2010年7月28日水曜日

黄金のシカを訪ねて

愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'07年3月24日原文追補

朝霧のチャッティン野生生物保護区(Chatthin Wildlife Sanctuary)

前回ご紹介した択伐の森は、住居から紙まで林産物なしには成り立たたない現代社会において、いわば自然と折り合いをつける共生の森のような存在であろう。

一方、その地域の生物多様性を原生に近いまま存続させるためには、抜き伐りどころか、枯れ木や落ち葉さえも、そのままにしておくべきで、なるべく人間の影響を遠ざけなければならない。その目的で確保されているのが、国立公園や野生生物保護区である。

久しぶりに内陸の乾燥地を北に進んだ。バスと借り上げ車を乗り継いで目的地のチャッティン野生生物保護区に到着した時には、ヤンゴンを発ってから26時間が過ぎていた。この間、体を横にできることは一度もなかった。

竹の花を掴むクリハラリス(推定、Callosciurus erythraeus

公園管理長は私を見つけるなり一声「マイ フレンド!」。彼、テー・ウィンさんとは、かつて夜通し木の上に居座ってヒョウを待ち伏せし、共にマラリアにかかった仲で、8年ぶりの再会だった。

ここでのお目当ては、ターミンジカ。褐色の体毛が日差しに照り映える様から‘黄金のシカ’とも呼ばれる種だ。近年、数が激減し、おそらく、ここの乾燥林(落葉フタバガキ林)が最大最後の聖域だろう。残る数は約1,700頭。千と聞けば、かなりな数にも感じられるが、全世界の仲間が集合しても、甲子園のアルプススタンドすら埋められないはずだ。

落葉フタバガキ林(Indaing forest)

彼らに会う方法はただ一つ。ひたすら歩くのみ。朝となく夕となく、入場行進よりも三割がた速い足取りで歩き続けるのだ。草に覆われた凸凹の地面を踏みしめ、単調な行進は連日続いたが、結局、はるか遠くへ去る後ろ姿しか見られないまま、数日ぶりに森に響き渡るエンジン音が、とうとうタイムアップを告げた。お願いしていたお迎えのトラクターが来てしまったのだ。

おうじょうぎわの悪い私は、土のえぐれた一本道を帰る大揺れの荷台の上でも、両側に迫る森に目を凝らし、カメラを構えていた。単調に流れる木立の向こう、うごめく褐色の影が、立ち止まってこちらを向いた。ターミンだ。やっと正面からの姿をまともに見せてくれた。

皮肉なことに彼らは、たとえ騒々しい鉄獣であっても、二本足で歩かない限り敵とはみなさないようだ。保護区の中ですら密猟者の影が消えていない証しである。

慌ててシャッターを切るも、振動が強くて脇が固まらない。エンジンを切るよう運転手にお願いすると、返答は「ノー」。あっ、トラクターが発進する際、森林官四人で‘押しがけ’してたっけ。保護区入口にある事務所にたどり着くまでは、ひとたびエンジンが切れると、今、車上にいる二人では、二度とこの鉄獣を動かすことはできない、というわけか。

ターミンジカ(Cervus eldi

何はともあれ、久しぶりにターミンと旧友の元気な姿に再会でき、少しホッとした。その夜、最寄の駅に7時に来る予定の下り列車が漆黒のホームに滑り込んできたのは、日付の替わった深夜1時すぎのことだった。

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