してきましたが、みんな大喜びで、暗くなってもロウソクの灯で熱心に見てました。
    少しは町と森のパイプ役ができているかなと、ちょっとうれしかったです。

    3月13日には、そんな彼らの驚きの能力の数々をご披露します。
    明大、駿河台キャンパスでお会いできるのを楽しみにしています。
    大西信吾

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