2010年7月8日木曜日

刃物一丁、森に挑む


愛媛新聞「ぐるっと地球そのままクリック!愛媛」'06年10月7日原文追補

伐採現場を目指して峡谷に分け入った13人と6頭の目の前で、突然視界がふさがった。垂直に立ちはだかる滝だ。さすがの地上最大の登山家も、これでは歯が、いや、足が立たない。“戻って尾根を巻くしかないか。ゾウから降りて歩くべきか…”

私が決断を下す暇も与えず、ゾウは滝のすぐ脇の急な斜面に足をかけた。瞬間、荷かごをつかむ手に力を込めた私の体勢は、発射台で秒読みを聞く宇宙飛行士のようになった。滝をしのぐ高さまで登ったゾウは、今度は水平に向き直り、45度以上に傾いた斜面を横切り始めた。大きな足の裏でわずかな足がかりを探りながら一歩一歩確実に、平均台を渡るかのように進む。荷かごから顔だけ谷側に突き出して見下ろせば、はるか下のほうに滝壷が口を開けてうなっている。もしゾウが足を滑らせたら…いや、この森に入ったときから、ゾウとは運命共同体だと決めている。余計なことは思うまい。

倒木をまたぎ、巨岩の群れを縫い、一行は渓流脇の高台にたどり着いた。バドミントンコートほどのさら地が、これから八ヶ月間ゾウ使いたちが過ごす飯場となる。といっても、電気もコンロも屋根もなく、目の前あるのは生い茂る植物と止めどなく流れる水だけ…

荷かごを解かれたゾウたちは、三々五々森の奥に消え、刃物一丁携えたゾウ使いたちは、そそくさとあたりの森に散らばっていった。


やがて、大小さまざまな竹が刈り集められてきた。太い幹は深く掘った穴に立てて柱とし、細い幹は梁(はり)や桟(さん)にして、まずは家の骨組みができあがった。床や壁も竹で作るが、幹をストローに見立てて想像していただくと、円形の縁の一箇所を、管の端から端まで裂いて押し広げると細長い板状になるはずだ。それを一枚のユニットとして、隙間なく何枚も並べて敷けば床に、立てれば壁になるというわけだ。


屋根は、そうめん流しの樋(とい)のようにした幹を、仰向けうつぶせと交互に重ねて並べて覆ってゆく。雨水も滑り落ちるというわけだ。床全体は、柱に貫いた穴に通した芯棒で下から支えており、要所要所を固定しているのは、幹の表面近くを何層にも薄く細長くはがしてできた竹のヒモである。

こうして、金づちも釘一本も使うことなく、刃物と竹だけで十人以上が雑魚寝(ざこね)できる高床式の母屋を二日間で建ててしまった。

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